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ヘンリック・メルネス そのさん(おわり!!)

 

「静かに!!」


 岩に耳をつける。

 規則的な震動と音が確かに聞こえた。


「いる。中にいるぞ」


 そう言うと、騎士たちが口々に「おーい! 助けに来たぞ!!」「聞こえるか!?」と大声をかけるが、相変わらず規則的な震動と音が続いた。


「まだ中には聞こえていない。斜面と岩の輪郭を重点に土砂をよけろ。少しでも入り口と岩に隙間が出来れば声も聞こえるかもしれん」


 中から岩を叩いて助けを呼んでいるのか。外に誰がいるかなど分かるはずもないのに、諦めずに、ずっと。


 胸が熱くなった。


「あの、もしかして、この岩にヒビを入れて割ろうとしているんじゃないですかね」


 川に流されて一緒に戻ってきた若い男が恐る恐る言ってきた。


「どういうことだ?」


 そう聞くと、男は「ちょっと失礼」と岩に耳を当ててしばらく音を聞き、「ああ、やっぱり」と言った。


「自分、土木作業をよくするんで、岩を割る現場を見たことがあります。ベテランのじいさんなんかは、小さい石なら石目を読んで金槌一打で綺麗に割ってしまいます。大きい岩は石目に沿って(くさび)を何本か打ち、根気よく叩いていくと石目から綺麗に割れるんですよ。聞こえてくる音は、打つ場所が上下しているように聞こえます。きっと石目が縦なんじゃないかと。ご一行に土木や石に詳しい方がいるんでしょうね」


 いる。

 鉱山で育ち、石を一打で割って遊んでいた妻が。


「閉山したとはいえ、道具は残されていたかもしれませんし。真っ二つとはいかなくても、縦に割れてくれるなら、小さく割れた方をテコで倒せると思います」


 男が「少しはご恩が返せたでしょうか」と呟いたが、少しどころではない。しっかりと頷いた。一気に可能性が見えた。


 岩が割れる瞬間を待ちながら、より岩の周囲の土砂を取り除いていく。


 そしてその瞬間は訪れた。


 ピシッ……ズン。


 岩が割れ、腕が入らないくらいの隙間が出来た。小さく割れた方の岩を倒すべく、待ち構えていた騎士たちが取りかかった。


 割れ目を覗くと、先は仄かに明かりが灯っていた。こちらから入る光に照らされて、妻の顔が見えた。


「よくやった」


 思わずそう声をかけると、その眼が見開かれた。やわらかい陽射しを浴びたような美しい緑の眼。


 生きていた。

 やっと会えた。

 ずっと……ずっとその眼が見たかった。

 川に流され、死が見えた時も、その眼に映ることがなくなってたまるものかと思った。

 愛しいお前にもう会えないなんて、無理だと思ったんだ。


 中に向けて全員離れるように指示し、隙間から妻の顔が見えなくなったのを確認してから騎士たちに合図した。


「せーのっ!!」


 その一回で割れた岩の片方は倒れた。

 副官たちが進入し、次々に中の者たちを外に連れ出した。


 妻は外に出た瞬間、腰が抜けたのかその場に座り込み、空を見上げていた。

 近付いて抱き上げた。


 妻はわなわなと口を開いては閉じ、開いては閉じ、真一文字に口を結んだ瞬間にぶわっと泣いた。


 再会して泣いてくれた。


 背中をさすってやると、上目で睨みながら言った。


「諸悪の根源野郎……。最後のおいしいとこ取りかよ……」


 今まで言葉を失っていたのに、喋れるようになったのか。


「言葉が戻ったのか。お前の可愛い声は、夜、私だけのものだったのに」


 言葉は出ずとも、声は出るのだ。妻は腰にクる声でよく()いた。

 思わず本音が出てしまい、妻にポコポコ叩かれた。可愛いな。


「岩を割ったのは良い判断だった。割れてなければテコでは倒せない大きさだ」


 そう褒めても妻は睨み、頭をグリグリ擦り付けて「臭い」と言ってそのまま盛大に吐いた。

 一週間以上泥にまみれて汗をかいた男の体臭なぞ臭くて当然だが、領主館に帰る馬車の同乗は、妻に断固として拒否された。「臭いぃぃ~」と言うから離れたというのに、馬車の中でも妻の嘔気(おうき)は治まらなかったようだ。


 そんなに、だろうか。


 フーゴと馬車に同乗し、自分が不在時の報告を聞く。男臭い匂いなぞ慣れた騎士であるフーゴでさえも、眉間に皺を寄せて、無言で馬車の窓を開けた。


 そんなに、だった。


 だが、そんな状態でも、湯浴みよりも前にしなくてはならないことがある。

 領主館に帰る前に領民たちがいる広場に向かわせた。

 泥だらけの男が何人も騎士たちとやって来たので広場は騒然となったが、設置された行方不明者の掲示板に書かれた『ヘンリック・メルネス』に自ら線を引いた。それを見て、こんな(なり)だが、自分であると気が付いた者から歓声が上がった。

