第5話 精霊使い令嬢の危機を知らない第七王子は、辺境の警備体制を整えます。しかし王城は闇に包まれました。
陰謀いやがらせ令嬢・ドロッセルに、今度は呪詛の疑いをかけられたルイーゼ嬢。何も知らない辺境の第七王子・カイルは、ルイーゼ嬢との婚儀のために警備体制を整えています。
「失礼いたします、カイル王子」
屈強な第一秘書官が、書類の束を抱えて執務室に入ってきた。腰から下げた布袋からなぜか甘い匂いがする。
「王城付近で探りを入れましたが、ルイーゼ嬢のお命を狙う者の情報は入っていません。婚儀を邪魔しようという動きも、今のところありません」
「うむ。『今のところ』が重要だな。調査は続けるべきだ」
カイル王子は卓上に生けられた白いバラを見た。ルイーゼ嬢を迎えるため、王子はバラ作りの職人と契約した。試しに一輪生けてみた白いバラは、真昼間の光に花弁が透けて神々しい。
「ただ、華美な結婚式で税金を浪費するべきではない、という意見が市井に散見されます」
「そうか。会場の装飾はバラ中心にする。宝石は厳禁だ」
「まとめて仕入れる分、値段をまけるようバラ職人に交渉しておきます」
「すまんな」
できるだけの倹約は必要だが、「おたくのバラをたくさん買うからまけてください」と値引き交渉するのはさすがに王子の仕事ではない。
「婚儀の後、バラは周辺の住民に配布する。広場に置いて勝手に持っていかせれば手間が省ける」
「バラを配って、庶民の不満を逸らすわけですな」
「……貧乏くさいと、ルイーゼ嬢に思われてしまうかな」
「そういうお方ではありますまい。先ほどお伝えした調査結果のまとめはこちらに」
第一書記官は持ってきた書類の九割九分を執務机に置いた。
「まだ、報告があるのか」
「こちらの書類は菓子屋からの申請書です。カイル王子からの許可がほしいそうです。『ご婚約記念・ルイーゼ嬢の横顔ビスケット』を販売したいとか」
甘い匂いが広がる。
第一秘書官が、布袋の口を開けたのだ。中には令嬢の横顔をかたどったビスケットが何枚も入っている。
「商魂たくましいな。まだ来てもいないルイーゼ嬢の横顔で記念商品とは」
「どうなさいます?」
「不敬ゆえ、ご本人をかたどったものは禁止と伝えろ」
「御意」
室内が暗くなった。卓上の白いバラが灰色がかって見える。騒がしい鳥の羽ばたきに窓を見れば、無数のカラスが飛んでいた。高価なガラス窓を大胆につついている個体もいる。
「秘書官。街から戻る途中でビスケットを落としたか?」
「ご冗談を。お待ちください、衛兵に様子を見させます」
ビスケットの甘い匂いを残して、第一秘書官が走り去る。
――近くに死体でも転がっているのか。妖魔の仕業なら厄介だな。
辺境にも魔術使いは住んでいて、王城警備の一翼を担っている。その警戒網が突破されたとなれば大ごとだ。
――待てよ。鳥や獣を操る「テイム」かもしれん。
王城をカラスに襲わせる意図とは何か。どちらにしろ、何者の仕業かは明らかにせねばならない。
「王子、カイル王子!」
衛兵たちと第一秘書官が、こぞって執務室に押しかけてきた。彼らの腕や頭には、漆黒のカラスが止まっていた。
「カラスが、しゃべってます! 人間の近くに来て、ぼそぼそ喋るんです!」
若い衛兵が泣きそうな声で言う。襲撃してくる敵兵や妖魔とは、別の意味で怖いのだろう。
「聞かせろ」
「は、はっ」
腕にカラスを止まらせた衛兵が進み出る。確かに、何ごとか喋っている。
「魔術学教師ホッファーの娘、レベッカが申し上げます……フローレンシア公爵家ルイーゼ嬢が、ノクニス公爵家のドロッセル嬢に呪詛をかけた疑いで、国王のもとに捕らわれています。なにとぞ、お助けを……カイル王子に申し上げます。我が学友にして貴方様の美しき婚約者、ルイーゼ嬢をお助けください……」
「ほ、ほんとうでしょうか、カイル王子」
若い衛兵が半泣きになっている理由を、カイル王子は察した。内容が不穏すぎる。
――魔術学教師ホッファーと、テイムに長けた娘。なりすましの可能性は……。
カラスを観察する。足に嵌まった環にホッファー家の名が彫り込まれているのを見て、カイル王子は本当の情報だと確信した。
カイル王子は、若い衛兵に顔を近づけた。
「泣くな。北の泉から、聖水をありったけ汲んでこい」
「は、はいっ」
仕事を与えられた衛兵が、カラスを肩に止まらせたまま走り出ていく。
「第一秘書官。ここから王都までの宿場すべてに、馬を三頭ずつ配備せよ」
「馬を交替させながらの早駆けですな。王子ご自身で? 三頭ずつということは、供は二人だけで?」
「無論だ。軍勢を王都に連れていっては剣呑になる」
自分の声が冷静であることに、カイル王子は感謝した。この剣技で首謀者を切り捨てることも可能だが、王都ですべき仕事はそれではない。
「今、お助けに参ります。ルイーゼ嬢」
カイル王子の独り言に応えて、カラスたちが「お助けを」と唱和した。
昼に更新できなくてすみません。お仕事していました。ここからヒーローには頑張ってもらいます。