第2話 辺境では「清潔と筋肉」をモットーとしています。王子は高嶺の花が嫁に来るなんて思いもしなかったようです。
お昼ごろに投稿した第一話、いかがでしたか?
予約投稿を試してみました! お昼ごはんと夕ごはんの時に読んでもらえるような異世界ラブコメにしていきたいです。
今回は第七王子視点です。清潔(公衆衛生)と筋肉(民への運動教育)は大事ですね!
第七王子とは、読んで字のごとく七番目に生まれた王子である。
正妃の産んだ王子は三人。第二王妃と第三王妃と第四王妃の産んだ王子が一人ずつ。そして下級貴族出身の侍女から産まれたのが第七王子カイルだ。
別に国王が好色なわけではない。
王国の歴史には、何度か途方もない愚者が出現した。
即位式の最中に寵姫を膝に乗せていちゃついたり、家臣の領地で勝手に狩猟と焼き肉をして武力衝突に至ったり、だいたいは欲をかいた末に人望や命や王位継承権を失ってきた。
ゆえに、保険のため少々多めに跡継ぎを確保していこう、というのが今の王国の方針なのだった。
「王子! 大変ですカイル王子!」
質素だが埃一つない板張りの廊下を走ってきたのは、王子の第一秘書官であった。
森の樹木で染めた濃い灰色の制服は、筋骨隆々とした肢体によって内側から盛り上げられていた。王子が従えている小姓たちも、同じく筋骨たくましい。
「落ち着いて、落ち着いてお聞きください」
「どうした。敵襲にしては無駄口が多いな」
カイル王子は、沈着そのものの口調で返した。臣下たちに比べれば華奢だが、均整のとれた長身には十六歳らしからぬ精悍さが満ちている。「清潔と筋肉」、この二つこそが幼い頃から王子に叩きこまれてきた美徳であった。
「王都からルイーゼ姫がおいでになられます。精霊使いの、水晶の化身とも名高いあの姫が」
「なんだと!」
王子の後ろで小姓たちが顔を見合わせてから、板張りの質素な廊下を見た。王都の姫を迎えるには無骨すぎるのでは、という懸念を王子は察した。
「いつおいでになるのだ? 第一王子との婚儀の前? 後? いや婚儀の前では問題があるな、第一王子との婚儀を済ませてからの表敬訪問だな? どんな花が咲いている時期だ? 王城を花で飾らねばな!」
矢のごとく立て続けに喋る王子の肩に、秘書官の大きな手が置かれた。ずしり、と重みを感じるのは、この四十路の秘書官が武人並みに鍛えているからだ。
「ご無礼をお許しください、王子」
「いや。つい、うろたえてしまったな」
秘書官の手の重みを感じながら、王子は感謝した。
「おかげで落ち着いたぞ。ありがとう」
礼を言われても秘書官は手をどけず、言葉を続ける。
「引き続き、心を落ち着けてお聞きください」
「どうしたというのだ」
「ルイーゼ嬢は第一王子から婚約を破棄されました。視察ではなくあなたとのご結婚のため、この土地へおいでになります」
「なんだと!」
秘書官の手に力がこもる。おかげでカイル王子はその場で飛び上がらずに済んだ。決して狭い城ではないが、本気を出して垂直跳びをすれば頭と天井が激突してしまう。妖魔との戦闘も起こりうる地で磨かれた身体能力は伊達ではない。
「第一王子は別の公爵家の令嬢を選びました。その方にルイーゼ嬢が嫌がらせをしたという理由で」
「ルイーゼ嬢はそんな方ではない。お前なら知っているだろう」
「無論でございます」
秘書官の目に強い光が浮かぶ。
「あの日の思い出を共有している側近の一人として、私も遺憾に思います。ですが王子、お願いですから」
「何だ」
「お願いですから、第一王子に決闘を申し込んだり夜襲をかけたりしないでくださいよ」
「やりたいのは山々だが、国を混乱に陥れるわけにはいかん。第一王子と第七王子との内戦になってしまう」
「分かっておられるなら良いのです」
「あのー。カイル様。血気を抑えて国政に思いを馳せるのは、さすがですけどお」
金髪の若い小姓が手を挙げて発言した。
「あこがれのルイーゼ様とご結婚なさるってことは、朝も夜も四六時中ずっと一緒ですよね。大丈夫っすか」
カイル王子は顔が熱くなるのを感じた。もう一生会うことはない、国母として生涯を送る高嶺の花――と思っていたルイーゼ嬢が、来る。この辺境へ。山に妖魔と妖精が跳梁跋扈するわが領地へ。
「がっ」
――がっかりされたらどうしよう。
弱音を途中で呑みこんだので、ガチョウの鳴き声のような声が出た。
「そういうところっすよ、カイル様」
金髪の小姓は、カイル王子と一緒に育った乳兄弟だ。だから容赦がない。
「ルイーゼ嬢の話になると乙女みたいに真っ赤になるし目がきらきらするし、何か外交上の行事でご本人に会ったら大変だろうなあとは思ってました。それがまさかの、嫁に来るわけでしょう。大ごとですよね」
カイル王子はめまいを覚えた。とりあえず王城に花を植え花を飾るための職人を増やそう、と思う。
次はルイーゼ嬢の視点に戻ります。魔術学徒の嫁入り仕度は一味違いますよ!




