テンプレ婚約破棄は私の幸せな結末にしかならない
「ステラ、この本そこに返しておいてくれる?」
「畏まりました」
彼女はステラ•アンゲルス17歳。しがない伯爵令嬢である。
なにがしがないって?
アンゲルス伯爵家とは名ばかり、ステラの祖父の代に作られた借金のせいで貧乏貴族なのである。ステラの家の場合、家が貧乏なだけで家族仲が悪いとかは無く、また領民達もまで貧乏を敷いてるわけではない。ただステラ達家族が慎ましい生活をしているというだけなのだ。
そんなステラは本が大好きで。家にある本は全て読み尽くし、ボロボロになるまで呼んだ本も数知れず。
そのためこのアストルム学園に入学して5年間、毎日図書館に通っていた。
毎日毎日それはもう紙に穴が空くんじゃないかと思うほど隅から隅まで本を読みまくり、いよいよ3ヶ月後に卒業が迫ってきたので彼女は先生にお願いをし、恩返しという形で図書館の整理を行っていたのである。
「はぁ、この本も何回読んだことか…大好きだったわ。今までありがとうね」
乱雑に並べられている箇所や元の位置に戻っていない本たちを一つ一つ丁寧に並べ替えていく。
「ステラは本当に本が好きだね」
そう言ったのはルミノックス侯爵子息のルクス•ルミノックス。ステラと同じ17歳。彼は侯爵家という権力を振りかざすわけでもなく、とても穏やかで、艶めくシルバーブロンドが何とも美しい……
がしかし!!!ルクスは牛乳瓶の底のような熱い丸いメガネをかけているせいなのか、ステラと同じ本の虫すぎていつでも図書館にいるせいなのか、普段は全くお言葉を発さず成績も中の中のせいなのか、侯爵子息といえども女子生徒からの人気はあまり無いというか殆ど無かった。
だから学園に友達の少ない(というかほぼいない)ステラにとってルクスは唯一趣味も合い、話も合う、気の許せる人間だった。
「はい!大好きです!5年間ここに通えて本当に良かった…!」
ステラが図書館の整理をしていたら、ルクスが自分も世話になったから、と手伝いを申し出てきた。侯爵子息に図書館整理をさせるなんて、と思ったがステラは彼と過ごす時間が何よりも好きだったため断りきれなかった。
だかその一方でステラは悩んでいた。本当はこんな気持ちを持ってはいけないと…
後3ヶ月後にはステラの元には子爵子息が婿に入る。
政略結婚故、甘い恋愛のようなものは期待してはいないが、せめて家族としてでもいいので仲良くしていければと思ってはいる。しかし婚約成立してから5年間、同じ学園内に居ながら2〜3回ほどしか会った事のない相手のため、不安で不安で仕方がなかった。
それなので、卒業までの、せめて一時の時間を、ステラは人知れず噛み締めているのだった。
**********
そして3ヶ月後、その時はやって来た。
(…婚約者様は、私をエスコートしてくださらなかったわ。いったいどういうおつもりなのかしら…)
本来なら婚約している者たちは婚約者同士、卒業記念パーティーに参加するのが一般的だった。もちろん中には婚約者がいない者もいるので1人で会場入りするのも珍しくはないのだが、婚約者がいるのにも関わらず1人というのは好奇の目に晒されるのかと思ったのだがー
(学園内でそんなに親しくしている方もいなかったし、特段気にされてないみたいだわ私)
今日という日は婚約者の隣にいるものだと思っていた。でも隣には誰もいない。そうなるとつい探してしまうのはー
(…あら?ルクス様、まだいらっしゃっていないのかしら。まぁきっと可愛らしい婚約者様とご入場なさるのだろうけど)
彼が見つからないことを残念に思う気持ちと、彼の隣に誰かがいる姿を見ない安心感と、2つが入り混じる。
待てど暮らせど婚約者も来なければ、ルクスの姿も見えない。
(もう…帰ろうかしら…)
気持ちが下がり俯いてしまう。もうここにいる意味が感じられなくなってきてしまった。するとー
「ステラ•アンゲルス伯爵令嬢!私と婚約破棄してくれ!」
「え?」
不意に呼ばれ顔を上げる。そこにはここ5年間で2〜3度しか見た事のない顔があった。隣には見たこともない美しい御令嬢を連れて。
「私は真実の愛を見つけてしまった。君には悪いが今日を持って婚約破棄をしてもらいたい!詳細は追って連絡する!」
当然周りがざわめき出す。
