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第3話 令嬢に従う水の精霊は強い精霊と戦いたいようです。それより例の令嬢が何か企んでいそうです。

登場人物が増えてきたので簡単に紹介をします。


ルイーゼ…精霊を従える公爵令嬢。第一王子から婚約を破棄され、辺境に住む第七王子との婚約を命じられる。辺境には精霊や妖魔が多く棲むので、魔術研究が捗ると内心喜んでいる。銀髪碧眼。通称「水晶の化身」。


第一王子…別の公爵家令嬢、ドロッセルにそそのかされてルイーゼとの婚約を破棄したらしい。


第七王子…「筋肉と清潔」をモットーとする辺境を治める王子。母親の身分は低い。ルイーゼを以前から慕っている様子。


ホッファー…学園の魔術教師。教え子ルイーゼの魔術研究が捗ったら色々研究報告をしてほしい。


レベッカ…ホッファーの娘であり、ルイーゼの同級生。ストロベリーブロンドに水色の瞳。

「だーから! 俺は絶対、留守番しないからな!」


 ハーブティーが湯気を立てるテーブルの上で、アクアマリン色の光がきらきらと踊る。白磁の食器が同じ色に染まり、銀のカトラリーは月光に似た光輝を散らす。


「水の精霊さま。もう少しお静かにお話しくださいませ」


 ルイーゼは優しく注意した。

 この小さなお茶会の参加者は、ルイーゼを含めて三人とも魔術学徒だ。王城でのパーティーと違って心の声で話す必要はないが、それにしたってマナーというものがある。


「うむ、ルイーゼ嬢の言う通りである」


 ビスケットを手に取りながら、魔術教師ホッファーが言った。ルイーゼが第七王子との婚約を言い渡された時、嬉しそうに白いあごひげをなでていた人物である。


「静かにお話ししてくださるならば、当職も静聴いたす。魔術には泉のごとく澄んだ心が必要であるゆえに」


 ホッファーが比喩に水を用いたからか、水の精霊は「へへっ」と控えめに笑い声を立てた。


「さっすがホッファー先生、話が分かるぜ」


 アクアマリン色の光が回転し、小さくまとまってテーブルに着地した。二頭身のまん丸い姿は、子猫のようでもあり、雪だるまのようでもあった。

 同席しているホッファーの娘に「かわいい」と言われ、水の精霊はもう一度「へへっ」と笑った。


「さっきも言ったが、俺はルイーゼ嬢と契約した一番最初の精霊だぞ。大事な嫁入りに、最初っからついていかなくてどうするよ」


「そう言われましても、第七王子のいらっしゃる辺境には谷川の水が豊富ですから……」


 ルイーゼが言うと、水の精霊は目を吊り上げた。


「向こうで、新しい水の精霊と仲良くしようってのか。契約違反じゃあないが、寂しいぜ!」


「いえ、そんなつもりはありません。強い水の精霊と出会って、そのお方の気性が荒かったらどうします」

「望むところだぜ。強いヤツと戦えば俺も強くなる」


 ――本当に、内輪の三人だけのお茶会で良かった。


 ルイーゼが水晶の化身と呼ばれる理由は三つある。銀髪と碧眼の冷たさを感じさせる美貌が一つ。どんな場面でも動じない心の堅牢さが一つ。そして三つ目は、五大精霊のうち水の精霊を幼い頃から従えていることだ。


