第12話 水晶の化身と呼ばれた令嬢は第七王子の前では氷砂糖の化身になるようです。
お待たせしました。完結です。
デンファ城と山地の間に、「境界の滝」と呼ばれる美しい滝がある。境界の滝周辺は城主一族のための保養地で、結婚を控えた花嫁と花婿の別荘も建っている。風光明媚かつ適度に街からの物流も保たれている土地だ。
「こんな良いところに来たってのに、ルイーゼ嬢とカイル王子が全然イチャイチャしねえからさ。くっつけるための名案が浮かばねえかな、と思って散歩に出たわけだ」
ルイーゼ嬢と契約している水の精霊は、境界の滝の水しぶきを眺めながら言った。赤子のような姿を取っているのは、話し相手も人の姿だからだ。
「仲が悪いわけではないのであろう?」
境界の滝に住む滝の精霊は、とどろく水音が人になったような筋骨逞しい外見である。噂では、山を越えてきた他国の敵を水圧でたたきつぶしたことがあるらしい。
「仲は良いよ。イチャイチャしねえってのはつまり、同じ寝床に入らないんだよ」
「了解した」
滝の精霊は岩場にごろりとねそべって、空を見上げた。
「カイル王子はあれで奥手なところがある。時が解決するゆえ、ゆるりと過ごされよ」
「ルイーゼ嬢だって、惚れた腫れたは長いこと無縁だったぜ。何しろ、まだ小さいうちにハンフリー王子の婚約者にされちまったからな。たとえ下々の者につらく当たる男でも、妻の役目は果たすって言ってたもんだ」
「恋の前に令嬢のお役目、というわけだ」
「先が思いやられるぜえ。結婚式は一ヶ月後だぜ」
滝に虹が架かる。確かに評判通り美しい。
「だが、お二人の絆は強いのであろう? 先ほどのお主の話では、大変な状況を切り抜けたそうではないか」
「そうさ。ルイーゼ嬢はドロッセル嬢に呪詛をかけたと疑われ、カイル王子のおかげで疑いが晴れた。と思ったら、魔獣の卵をはらんだドロッセル嬢に押しかけられた。そこで二人がハンマーを振るって、魔獣の卵を叩き潰したってわけ。あ、魔獣の卵を吐き出させたのは俺の功績な」
「ハンマーは金属の精霊、潰れた卵を中身ごと焼いたのは火の精霊。ドロッセル嬢を捉えたのが土の精霊。危急を知らせるのに一役買ったのが木の精霊。聞いた、聞いた」
「自分と仲間の武勇伝は、何度語ってもいいもんだ」
「それは否定しない」
滝の精霊は寝そべったまま、胸の筋肉を盛り上げてみせた。やはりこの精霊、多数の敵を倒している。
「さておき、めでたいではないか。『二人の初めての共同作業』というわけだ。どこかの国では花嫁と花婿が同じ一本のナイフを使って大きなケーキを切ることをそう呼ぶそうだぞ」
「うちのルイーゼ嬢のあれは、もっと重い儀式だぜ。敵を倒して進む道を行くって、二人で決めたんだ」
「ふむ。ところでハンフリー王子とドロッセル嬢はどうなったのだ?」
「気持ちのいい話じゃないが、ドロッセル嬢も婚約を破棄された。なぜ魔獣の卵をはらんでいたのか、って時点でもう」
「未来の王妃には不適、か」
行きずりの黒魔術師と関係を持ったことが露見したドロッセル嬢は、無期限の自宅軟禁を命じられた。王位継承者に対して純潔を装ったのが不敬である、というのが理由であった。
「おれとしちゃあ、ルイーゼ嬢に呪詛の疑いをかけた点も追及してほしかったがなあ。あのハンフリー王子だからな。自分のメンツしか考えちゃいないだろうよ」
「この国は大丈夫か」
「さあてね。王になる人間次第かもな」
話が物騒になった。第一王子ハンフリーを筆頭に五人の兄たちが死ぬか恭順すれば、第七王子カイルがこの国の王となる。
「水の精霊どの。カイル王子とルイーゼ嬢の『初めての共同作業』は、夫婦ではなく戦友としてのそれかもしれんなあ」
「ああ、きっとそうだ」
水の精霊も空を見上げた。
ふと、考える。ルイーゼ嬢はもう、あの時の幼い少年がカイル王子だと思い出しただろうか?
カーテン越しに柔らかな陽光が居間に差しこむ。デンファ州の冬は暗く厳しいと聞くが、今はまだ春の終わりの明るさに満ちている。
「カイル。カイル王子」
ルイーゼは愛しい人の名を呼んでみる。遠乗りに行くと本人は告げたが、実は街の様子を視察に行ったのだと別荘を守る精霊たちから聞いた。
「どうしよう、すごい人と婚約してしまったわ……!」
あの小さな少年が、王位継承者にも物怖じしない勇敢な王子となった。母親を失った悲しみにもめげずに。
「あんなに幼かったのに、辺境で努力して強くなった人。私を助けてくれた人。怪我をしたお母上を見た時みたいに、心配そうに私を見てくれた人。そんな人を、忘れっぱなしだったなんて」
ソファに身を横たえ、ううう、とうなる。
「考えれば考えるほど、好きすぎてどう接したらいいか分からない……」
「そのままでいてください!」
ドアの外でカイルの声がした。
「えっ、えっ、えええっ」
水晶の化身と呼ばれてきた心の堅牢さはどこへやら、ルイーゼはソファの上で飛び起きた。
「立ち聞きして済みません。遠乗りの帰りに花屋へ寄ったので、あなたにあげたくて、別荘内を歩き回っていたら声がして。一応、呼んだのですが」
――何ですって。気づかなかったの、私は?
自分はもう水晶の化身どころか氷砂糖の化身なのかもしれない。
「思い出してくれたのですか、ルイーゼ」
「とっくに、思い出していたのです。魔獣の卵に立ち向かわねばならない、だけどあれが母子に見える、とつらい気持ちになった時。察して心配してくれたあなたは、水の精霊さまの力で傷を洗われるお母上を見ていた時の、優しい顔だった」
ドアを開ける。白と桃色の花々を抱えたカイルがそこにいた。顔が真っ赤で、肩をいからせている。
「肩、どうかなさったのですか?」
「体のどこかに力を入れていないと、ルイーゼを抱きしめるか天井に飛び上がるかどちらかになりそうで」
一瞬ためらった後、ルイーゼは花束ごとカイルを抱きしめた。花の香りと汗の匂いがした。すん、と嗅ぐとカイルが息をのむのが分かった。
「二人分の重みがあれば、そうそう天井へは飛び上がれませんわね」
ふふふ、と笑いがこぼれる。ルイーゼとカイル、双方の口から。笑いをこぼしながら、互いの唇が軽く触れた。
「まずはここから」
唇を離した直後にカイルが言った。「まず」の次を想像して全身が耐えられないほど熱くなり、ルイーゼはカイルの肩に顔を埋めた。
ここから先の展開は、カイル王子とルイーゼ嬢だけのもの。
初めてのなろう連載、見守ってくださってありがとうございます!
次はある程度まとまってから少しずつこまめに投稿しますね。また会いましょう!




