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第8話 ホッファー家での休息と、ガウンと失言

一ヶ月以上お待たせいたしました。作者は試験を受けて、無事に合格しました。

ひとまず、がんばったカラスたちにご褒美と、ルイーゼ嬢と二人きりになったカイル王子にちょっとした試練です。

 庭の石畳にちらばったクルミを、おびただしい数のカラスがついばんでいる。

 窓の外の光景は一見まがまがしいが、今のカイル王子にとっては違う。

 王子の大事な人――フローレンシア公爵家令嬢ルイーゼを救ってくれた、恩人ならぬ恩鳥たちなのだから。

 ――ありがとう、と一羽ずつに話しかけたい気分だ。

 王都と辺境を往復した疲れを癒やすかのように、すさまじい勢いでカラスたちはクルミをむさぼっている。

 ここは王城に近い、レベッカ嬢とホッファーが住む屋敷だ。父子は水びたしになった婚約者同士に、湯浴みをしていくよう勧めたのだった。


「すごいでしょう、レベッカさんの魔術は」


 ついさっきまで罪人として衆目にさらされていたというのに、ルイーゼ嬢は泰然たる態度で友人を褒めた。絹のガウンが湯上がりの肢体を包んで、ひどくなまめかしい。

 カイル王子も同じ意匠の客用ガウンを着ているのだが、違う品に思えて仕方がない。


 ハーブティーの香りが鼻をくすぐり、カイル王子はさっき抱きしめたルイーゼ嬢の甘い香りを想起した。

 もしかすると、嗅覚に意識を集中すればあの香りをまた嗅げるかもしれない。

 ――待て待て。それは待て。

 テーブルに顔を伏せ、呼吸を止める。視覚と嗅覚からの魅惑的な情報を遮断したつもりであった。

 ――ルイーゼ嬢。なんという恐るべき女性に成長されたのか。魔術を使わずして思考を乱れさせるとは……。

「どうされたのですか? ご気分でも悪くされましたか?」

 ルイーゼが気遣うように聞いた。

「いえ、ハーブティーが良い香りだったので、つい感激して……失礼いたしました」

 途中から理由として間違っているが、そういうことにする。

「ふふ。レベッカさん、喜ぶと思います。庭で大事に育てたハーブですから」

「レベッカ嬢と言えば、テイムの技術が素晴らしいですね。まさか、カラスが辺境まで飛んでくるとは」

「おっと、それには秘密があるんだよ。カイル王子」

 エメラルド色の光が卓上にきらめき、町娘のような声音が響いた。

「木の精霊さま。突然出てこられては、カイル様が驚かれますよ」

「あはは、大丈夫よ、肝が太そうな人だものね? レベッカ嬢のそばで見ていたよ、第一王子にタンカ切ったところ! かっこよかったねえ!」

「格好など、構っている場合ではなかったが。ルイーゼ嬢の精霊様に気に入っていただけるのは光栄だ」

「あれまあ、素直な人だこと」

 木の精霊は、護衛としてレベッカのそば近くにいたのだという。ルイーゼ嬢が捕らえられたのを知ったレベッカは「木の精霊様、力を貸してください」と言って、家に貯蔵してあったナッツ類の栄養を強化するよう頼み込んだらしい。

 レベッカは栄養価抜群となったナッツ類をカラスたちに食べさせて、しもべとしての基礎体力を倍増させたのだ。

「おかげで、レベッカちゃんのカラスたちは元気百倍。辺境まで行って伝言をして、みぃんな無事に帰ってきたってわけさ!」

 得意げに木の精霊が言う。

「見事な連携だ! 武人として参考にしたいものです」

「武人として、ですか?」

「そうです。たとえば今思いついたのは、兵としての練度は低いが体が大きく筋力がある者に弓矢を運ばせ、弓兵は矢を射るまで体力を温存するという方法です」

「わあ。北の人は筋肉を重んじるって本当なんだねえ!」

「清潔も重んじるので、お忘れなーく!」

 部屋の扉が開き、従者二人が入ってきた。

「屋敷周辺に怪しい奴は見当たりませんでした」

「見回りご苦労だった」

 カイル王子が声をかけると、乳兄弟である方の従者は探るがごとき視線を向けてきた。少年の日に見た顔だ。家庭教師から課せられた課題が終わっているか質問してきた時の目つきそっくりであった。

 ――ルイーゼ嬢にやましい態度など取っていないぞ。一応。

 そういう意図もこめて「こちらも異常なしだ」とカイル王子は言った。

「レベッカ嬢が、俺らも風呂に入るよう言ってくださったんですけどね。その前に一つ」

「どうした」

「カイル王子。ことわざで『悪口は自己紹介』っての、知ってますか」

「知っているが?」

 日頃から人の商売にけちをつけている商人が売り上げを過少申告していた、という話を最近もどこかで聞いた。

「ルイーゼ嬢を悪い呪術使いだと言ったのは、誰ですか? あなたの兄上である第一王子? それとも、第一王子がぞっこん気に入ってるドロッセル嬢?」

 ルイーゼが「あ」と小さく声を上げた。

「どちらにしても、我々はまずい奴を相手にしてるかもしれませんよ」

 年かさの従者が言う。

 ルイーゼの顔色の悪さを見て、カイル王子は気の毒になる。かつての婚約者が、呪術使いだったかもしれないのだから。

「木の精霊さま。レベッカさんの護衛に戻っていただけますか」

「あいよっ!」

 エメラルド色の光が消える。ルイーゼはガウンに包まれたみずからの肩を抱き、悔しげな表情だ。

「カイル王子にも、ドロッセル嬢にも、呪術を使うような強い魔力は感じませんでした。ですがもし、ドロッセル嬢の背後に呪術使いがいたとしたら」

「さすが、幼い頃から聡明な方だ」

 つい口走った言葉に、ルイーゼが怪訝な顔をする。

「幼い頃から……? もしや、お会いしたことがあるのでしょうか?」

「あ、いや……」

 ――隠しておきたかったのだが。

 幼い日に出会ってからの恋慕を見抜かれたような気がして、カイル王子は口ごもった。視界の隅で、従者たちが天井を仰いでいる。

「申し訳ありません。覚えていないなんて」

 ルイーゼの悲しげな顔を見て、カイル王子は腕を伸ばして抱きしめかけた。途中で動きを止めたので、前かがみのおかしな体勢になる。

 視界の隅で、従者たちが再び天井を仰いだ。

王子の優しさと残念ぶりが光ります。

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