第一話 結婚しました
あらすじをご確認ください。
よろしくお願いいたします。
m(_ _)m
誤字訂正いたしました。
誤字報告ありがとうございます。
今日も朝から館には阿鼻叫喚がこだまする。
双子の五歳児が、やれ起きるのがイヤだ着替えるのがイヤだ顔を洗うのがイヤだ歯を磨くのがイヤだお母さまじゃなきゃイヤだと泣き叫んでいるのだ。
すごい声量ですごい体力だと思う。しかもユニゾン。そして飽きない、というか諦めない。
これが現在の辺境伯家の朝の風景であり、この声が聞こえてきたら、まもなく朝食である。
朝一から執務を始めている辺境伯はキリの良いところで仕事を置き、朝の読書をしている七歳の長男は本を閉じる。
そして辺境伯夫人である私は、本日の予定と館の使用人たちの就勤状況及び体調を家令と確認した後、各食事の内容の手配、掃除、洗濯、買い出し品の手配の確認もそれぞれ済ませる。
今日は辺境伯に来客予定があるため確認に時間がかかってしまった。
やっとのことで乳母たちだけではどうにもならない双子の世話に向かう。
子ども部屋に入ると、今日はいつもより来るのが遅くなったのがアダとなり、部屋は惨憺たるものだった。
カーテンにぶら下がったのだろうか、留め具が半分外れて垂れ下がり、衣装部屋の洋服たちが床一面に広げられていた。おもちゃ箱もひっくり返され、お絵かき用の絵の具が壁についてしまっていた。
よくもまあ、短時間でこれだけ出来るものだ。
肝心の双子の姿が部屋の中に見えないと思ったら、寝台の下からこちらを見てくる二組の紫の眼と目が合った。
ちょっと怖かった。
もうそろそろ辺境伯も長男も朝食の席に着いている頃だろう。少し急がなければならない。
私は躊躇いなく寝台の下に潜り込み、右手で次男の、左手で長女の足首を掴み、暴れる足と手の攻撃も何のその、じりじりと寝台の下から引っ張り出した。
ぎゃあぎゃあ文句を言っているが、全て無視だ。
双子をそれぞれ立たせて寝間着を剥ぎ取り服を着せる。濡れタオルで顔を拭いてうがいをさせる。歯磨きは朝食後でもういいや。
長女の髪の毛を手早く結わいて、準備完了である。
「にせもの!」
「あっちいけ!!」
双子は悪態をついて食堂に向かって走って行った。
そう。
私は『おかあさま』の偽物、辺境伯の後妻、子どもたちにとっては継母である。
仕事人間の十歳年上の夫、外面はイイが感情をあまり表に出さない七歳の長男、とことん懐かない五歳の次男と長女の世話をするためにこの家に嫁いできた、ピッチピチの十八歳である。
子どもたちの生みの母は双子を産んで儚くなってしまった。
という体だが、子どもを置いて若い男と逃げたらしい。
そりゃ隠すわな。
亡くなったと信じている幼子の双子は、ある意味ストレートで分かりやすい。母親を求めているのだ。
本当の強敵は。
「おはようございます、シーヴ様」
……これが七歳の挨拶だよ。
しかもアルカイックスマイルというおまけ付きときた。目の光が無いもんな七歳児が。
表面的なイイ子であるこの長男、ロベルトが一番の心配のタネだ。けして健康的なことではないと思う。
あ、シーヴって私の名前です。
「席に」
挨拶もなくとっとと席に着けと言ったのが、私の夫であるヘンリック・メルネス辺境伯。御年二十八歳。まだまだ若いために再婚再婚と親族の攻撃がうるさくて再婚したことを隠しもしない。この辺境の地で戦いに明け暮れているためか情緒的にいまいちな人である。
私を虐げるわけではないので悪人というわけではない。
ただ、夫というか、生涯の伴侶かと言われると、むむ。雇用主? の方がしっくりくるかな。
「おそいよ! おなかすいた!!」
「にんじん! かえて!! ちがうのにして!!」
次男のエルディスが喚き、長女のカーリンが癇癪を起こした。
いつもの事なので皆スルーだ。
「恵みに感謝を」
辺境伯の短い言葉で朝食が開始となる。
私は行儀悪くない程度にパンと野菜とスープをかっこみ、一足先に朝食を終了すると、まずはカーリンの食事を補助……。まあ、言い繕っても仕方ない。補助というか暴れる手足を押さえつけて口にパンを突っ込むのだ。ある程度食べさせ終わると、次はエルディスだ。
もちろん二人とも抵抗する。
私はこれが『仕事』なので諦めない。
観念した二人が怒りで半べそかきながら食べ終わるのが、私が嫁いでからの辺境伯家の食事風景だ。
父である辺境伯と兄であるロベルトは結界でも張っているのか、全くの我関せずだよ。ある意味すごいわ。辺境伯は自分の子だよ?