 その歓声の中、板に残る名の中に、川でうつ伏せに流れていった者や、連れて帰ることが出来ずに埋めてきた者の名があった。

 目を閉じて鎮魂の祈りを捧げ、広場に集まって来た皆に向かって、辺境伯の帰還と一日も早い復興を誓った。


 領主館に戻り、湯浴みをしてひげを当たり、簡単にミカル大叔父の診察を受けた。


「ビルギットが、すまない」


 診察をしながら大叔父はそう頭を下げた。

 思えばこの人は一族の尻拭いにいつも駆り出される難儀な人だ。兄である先々代も甥である先代も、まあ今代(自分)も、いつも何かしらの難のある当主だ。

 自身は医術の道一筋に生きているが、一人息子もその妻も若くして病で亡くしている。その忘れ形見がビルギットだ。と、表向きはなっているが、ビルギットの父親は先代である我が父だ。

 ほとんど会話らしい会話をしなかった母から聞かされたことだ。


「話はこの後、皆で集まってからだ。処罰が必要ならばその時に」


 ビルギットは一族から求められた子を産むということをきちんと成し遂げてから出奔した。これ以上一族に振り回されないよう死んだことにして、一族から解放した。出奔したことについて何も処罰する気は無い。

 だが、なぜ戻ってきて、ロベルトたちを連れて行ったのか。あげくに追いかけた妻もろとも危険に晒した。そのことは追及しなければならない。


 果たして。

 話し合いの場は、思ってもみないことばかりだった。

 一族は自分とビルギットが兄妹だと分かった上で結婚させ、表向きには曾祖父を同じにするビルギットが産む子を後継にするつもりだと思っていたが、蓋を開けてみればビルギットのことも知らず、ただの思い付きで結婚させただけだった。強固だと思っていた一族の結束が幻だったことが判明した。


 膝に乗せた妻は、愛されているとは露にも思っておらず。


 子どもたちも同様で。


 誰一人手放す気は無いというのに、伝わっているだろう、が伝わっていないことの恐ろしさを思い知った。

 これからは言葉を惜しまずに伝えよう。そう決意した。


 決意したのだが。


 何故か話せば話すほど真意からほど遠く受け取られることが増え、妻が想いを向けていた事実だけでも万死に値するというのに、のうのうとメルネスに棲みついたダーヴィットが補足することで、相手に上手く伝わるようになった。


「次兄が同じような感じなんです。誤解されやすく、誤解されていることにも気が付かない鈍感な……、あ、失礼。そういうことで、なんとなく、意を汲むのは得意です。そうじゃないって、違うって時は言ってください」


 穏やかなようで歯に衣着せぬ物言いをし、事務仕事は優秀、いつの間にか領民の懐にも入り込み、妻から「見直した」という目を向けられる気に食わぬ男だ。


 だが、悪くない。

 ビルギットが捕食者の眼をしていたから、追い出さずにおくことにする。


 そんなことを考えながら、大きくなってきた妻の腹に話しかけて撫でた。


「早く元気に生まれてこい」


 妻の手が自分の頭を撫でる。……もっと撫でてほしい。

 念願の妻からのベルツの剣帯も貰い、心が満ち足りている。もうこれ以外()かない。


「ふふ、楽しみね。ロベルトもエルディスもカーリンもよくお腹を撫でてくれるの。この子に会えるのを心待ちにしてくれているのよ。嬉しいわ」


「私も待ち遠しい」


 妻の横に座り、口付けをして愛を込めて続けた。


「早くその腹に朝昼晩注ぎたい」


 瞬間、平手が飛んできた。


 母子ともに無事に出産を終え、妻の身体が早く回復することを願って、また夫婦の時間を持ちたいと思って伝えたのに。

 出産を軽視したつもりなど微塵もないというのに、全くもって何も伝わらなかった。


 その後、妻は「なんで昼が増えてるの?」と冷たい眼で言い放ち、一週間口を利いてくれなかった。


 こればかりはダーヴィットに頼らずに誤解を解かねば夫としての矜持が許さず、言葉の難しさをまた思い知るのだった。



読んでくださり、ありがとうございました。


いかがでしたでしょうか。


本編が完結してから番外編を投稿しはじめ、大分時間が空きましたが完結することが出来ました。

長い間お付き合いくださり、ありがとうございました!


あらすじや活動報告にも書きましたが、シーヴのお話は長くなりましたので、別に立てました。


『ルーとヴゥ』

https://ncode.syosetu.com/n7475jb/

全十六話です。

こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

m(_ _)m


それでは、また別の作品でお会いできますことを願って。

ヾ(o゜ω゜o)ノ゛


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