第二話 借金のカタ
私が辺境伯家に嫁入りした理由はいくつかあるが、主な理由は二つ。
借金と失恋である。
私はフラれた。
がっつりフラれた。
本当は相思相愛なのに、誤解や照れ隠しからすれ違ってしまって……みたいな、物語のような夢を見る余地がない程、疑義なくフラれた。
五年も思い続けた人にバッサリと、容赦なかった。
フラれた翌週、私は少しの嫁入り道具と共に、馬車に揺られて辺境の地へ向かった。
十歳年上で、七歳と五歳の双子の子どもがいる辺境伯に後妻としてお嫁入りだい。
なんでって? 借金のカタにだよ!!
五年前、しがない貧乏男爵の収入源だった鉱山が閉山した。もう枯渇すると言われ続けていたから、鉱山に代わる事業として鉱夫たちで傭兵団と言う名の何でもやります組合を作ったり、種々様々な節約をして貯蓄したりして準備はしていた。数代前に鉱山が開かれるまでやっていた家業に戻った形である。
それが、領地内で発生した冷害により崩壊した。
傭兵としての事業が軌道に乗る前のことだったのが致命傷だった。
領内は仕事にありつけない人間であふれた。
父たちも何とかしようと備蓄していた穀物や貯蓄を開放してしのいだけれど、更に不作が続いてあっと言う間に借金をしないと領全体が立ちゆかなくなってしまった。
領地返還もやむなしと、王に救いを求めたけれど、ほんの少しの減税措置をされて終わった。
こっちは領民、国民の命がかかっているんだぞ!
そう王都に向かって悪態をついても、お金も食料も降ってはこない。
こうなったら、私が金持ちの旦那さんを捕まえて援助してもらうほかない。
この時私は十三歳。
同じ年頃の子たちが婚約しはじめる年頃で、優良物件は次々に相手が決まっていっていた。
でも、私には特別な才も美貌もない。武器は愛嬌くらいだ。(自分で言うな)
あとは、貴族のお嬢様としては失格かも知れないけれど、貧乏だから一人で何でも出来る。掃除も洗濯も料理も畑も狩りも、獲物を捌いて皮もなめせる。一番得意なのは金勘定かもしれない。鉱夫たちと過ごす時間が長かったから、がらっぱちにも耐性がある。むしろ私がそっち側だ。
分かっている。
正妻はきっと無理だ!(ドヤァ)
お手当をもらえる愛人枠でも文句は言わない。
そこまで追い詰められていた私は、細い伝を使って参加させてもらったお茶会で、なんと一目惚れをした。
二つ年上の侯爵家の三男で、少し引っ込み思案で優柔不断だけれども、優しく笑う人だった。
本来は侯爵家と男爵家の縁談など釣り合わずに実現しないが、恋愛結婚は別である。特に後継ぎでなければ恋愛結婚で爵位はあまり重要視されない。
下心はもちろんあったよ。好きになった人が家にとっても条件の良い人で、本当に良かったと思っていた。
この国は婚前のデートにとても寛容だ。相性は話をして二人で過ごしてみなければ分からないじゃん、ということだ。もちろん、限度を越えたフシダラナ関係は褒められはしない。当主が了承しての健全なお見合いみたいなものだ。
五年間、せっせと交流して、良い感じだったわい!
でも、……何度デートしても、たくさんの楽しい時間を過ごしても、ついぞ手も握られることなく、求婚なんてされることもなく。
「シーヴ? ああ、一緒にいて楽しいよ。妻? ないない、そういう対象で見たことないよ! 気の合う友人、妹というか弟というか……。実家への援助は何とかしてあげたいと思うけど、規模が半端ないしなぁ。僕に出来る範囲を越えてるんだよ。確かに姻戚になれば家として援助出来なくはないけれど、僕は理想の人とやっと婚約が決まりそうなところだよ? 淑やかで可愛い人なんだ!」
そう言って友人たちと笑い合っていた衝立の向こうに、私(と友人)がいたなんて思ってもいなかったんだろう。
ダーヴィットに会うために、母のドレスを頑張って手直ししてパーティーに参加した自分が急に恥ずかしくなり、告白どころかダーヴィットに会うことも出来なかった。
淑やかって、私の対極にある言葉だわ。
そりゃ、ねぇよ……。
ああ、ダーヴィットって、彼の名前です。
こうして、五年間の私の恋心は粉砕されて風にさらわれて消えていったとさ。
おしまい。
嫁入りの馬車の中で発作のように感情が高ぶり、目から体液がわいて出てきたけれど、現実は現実だ。
五年前、生家の借金はメルネス辺境伯が整理してまとめて肩代わりしてくれた。
債権者が両手両足でも数えられない状況から一本になったことで、金利も返済日もバラバラで、管理するだけでもとんでもない労力が必要だったものがなくなった上、返済期限も延びた。
金策が上手くいっていなかった父に救いの手を差し伸べてくれたことはとても感謝している。
たとえ借金の条件が、『五年以内に完済出来なければ、そちらの娘を後妻に』というものであっても。
うちの借金を肩代わりしてくれる少し前、辺境伯夫人は若い男と出奔したのだが、辺境伯は逃げた妻に未練はないらしく、死んだことにしてしまった。ある意味貴族としては死刑宣告である。
かと言ってすぐさま再婚する気もなく、借金を肩代わりするという形で五年という猶予と、暫定で次の妻(→私)を得たのである。
辺境伯の気持ちは分からない。
聞いたこともないし、聞く必要もない。
そもそもこの五年間で私とは一切交流はなく、会ったこともない。
きっと私と同じで、『もうどうでもいい』のだろう。
かくして、借金ごと私をもらってくれるかもと五年間アテにしていた嫁ぎ先は露と消え、父の健闘も虚しく借金は完済出来ず、私は辺境に嫁に行くことになったのである。
考え事をしていたらあっと言う間に私の永久就職先に到着した。
死ぬか、辺境伯から追い出されるかしか、退職はない。
辺境伯からのお金で生家の領民たちは命を繋ぎ、領の財政も持ち直しつつある。
私は領主一族に生まれた娘として、役目を全うしなくてはならない。
ならば、私の生き様をしかと見るがいい!
決意を新たにしていると、馬車のドアが開かれた。さあ降りようとした瞬間。
ビチャッ!!
何が起こったかも分からず、衝撃と痛みと共に視界が暗転した。
後から聞いたところ、子どもたちが投げつけた泥団子が私の顔にヒットしたのだった。
わあ、コントロール抜群~大歓迎されてるぅ~……ってなる人がいるかよっ!?
ふと気が付いた時は、寝台の上で。
「気が付いたか? ……あれくらい避けられずにどうする」
自己紹介よりも先に夫となる人から発せられた言葉に(初めましてだよ!?)、私の辺境伯夫人としての戦いの火蓋は切られたのだった。
シーヴ・ベルツからシーヴ・メルネスになるのはサイン一つ。
式はなし。今回の結婚は急だったからいずれ……ではなく、予定すらなし!
宣誓だけの簡易なものでもすると思ってたのになぁ。
まあ、仕方ない。辺境伯が必要ないと言えばここではそれが正義だ。
私は母が手直ししてくれたドレスを綺麗にたたんで収納の奥にしまった。母方に受け継がれてきた結婚式用のドレスだ。もう陽の目を見ることはないかも知れない、なんて思ったら少しだけ悲しかった。少しだけね。
母は緊急時は売ってしまいなさいとも言ってくれていたので、高確率で売ることになると思っている。この身一つで放り出されるとか、あり得すぎて溜め息だわ。
これが私の結婚初日の出来事だ。
あ、初夜は普通にあった。