 誉れ高き二つ名の理由となった精霊が、こんな喧嘩っ早い性格だとは。親しい相手にしかとても見せられない。


「ねえルイーゼさん。精霊さまを全員連れていくわけにはいかないの?」

 ホッファーの娘、レベッカが小首を傾げた。ストロベリーブロンドと水色の瞳の愛らしさは、晴天の下で輝く紅水晶を思わせる。


「ルイーゼさんなら、あちらの精霊さまともうまく交渉できると思うの。魔術発展史の授業で習った、土地の精霊との縄張り争いなんて起こらないでしょ?」


 同じ上級クラスで学んでいるだけに、レベッカはよく分かっている。魔術学徒は過去の事例を知り、現在何をするべきか考えねばならない。


「わが娘レベッカや。一般的な魔術学徒ならその考え方で間違っていない」


 ホッファーが言った。あごひげにビスケットのかけらが引っかかっているが、ルイーゼは気にせず耳を傾ける。


「ルイーゼ嬢は今、微妙なお立場にある。豪胆さゆえに、こうしてハーブティーとビスケットを囲んでおられるが」


「お二人との時間が好きだからですわ」


 すかさずルイーゼは口を挟む。親子は微笑し、ホッファーは愛娘への講義を続ける。


「第一王子に婚約破棄の権限はあっても、ルイーゼ嬢の新たな婚約者を指定する権限はない。第七王子のお立場が独特なのを利用しての放言である」


「分かりますわ、お父様。辺境を治めておられる第七王子と第一王子の意向が対立すれば、すなわち辺境と王都との対立になってしまう。コトは王宮内の内輪もめでは済まない」


「そうよ、レベッカさん。第七王子がすんなりと婚約承諾の書状を送ってきたのも、きっと国政を思ってのこと」


 まさか、自分との婚儀を喜んでいるわけではないだろう。会ったこともない、しかも元々は兄の婚約者であった令嬢との婚儀など。


「さてレベッカよ。着々と第七王子とルイーゼ嬢との婚儀の準備が進む中、苛立っているのは誰だと思うね? ルイーゼ嬢が健やかに過ごしつつ皆から同情され、王都から離れるのを惜しまれている今、嫉妬の炎を燃やしているのは?」


「もしかして」

 

 水色の瞳が暗くなる。人の好い親友のこんな表情を見るのは、ルイーゼにとって少々つらい。


「ドロッセル嬢ですか? あの日、第一王子殿下に寄り添っていた……ルイーゼさんに嫌がらせを受けたと、第一王子殿下に吹き込んだ……」


「うむ。あの場でドロッセル嬢の立場は確実に悪くなった。地位は第一王子の恋人になって、ぐんと上がったのであるが」


「ご挨拶を返さず、第一王子殿下に貼りついたままでしたものね」


 レベッカは、ルイーゼが婚約破棄された場にいた同級生の一人だ。ドロッセルとは初めて同席したとルイーゼが主張した時、大きくうなずいてくれた味方たちの一人でもある。


「ドロッセル嬢としては、ルイーゼ嬢が動揺し嘆くところを見たかったはず。しかし逆に、挨拶も返せない公爵令嬢として恥をかいた。自業自得だが」


 まったくその通りだ。ドロッセル嬢は、あれ以来公式の場に姿を見せていない。


「さてここで問題である。第一王子の大事なドロッセル嬢、未来の王妃となるドロッセル嬢は誰を逆恨みするか?」


「私ですわね。ホッファー先生」


 ルイーゼは苦笑しながら言った。レベッカにこれ以上殺伐とした話をさせるのは気が引ける。


「さようである、ルイーゼ嬢。そして小悪党のやりがちな小細工として、標的の身内への攻撃がある。たとえば標的の家族、恩師、友人」


「あっ。私も、攻撃対象に」

 

 レベッカは呆然とし、ホッファーは「分かってくれたか」とため息をつく。

 そしてようやくあごひげに手を伸ばし、引っかかっていたビスケットのかけらを取り除いた。気づいてはいたが、話を優先して放置していたようだ。学者にありがちなことではある。


「だからね、レベッカさん」


 椅子の上で体をずらし、衣ずれの音を立てながらルイーゼは親友に語りかける。


「私の大事な人たちを守るために、私と契約した精霊さまを一人か二人、残していきたいの」


「ルイーゼさん。ご自分が大変な時に、そこまで考えてくださってたの」


 レベッカの水色の瞳がうるむ。心根の優しい親友と離れるのは寂しいと、ルイーゼはあらためて思う。


「あーらら、レベッカちゃん。泣かない、泣かない」


 二人の令嬢の間に、エメラルド色の光がゆらめいた。ルイーゼが契約し従えている五大精霊の一人、木の精霊だ。


「なんか、守ってあげたくなっちゃったな。あたしの力ってレベッカちゃんの魔術と相性がいいから、あたしが王都に残ろうか?」


 きっぷの良い町娘のような声音で、木の精霊は言う。レベッカの得意な魔術は、鳥や獣を操る「テイム」だ。


「良いご提案です。木の精霊さま」

「でっしょー?」

「レベッカさんを守ってくだされば、これに勝る幸いはありません」

「ま、守られてばかりではいけません! ルイーゼさん。私、木の精霊さまと力を合わせて、ご両親と父を守ります!」

「えっ、わしも」

 ホッファーがきょとんと自身を指さした。予想外だったようだ。一人称が「当職」から「わし」へと素に戻っている。


 エメラルド色の光が踊り、レベッカの周りを巡る。

「ルイーゼの大事なご学友。一緒にがんばろうねえ」

 レベッカの頬から涙がすべり落ちる。

 自分がドロッセル嬢ならば、この純真な人を餌食にしようとするだろう。ルイーゼの心に、愛おしさと不安がひたひたと満ちてきた。


冷徹で有能なお嬢様には、純朴なお嬢様が似合います。百合的な話ではなく、コンビとしてです。


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