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「っは、はぁ、っひ……」
ぱちりと目を覚ます。周囲を見回せばカイルの存在は無く、なんなら見覚えのない場所だった。木々に囲まれている辺り、恐らくは森林地帯のどこかなのだろう。二度目の死を経験して身体中に冷や汗が溢れ出る。ぐぶ、と吐きそうになるのを必死で抑える。そもそも吐くものなんてないのだ。ひゅう、ひゅうと息を吐きながら、ぐらつく頭を整頓する。
「う、っふ……ぇ”う……」
拳で、頭を潰された。思い出すだけで頭が痛くなるし、あの時に蹴られた腹部が痛く感じてしまう。念の為と見直してみたが、傷跡も痣も残っていない。数分程荒れた息を整えて、やっとのことで落ち着いたのかほっと息を吐く。
「……リスキルされなくてよかった…………」
生き返ってすぐにカイルに見つかり殺害されたらたまったものではない。永遠に蘇生と殺害のループを繰り返されたら確実に発狂するだろう。思わず安堵の一言を零した所でセーブポイントが木陰から現れ、膝をついて様子を伺ってくる。
「大丈夫そうですね。もう慣れましたか?」
「ンなわけあるかッ!!」
死が慣れる訳ないだろう、と思わず怒鳴りつける。普通なら慣れる筈がない、むしろ死は人生で一度きりの体験だから慣れるなんて事がおかしいのだ。開口一番でこの問いな辺り、セーブポイントの感覚が普通ではないことがわかってしまう。恐らく今頭に走った思考を説明したとしても、ピンとこないだろう。頭を振り、別の話題を引っ張り出した。
「……なぁ、なんでオレはここで生き返ったんだ?」
周辺は木々に囲まれ、ざぁざぁと風に揺られている。記憶の限りでは森林のあるエリアは限られている。ストーリー上一番最初に向かうダンジョン、アスディリス森林地帯。元々カイルから逃げる際に向かっていた場所でもある。序盤にしては迷ったら相当攻略に時間がかかる所だ、今いる場所の見当は一切つかない。問いかけに対しセーブポイントは軽く頭を傾けると、「あぁ、それでしたら」と答えを返す。
「最終セーブ地点であったあの場所が一時的とはいえ戦闘エリアになってしまったからでしょう。戦闘エリアではセーブも休息も出来ませんからね」
カイルが現れた際にセーブポイントが半透明になったのは、恐らくその戦闘エリアというのが関係しているのだろう。戦闘中に迂闊に触れてセーブしてしまった、という事故を避けるためなのだろうが、現状でそれがメリットなのかデメリットなのかはわからない。
「……カイルはどうなった?」
「アリスがあの時死んだことを確認し、その場を去りました。今この場所で生き返っている事を彼は知りません」
「……じゃあまた、オレを見かけたら?」
「何度でも蘇るというならば何度でも殺害しに来るでしょうね。彼はアリスを殺害することでレリアを救えると思っていますから」
「カイルがオレを殺しに来なくなる条件ってあんのか?」
「アリスがこの世界のチートとバグを全て取り去ったら、でしょうね」
「オレがこの世界にいるうちは無理って事かよ……」
完全に詰みだ。元の世界に帰る……このゲームの世界から脱出するまでカイルは卓真を見かける度に殺意を向けてくるだろう。今の卓真にとって主人公とはダンジョン系のゲームで同じフロアに留まり続けると出てくる死神に相違ない。きっとこの場所に居続ければ再びカイルはやってくるのだろう、と思ってしまう。
「……オレはどうすればいい? オレは主人公じゃねぇけど、カイルはもう主人公としてストーリーを踏まねぇって言ってたよな。でもストーリーを進めねぇとラスダンにはいけない……安全な所で隠れるなんて事も出来ないっていうのはさっきの事でわかった。オレがやるべきことはなんだ?」
一気に問いかけ、卓真はセーブポイントを睨みつける。睨みつけた所でセーブポイントが怯むわけはないが、睨む以外に今卓真が出来る表情の選択肢はなかった。
「この世界はゲームです。条件……フラグさえ立ててしまえば滞りなく物語は進行します。フラグを立てたのが主人公ではなくとも。必要最低限の戦闘は避けられませんが、アリスがフラグを立てれば主人公が不在でもイベントは進行するでしょう。それ故にアリスがやるべきことは、物語のメインイベントの発生条件を淡々と回収していくこととなります」
「NPCども全員に殺意向けられてるオレが出来るのかよ」
「上手い事姿を変えましょう。多少は誤魔化されてくれますよ」
それは誤魔化せなければ確実にNPCは大聖堂の時の様に壊れ、フラグを立てるどころではなくなってしまうんじゃないのか、と思ったが口を噤んだ。そうなってしまったらその時に考えよう、と痛くなってきた頭を振る。
「必要最低限の戦闘って、つまりボス戦だよな?」
「はい。ダンジョンにおけるボスバトルや強制戦闘はどうしても避けられません。ボスを倒すことでフラグが立ちますから」
正直な所戦闘は避けたかったが仕方ない事だと受け入れる一方で、僅かに安心もしていた。今回のゲーム周回ではモンスターのステータスは弄っていない。弄ったのは雑魚モンスターのエンカウント場所程度だ、ある程度の対策をすれば難なくクリア出来るだろう。ストーリーのフラグ立ての道中で武器の購入も必要か、と考えていればセーブポイントが言葉を続ける。
「どうしても戦闘はありますし、不意のエンカウントも今後は多々あるでしょう。ワタシとしてはまずは精霊と契約することをお勧めします」
「……出来るのか?」
「ええ、出来ますよ。たとえアリスがこの世界の異分子だったとしても。それにアリスは歌が上手です、きっと喜んで応えて貰えますよ」
精霊と契約できる、という喜びの前に妙に確信めいた発言をするセーブポイントに眉を顰める。何故歌が上手だと言われたのか。確かにこの世界に来て王都に向かう際、鼻歌は歌っていた。周囲に精霊が寄って来たから契約は出来るかもしれない。そこまで大声で歌っていたつもりは無いが、大樹の下にいたセーブポイントには聞こえていたというのだろうか。
「オレ、お前に歌を聴かせた覚えはねぇけど。なんでンな確信持って歌が上手いって言えるんだ?」
「響いていましたから」
何が、と思わず首を傾げる。あの時の鼻歌がか、と問いかけようとしたが先に言葉が続けられた。
「あの時も、先程も。アリスの悲鳴と断末魔がとても大きく王都中に、いえ、もしかしたら島中かもしれません。響き渡っていました」
「……は」
「大変美しい断末魔でした。ワタシはそれを聴いてアリスは歌が上手いのだと、確信しましたよ」
「どういう神経してんだよ!!」
「?」
「……ゲームの中の住民にフツーを求める方がバカって事か……」
断末魔と歌声は別物だと説明したところできっとこいつにはわからないのだろう、と卓真は頭を抱える。よくよく考えれば二度目で死に慣れたかを問いかけて来たのだ、そういう考え方がある訳が無いのだ。これ以上何を言い返したところで無駄だ、と口ごもった結果、精霊の召喚と契約はどこで出来るのかと問うのが精一杯だった。