早くこの場を収めなくちゃーそう思うのに咄嗟に言葉が出なかった。(そう言うことだったのか)今までの全てが繋がって、納得できた。
「…アンゲルス嬢?」
「…っい、今までの貴重なお時間を、いただいてしまって申し訳…ありませんでした…どうか、お幸せに」
と、言い切り私は駆け出してしまった。
後方で何か叫ばれてた気がしたけど振り返らない。振り替えれない。私は足早に馬車に乗り自宅を目指す。
(どっ……どうしてあんな場所で婚約破棄の宣言なんかするの…?私、聞き分けが無いと思われたの?あんな場所で言わなくてもちゃんとサインしたわよ…)
涙が止まらなかった。別に好きな相手では無かったけれども、政略結婚だったけれども、私は私なりに未来の覚悟を決めていた。家族の為でもあったし…それに私も1人の年頃の少女なのだ。本当は恋だってしたかった、愛を育んでみたかった。
(……覚悟は決めていたけれども、彼の事を思ったバチがあたったのかしら…)
「ただいま戻りました」
駆け足で家へと入る。
「っステラ?!」
「ごめんなさいお父様、後でご説明致します。今は1人にして!」
そう言い切るとステラは自室へと向かう。
(しっかりしなくちゃ、泣いてなんかいられない。この歳で婚約破棄されたら…もう次はどこかの金持ちの後妻かしら)
ボフっとベッドに横たわる。
しっかりしなくちゃ、泣いてなんかいられない、頭ではそう思うのに、今後のことを考えると気が重い。
(せめて最後にルクス様に会いたかった…)
コンコン
「ごめんなさい、今は1人にして欲しいの」
「お嬢様、申し訳ありません。婚約者様のイグニス様がお見えでして…」
(随分とお早い婚約破棄ね)
「わかったわ。今行きます」
そう言い、ステラは鏡を見て乱れた箇所を直し、泣き腫らした顔に少しお化粧をしてサロンへと向かった。
「お待たせいたしました」
サロンに入るとイグニス様と…
(えっ?!先程の御令嬢も?一体何をお考えなの?)
するとステラが入ったと同時に間髪入れずに
「さっきは本当にすみませんでした!!!!」
と見事なスライディング土下座をされた。
(えっえっまって、なに?全然状況がよめない)
「ステラ、君を傷つけてしまう様なことをしてしまって本当にごめんね」
「えっ?」
(確かにルクス様の声が聞こえた)
ステラはサロンを見渡すも、そこに思い人はいない。
「あ、あぁ。ステラ、僕だよ」
そう言って先程の麗しの御令嬢が牛乳瓶の底のようなメガネをかけた。
「ルッルクス様!!!!!?」
「驚かせてごめんね。実はこれには訳があって」
事の経緯はこうだった。
実はルクス様とイグニス様は従兄弟同士に当たりお互いの家を行き来する事が多かった。イグニス様は子爵家の次男、爵位は上だがお金のないアンゲルス伯爵家に婿入りする予定だったのだが、この次男坊はから自由奔放すぎる性格に難ありで。ある日隣国に行った時にみたドラゴンに一目惚れをし、どうしてもドラゴン使いになりたいと学園に入学し婚約した後も親の目を盗んで隣国へと行っていたと言うのだ。勿論すぐ親にはバレてしまったのだが(ルクスもいたので)自由奔放だが芯は強く、コレと決めた事には譲らない、そんな性格でもあった。子爵家はそんな息子といつまでも婚約してもらうのは悪いと思っていたのだがいかんせん息子がつかまらずズルズルと今日まで来てしまったとのこと。
「俺、ルクスにめっちゃ怒られてさ。お前が自由に生きる事にはとやかく言わないが、お前のせいで人生棒に振るかもしれない子がいるんだぞ!って。普段ルクスは怒らないからめっちゃこたえたわ…」
ステラは胸が熱くなる。まさか思い人が自分の事を考えてくれていたなんて。
「当たり前だろう!ステラはとっても良い子なんだ。お前が5年間もほったらかしにしたせいでこの先の人生棒に振るところだったんだぞ!」
聞けばルクスもステラがイグニスの婚約者だと知ったのはつい先日のことだったとか。
「ステラ、バカな従兄弟が君の時間を奪ってしまって申し訳ない。僕からもお詫びをさせてほしい」
「えっルクス様からですか?全然、本当に気にしないでください。私も、待ってばかりでイグニス様の事を知ろうとしなかったのも、悪かったのですから」
「ステラ…」