朝食が終わると、辺境伯は執務、ロベルトは家庭教師による授業が午前中一杯続く。
私は家政で緊急がない限り、エルディスとカーリンと過ごす。
どんなことをしてって?
戦争、とだけ言っておくわ。
朝食は家族全員で取るけれど、昼食と夕食はそれぞれのことが多い。時間が合えば一緒に、位の感じだ。
辺境伯は執務だけではなく領地内の巡回もあって館を不在にすることが多いし、双子はお留守番だが、ロベルトを連れて行くこともある。
今は大分落ち着いているけれど、この領地に接した隣国と我が国はいつも小競り合いをしている。時々大きな戦いにもなる。それに対応するのがこのメルネス辺境伯家だ。
時間はあっと言う間に過ぎ、昼食も夕食も例外なく食事の補助をして、一日で一番の山場を迎える。湯浴みだ。
嫁いで最初の頃は、乳母に世話をされる度に暴れて逃亡する双子を脇に抱えて、薄い寝間着のようなものを着たまま二人と一緒に入っていたが、そうすると自分を洗うために後でまた入らなければならず、すぐに面倒臭くなった。
更に言うと、二人も三人も一緒なので、珍しくごねて嫌がるロベルトをひんむき、三人とも湯船に放り込んで私も一緒に入ってからは、入れる時は四人で入っている。
乙女の恥じらいよりも効率を取っただけである。仕事だから。
頭を洗ってもらうのは気持ちが良いのか、この時ばかりは三人とも大人しく身を委ねてくる。
頭と身体の後ろ側を洗ったら、前側は自分で洗わせる。いくら子どもとはいえ、そこは人としての配慮である。
三人を手早く洗わないとのぼせてしまうため、一人てんてこまいして時間と戦い、息を吐いて湯船に身を沈める瞬間が、一日を締めくくる私のルーティーンと化していた。
いや、嘘、この後双子の寝かしつけがあるわ。
双子が飛び飛びの百を数えてから湯浴みを終え、乳母たちに双子の寝支度を任せる。
その間にロベルトの頭を私が拭いてやる。あまり関われない長男との短いながらも二人の時間だ。最初は不服そうだったが、今ではなされるがままである。諦めの良い七歳児だ。
双子は同じ部屋で寝ている。七歳になったら一人部屋にするらしい。
右腕をエルディス、左腕をカーリンに枕にされながら、無言でくっついているとすんなり寝てくれる。日中暴れに暴れているから疲れているのだろう。しばらく様子を見て、深く寝入ったところで腕を外して寝台を降りる。寝顔は天使だ。ほっぺにチュウしておこう。
これで終わり……とはいかないのである。
ロベルトの部屋の前を通ると、案の定、部屋の明かりがドアの隙間から漏れていた。
軽くノックをして部屋に入ると、ロベルトは寝間着のまま机に向かっていた。
辺境伯を継ぐための勉強がもう始まっており、放っておけば予習復習で夜更かしするのである。七歳児が。
無言で見ていると、視線に負けたロベルトが諦めて寝台に向かった。明かりを落とし、額にお休みのキスを落とすと、ロベルトは布団に潜り込んでしまう。毎日のことだが、嫌がっていても拒絶はされていないと解釈している。
ようやくこれで寝れる……とはいかないのであるよ。
この家にはもう一人私がお世話をする人がいる。
部屋に戻ると辺境伯がソファで書類を読んでいた。
私を見ると書類を置き、私を横抱きにして寝台に向かう。
甘い睦言は何にもないけれど、これも妻の役目。
私は辺境伯の腕の中で一日を終えるのである。
私、働き過ぎじゃなかろうか……。