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【Welcome to the ■■■ World.】  作者: 枯草空
9/9

2-4

 木々の隙間から差し込んでいた光……バグの影響では光と呼べるかはわからない……が少しずつ陰り、森が僅かに暗闇に包まれていく。ゲーム上では時間経過のフィールド変化はなかったものの、それはただ描写されていなかっただけのようだ。バグによって地面も森の中も空も明滅している為、ある意味夜でも移動しやすい環境と化しているのは利点だろうか。


 道中で最序盤の雑魚モンスターを倒せばレベルアップが出来るだろうか、と僅かに意気込んだがそれは殆ど無理だという事を改めて気付かされた。そう、終盤のモンスターを序盤のフィールドでもエンカウントするようにチートで弄って設定していたから。森林を悠々と闊歩する巨体のドラゴンやケルベロスを見かけて反射的に思い出し、確実に見つかったら一撃死だ、と道中も逃げに徹する事になってしまった。本来ならばこの森は最序盤のダンジョン、可愛らしいけど少しだけ凶暴な兎や雑魚モンスターの筆頭とも言えるスライムといった小動物系のモンスターがいる程度の場所である。今のこの世界のモンスター達に共生関係が存在するのかはわからないがそんな可愛らしいモンスター達はいたところでドラゴンやケルベロス達に淘汰されているに違いない。


 巨体で存在感の強いモンスター達から身を隠すように移動して数十分、やっとのことで身を休められそうな場所へと辿り着いた。この森の中間地点の辺りに存在する、廃れた教会だ。ゲームの道中では回復アイテムを取り、片隅にあるベッドで休憩をしてぽつりと置かれたセーブポイントでセーブをする程度の場所。言うなればモンスターの脅威にさらされない安全地帯だ。カイルさえ現れなければ、の話だが。


「ここで精霊の召喚をするのか?」

「はい。こちらでしたら人も訪れませんし、安全ですからね」


 壁はグラフィックがちらついているが、それでも教会という建物のせいか不思議と厳粛な空気を感じてしまう。確かにこの場所なら精霊の召喚と契約にはばっちりだろう。時間経過で夜となり、ざらざらとノイズを走らせる月光が壊れたステンドグラスの合間から差し込む聖堂だった場所の中央に立ち、祈るように両手を組んだ。セーブポイントは卓真を見守るように、そして万が一カイルやモンスターが現れても侵入してくるのを防ぐように唯一の入口に立っている。


 これから道中を少しでも長く生き抜くためには精霊を召喚しなければいけないが、正直な所召喚した精霊もNPC達の様にバグって壊れてしまうのではないかという危惧も卓真の内心には存在している。それでも、今はやらなければならない。


「……自然を司る無垢な命よ、我が歌に応えたまえ」


 ゲーム中、仲間キャラクターの一人が歌う前に言った言葉をそのまま口にし、記憶の限りで召喚の歌を口ずさむ。これが精霊召喚の手順に含まれているかは不明だが。壊れ果てた教会に響く歌声は、果たして精霊に届くのだろうか。頼む、応えてくれ、狂わないでくれ、自分自身に害為す存在にはならないでくれ、という気持ちを全身全霊に込めた祈りが歌い続けるうちに届いたのか、ぼう、と足元が輝きだした。


「!?」


 足元が輝くと同時に、何かが足を這う感触。反射的に下を見れば、黒い触手の様なものが巻き付いて上へ上へと這い上がって来るのが見えた。


「アリス、歌を止めてはいけません。そのまま続けてください、それに敵意はありません」


 僅かにぶれた歌声を諫めるようにセーブポイントの声が響く。どう見ても敵にしか見えないそれに動揺を隠せないが、今のこの世界においてセーブポイント以上のアドバイザーはいない。ここは大人しく歌い続けるのが正しいのだろうと旋律を歌い続ける。眼前にまで這い上がった触手の先端が、まるで視線を合わせるように向けられた。


 召喚の歌を歌い終わり、身体に巻き付いた黒い触手を睨む。ゲーム内でこんな精霊はいただろうか、と思考を巡らせかけた瞬間、ぽん、と音が鳴ると共に、黒い触手が手のひらに乗る大きさの少女の姿へと変わった。


「は?」

「   」


 言葉は聞き取れない。真っ黒な肌には表情を伺わせるような顔のパーツは無い。ふわりとした灰色のツインテールと黒いワンピースが目の前に現れた存在を少女だと表していた。


「アリス、精霊の召喚おめでとうございます」

「……いや、ゲームにこんな精霊は出てこなかった筈なんだが」

「それについてはワタシも同じですよ。今この世界だからこそ発生する仕様外も存在します。アリスという仕様外の存在だからこそ、仕様外の精霊を召喚できたのでしょう」


 そんな都合のいい事があるものか、と内心で思うが、召喚出来てしまった以上都合のいい事が起きる事もあるのだろう。少女姿の精霊は広げられた両手の上にちょこんと座り、卓真を見上げている。かつかつと歩み寄ったセーブポイントが確認するように精霊を覗き込み、なるほど、と頷いた。


「『変音精霊』ですね。バグの影響でステータスに異常は見受けられますが、きちんとアリスには従いますよ。名前は……リラ、だそうです」

「り、リラ?」


 勿論の事、ゲームの中では聞いたことのない名前。思わず反芻すれば、少女姿の精霊──リラは、反応するように頷いた。

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