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第九話 にせもの

 

 皆で天幕をたたんで太い木にくくりつけ、荷物入れの木箱は岩陰に寄せ、あっという間に出発の準備が出来た。


 この避難所にいたのは土木作業のため男性ばかりの三十人あまり。運の悪いことに、昼過ぎに起こった小規模の土砂崩れに巻き込まれてケガをしている者が六人いた。

 馬車は私が乗ってきた一台だけだ。けが人を乗せると、こどもたちすら乗る隙間はなかった。


 馬車にけが人を乗せて出発させた。

 歩ける者は歩く。

 ここから領主館まで歩けば大人の足で一時間弱。子どもたちのペースを考えると一時間半から二時間というところか。


 途中で起きた双子とロベルトは予備の外套を羽織らされ、所在なさそうに立っていた。

 本当は今すぐ抱き締めて話を聞いてやりたい。

 でも、それを許さない程、雨足は強くなっていた。


 意外だったのは幽霊だ。

 何が何でも馬車に自分を乗せろと言うかと思ったのに、黙って歩き出した。


 ベテラン護衛を先頭に、ダーヴィットの護衛を殿(しんがり)にしてゆっくりと歩いた。途中にぽつりぽつりと建つ家に、雨足と風が強まっていることに注意を促しながら進んだ。


 半分くらい進んだところで、煙るような雨になった。


「あちらの空は明るいので局地的な豪雨かと思われます。少し上ったところに鉱山跡があるのでこの人数も入れるかと。(ほら)で雨宿りいたしましょう」


 護衛が見上げた少し先には、採掘出入り口が見えた。

 メルネスにも鉱山があったんだ。跡、ということは閉山したのか。


 無事に洞に着き、雨が入ってこない程度に引っ込んだ場所で火を(おこ)した。あまり奥だと息が詰まってしまいかねない。稼働している鉱山ならば空気穴の点検がしっかり行われているものだが、閉山したとなれば自然に埋まってしまっている可能性もある。

 明かり用のたいまつが湿気(しけ)らないように積んであったのは幸運だった。いくら暖かい季節でも、濡れたまま過ごせば体調を崩してしまう。少しでも暖を取れてホッとした。


 強い雨が抜けるまで、もう少しかかりそうだった。

 子どもたちの話を少しでも聞きたいが、皆がいる前では難しいだろう。

 そう思ったのに、勇者がいた。


「あなた、どうやってヘンリックと子どもたちを騙して取り入ったの?」


 幽霊が話しかけてきた。

 話し出しちゃうんだ……。


 私は溜め息をひとつ呑み込んで、懐に入れて濡れずに無事だった紙に簡潔に答えを書いた。


『騙していません。私は辺境伯に望まれて嫁いできました』


「嘘よ! あの朴念仁が望むものですか」


『なぜ、あなたが嘘と言うのですか? 辺境伯本人でもないのに』


「分かるわ。ヘンリックは『結婚はした』と言ってこの私を抱かなかったのよ? 朴念仁の不能なのよ。私が身篭っても何も言わなかった。ロベルトも双子も嫡出子として届け出た。私が産んだ子がいるのに、他の女を望むなんて考えられないわ」


 おい、ぶっ込んできたな。

 全部乗せマシマシすんじゃないよ。


 ロベルトもエルディスもカーリンも紙よりも白い顔色をして立ち尽くしている。

 これが『本物の母親』がすることかよ。


『幽霊の言うことなど信じません。辺境伯は私を愛でてくださいますし、子どもたちは三人ともメルネス家の嫡出子です。血の繋がりはありませんが、今は私が母です。これが全てです』


 子どもたちにも見えるように紙を掲げる。

 幽霊は「はっ」として子どもたちを見るが、もう遅いよ。考えてからものを言いなよ。

 ほら、他の男性たちは決して目を合わせずに、聞いていませんよ~何も聞こえていませんよ~って態度を貫いている。これが大人ってもんでしょ。


「うそだ……」


 エルディスが呟いた。私の書いた紙を何度も目で追って顔を歪めた。


「だって、いってるのきいた!!」


 カーリンがダーヴィットを指差して大きな声で続けた。


「このひと、むかえにきたって。こえがでなくなったの、このひとのことすきなのにしゃっきんのカタンにひきはなされたからって!!」


 借金のカタン……鼻血が出そうなくらい可愛いな!!


 いかんいかん、真面目な話だ。

 これはダーヴィットが来た時の話を聞かれていたってことか。

 うそだ、って、自分の出自じゃなくて私が書いたことに対して?