「いや、俺の家からはきちんとお詫びをさせてもらうよ。ケジメとしてもさ。ステラ嬢、今まで本当に悪かった。謝ってもあんたの時間は返ってこないけど、きちんと償わせてほしい」
イグニスはステラの横に座り手を掴み真っ直ぐと見つめる。
「イグニス様…」
「おい、イグニス、何ステラに触ってんだよ。ちゃっかりステラって呼ぶな」
ルクスはイグニスをステラから引き剥がし、ステラの隣に座り手を握る。
「え、る、ルクス様?」
「ステラ、僕はずっと君が好きだった。図書館でのあの時間は僕にとってはかけがえのない素晴らしい時間だったよ。君は僕の見た目なんて気にせず心で向かい合ってくれたね。君に婚約者が居ると知った時、どれほど落胆したものか。あの時ほど後悔したことはないよ。ちゃんと調べればすぐ解消できたのに…ゴホンっステラ。僕はステラを愛しています。結婚しよう」
「えっ」
思い人からの思わぬ告白により真っ赤になり固まってしまったステラ。
「わっわたくし…私もルクス様をお慕いしておりました。でもこの気持ちは決して持ってはいけないものだと…貴方と一緒に過ごした時間は私とってもかけがえのない時間でした。だから婚約破棄された時、私がルクス様をお慕いしてしまった…バチがあたったのかと…おもって……」
ステラは最後まで言い切れずに泣き出してしまった。そんなステラをルクスは優しく抱きしめる。
「あのーすいませーん、めっちゃ良いとこなんですけどアナタ女装したまんまなんでムード台無しですけどー」
その後ろでは父と執事が顔を真っ赤にして居た堪れない雰囲気になっていたのもお構いなしの様子のルクスであった。
もちろんステラは抱きしめられた腕の中で茹蛸の様になってたのは言うまでもないが。
**********
そして無事に卒業し、噂が収まる頃合いをみてステラとルクスは婚約し1年を待たずに結婚した。
因みにイグニスはあの後さっさと隣国へと行ってしまった。
「イグニス様、嬉しそうでしたね。そう言えば…どうしてあんな婚約破棄騒動起こしたのですか?私、あんな騒動にしなくても、ちゃんと婚約破棄受けましたよ?」
「実は……卒業パーティーの3日前にイグニスに相談されてさ。5年もほったらかしにした婚約者がいるんだけど今更普通に婚約破棄していいものか?って。今回イグニスに非があれども普通に婚約破棄したんじゃ相手の婚約者の子にその後良い縁談が来るとも限らない。なんせ未だに男性優位な考えの貴族は多いからね。だったら噂の早い貴族社会、明らかにイグニスが悪い様に仕立て上げようってことになったんだけど…」
ルクスはステラを抱きしめる。
「イグニスのバカ、前日まで婚約者の名前を僕に教えていなくて。聞いてびっくり!まさかのステラじゃないか!本当は僕の妹にお願いするはずだったんだけど、それこそイグニスが婚約破棄してその後ステラが僕と会ってたらステラが根も葉もない噂を立てられかねないから、妹の発案で僕があんな格好する羽目になったんだよ(遠い目)」
「ルクス様…」
「今考えればどんな噂が立とうとも構わなかったんだけどね。僕がステラを好きな事に変わりはないし。君のあんな泣きはらした顔見るくらいならさっさとあの場で抱きしめておけば良かったと思うよ」
ウンウンとルクスは頷く。
「ただやっぱり侯爵家となると、背負うものも、しがらみも、ね。なるべく結婚前からステラに気苦労はかけたく無かったのも事実で。ごめんね、ステラ」
ルクスはぎゅっと抱きしめると優しくキスをする。
「とんでもない、私はルクス様の傍にいられて本当に幸せですよ。私を見つけて下ってありがとうございます。愛していますわルクス様」
はにかみながらもニッコリと笑うステラにキスの嵐が舞ったのは言うまでもない。
「…はぁ〜ステラは本当に可愛いなぁ。本当にイグニスがバカで良かったよ。そうでなければ侯爵家の力を存分に使って手に入れるところだったよ」
(なんだか後半は耳を塞ぎたくなる様なセリフが聞こえてきたけど聞かなかった事にしよう。うん。笑)
ステラは婚約破棄したら幸せになった。まさか婚約破棄が幸せを運んできてくれるとは思わなかったが。いや、この場合、婚約破棄しないと幸せになれなかったかもしれないが…
今が幸せならなんでもいいか、と思うステラであった。
おわり
誤字脱字報告ありがとうございます。
拙い文章、ここまでお読み頂きありがとうございました。