「にせもの!!」


 二人がブワッと目から涙を溢れさせて叫んだ。


「ぼくたちは、にせものなんだ!!」


 そう言って二人は洞の奥に駆けだした。


 ぼくたちは、偽物……?


 どういうことかと一瞬固まってしまった。


 まずい。二人は癇癪を起こすとがむしゃらに走って逃げるのだ。

 洞の奥は入り組んだ坑道だ。鉱山は横道に入ると途端に迷路のようになる。奥は明かりもない。下るのが坂とは限らず段になっていることも多く、闇雲に走ると足を踏み外して無事では済まない。


 二人の悲鳴がこだました。


「奥様! いけません!!」


 走り出した途端に護衛に腕を引かれて抱え上げられ、火の側に座らされた。


「私が行きます。奥様はここに」


 私は壊れた人形のように首を横に振って、護衛の袖を掴んで離さなかった。


 母である私が行く。

 そこは絶対に譲らない。


「子ども二人なら私が行けば対応出来ます。奥様が行かれると、三人必要になります」


 足手まとい。


「落ちた先で動けなくなっているだけならば、すぐに見つかりましょう。まずは私が」


 悔しいが、頷いた。


 ベテラン護衛を見送り、帰るのを待つことにした。

 青い顔で座り込むロベルトの隣に座り直し、背中をさすってやった。


 ロベルトが泣き出した。

 声をあげずに泣く様が胸に痛い。

 八歳の子の泣き方じゃない。


 幽霊とダーヴィットは、自分たちの言葉が子どもたちを傷付けたことに思い至ったのか、静かに座っていた。


「僕は、知ってた」


 ロベルトの背中をさすりながら手も握る。


「僕は、父上の子じゃないこと、ずっと前から知ってた」


 八歳のずっと前って。

 誰だよ!? 周りの大人たちよぉ!?

 生まれなんて本人にはどうも出来ないことだろうがよっ!!


「エルディスとカーリンも父上の子じゃない。僕とも違う」


 え?


 ばっと幽霊を見たが、「そうね」と普通に頷いていた。


 はああああああっ!?


「シーヴ様が来て、父上が溺愛するのを見て、やがて子を授かったら、僕たちはもういらなくなる」


 溺愛。

 溺れる程に愛していること。

 誰が、誰を?

 は?

 辺境伯が私を?

 ちょちょちょ、なんでそんな誤解をしてんの!? どこをどお見たらそんな結論になるわけ!?


「そしたら、シーヴ様の好きな人が迎えに来て」


 元! ね!!


「父上は、帰ってこなくて、僕たちは偽物で、シーヴ様はいなくなっちゃう……」


 ロベルトが声を上げて泣き出した。


「父上が帰ってきた時にシーヴ様がいなかったら……この国は滅んじゃう……偽物はいなくなるから、行かないで」


 うわあんうわあんと泣くロベルト。


 待て待て待て。

 泣いているからか子どもだからか、支離滅裂だわ。

 なんで国が滅びるの?


「あなたたちがヘンリックの子ではないことなんて、皆知っていることだわ。今更なにが問題になっているというの?」


 爆・弾とはこのことか。

 幽霊がとんでもないことを言った。

 ロベルトも幽霊を凝視して固まった。


領民(みんな)も知っているはずよ。ねえ?」


 幽霊が男たちに話を振った。全力で空気に徹していた男の一人が、「え、俺が答えるの?」と回りに助けを求めるも、誰も目を合わせなかった。

 諦めて、おずおずと答える。


「いや、まあ、知っているというか、事実というか。ヘンリック様は常々我々に『血の繋がりはさておき、自慢の子たちだ』とおっしゃっていましたので……」


「父上が……」


 そう言ってロベルトが絶句した。


 ああ、そうか。幽霊は辺境伯の又従姉妹だ。遡れば辺境伯と曾祖父が同じ。ロベルトは幽霊から生まれているのは間違いないのだから、メルネス家の血筋的には問題ないのか。


 いや、問題大ありだわさ。


 ロベルトはきっと、辺境伯からきちんとした形で伝えられたのではないのだろう。

 人伝(ひとづて)に、もしくは人の話をつなぎ合わせて、『自分と双子は父上の子ではない』という確信を持つに至ったのだ、今でも八歳でしかない子が。

 エルディスとカーリンも、薄々感じていたのかも知れない。


 この子は、この子たちは、どれだけ我慢してきたのだろうか。

 この小さな身体にどれだけのことを背負い込んできたのだろうか。


 自分自身の存在に疑問を持って過ごすなんて、とんでもない環境だ。


 クソだな。

 原因は、幽霊と、我が夫辺境伯ヘンリック・メルネス。


 元妻を庇って川に流されて終わり~なんて、許さねぇからな!!


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