第二話「物語と精霊」2-1
がらがらと音を立てて崩れ落ちた王城と、天を突く黒い光。そこを中心としてぶわり、黒い翼の生えたモンスター達が島中へと飛び去っていく。この光景は何度も見て来たモノだ。ゲームを最初から始める度に見られるムービーだ。
「物語は無事に始まりましたね」
それをさも自然に流して、頭部が水色のクリスタルになっている存在──セーブポイントは言葉を風に乗せる。地面も空も全てのオブジェクトにノイズがかかった世界を、見慣れたものかのように見渡して。
「……どこも、無事じゃないだろ」
「いいえ、物語の始まり方は無事ですよ。無事に王都は陥落し、レシュリティア島はモンスターが溢れて混沌に包まれる。キーキャラクターでもある歌姫レリアが壊れ、アリスという外的因子も混ざっていましたが無事に序章は完成しました。あの時点で物語の始まりすら危惧されましたから。起因があの場にいた人間では無いことが功を奏しましたね」
あくまでセーブポイントはストーリーとしての進行の無事を告げる。確かにそうだ、ストーリーが無事に始まったのは地底に封印されていたモンスターが復活した、というあの場にいたレリアやNPC達が関わらない場所での出来事が原因だからだ。セーブポイントというイレギュラーな存在ゆえに筋書きも分かっているようで、尚更ぞわりと悪寒が走る。
「ストーリーも全部知ってんのか?」
「ええ。ワタシはセーブポイント。この世界に住まう方々と違い、プレイヤーの為に存在するシステムです。デフォルトで存在している物語やシステムは把握しています」
「じゃあオレの名前とかはなんで知ってんだ? このゲームに関係のねぇ事だろ?」
「貴方の設定……生い立ちからプロフィールの全てがステータスとして反映されています。ワタシはシステムとして、アリスのステータスを見たまでですよ」
ステータス、メニュー画面。ゲーム中ならば好きなタイミングで見れるそれの存在を思い出す。本名や愛称までわかるというのはゲーム上のステータスといえど細かすぎる気がするが。
「ステータス画面は出せるのか?」
「出せますよ。ですが、アリスには見えないと思います。ワタシはシステムですが、アリスは違いますからね」
見れたら自身の状況をある程度把握できたかもしれないのに、と奥歯を噛む。だが生身でこの世界にいるのだと考えると数値化されている体力など関係ないのかもしれない。体力の減りが数字で見て微量なモノだとしても結局ダメージを受けたら痛いのは確実だ。大ダメージなど受けようものならステータスを見るどころではないだろう。
「……はぁ」
(思っていたのと違った)
卓真からした異世界転移の感想はこれに尽きてしまう。それはそうだ、流行っている小説や漫画の様に都合よくもてはやされる立ち位置になれたり最強の能力を得られる訳が無い。ゲームの中だから、と言えばそこまでだが、こんな展開は完全に予想外だ。もしも通常プレイの状態だったら思っていた通りになっていたのかもしれない、こんな状況になるんだったら一度くらいはチートもバグも使わずにクリアする原点回帰でもしておくべきだった、などと思ったところでもう後の祭りだ。
幼少期から憧れていた世界だったがこんな風になってしまった以上、今の卓真の目標は一つだ。どうすれば元の世界へと帰れるのか。求めている答えが返って来る確証はないが、手掛かりは得られるかもしれない、とセーブポイントに問う。
「どうやったら元の世界に帰れるんだ?」
「帰りたいのですか? では、よく思い出してください。貴方は覚えているでしょう?正しい物語を」
「は?」
「『Story of Lost Song』をこよなく愛し、何度も周回してきた貴方なら、どのアイテムが、もしくはどの場所が、アリスを元の世界に帰してくれるのかわかるはずです」
そう言われ、頭を思考に傾ける。あらゆる雑念を振り払い、このゲームの事だけを思い出す。元の世界に帰れる場所、なんて都合よくある訳が無い。移動手段としてのワープゲートは存在しているが、それが別世界に繋がっている、なんてシナリオは存在していない。ならばアイテムか。元の世界に帰れる……というのは主人公が異世界からやって来た存在であれば存在するが、このゲームの主人公はこの島生まれだ、違う。別世界に繋がっているアイテムが果たして存在しただろうか?記憶の限りでアイテム名を思い出す。アイテムコンプリートなんて隠し要素すらきちんと果たしたのだから、取りこぼしなどある訳が無い。別の世界に繋がるというのなら、きっと消耗品でも装備品でもなく、重要な一品もの──
「……っ、『精霊の鏡』か!」
「正解です、よく覚えていましたね」
『精霊の鏡』……ラストダンジョンの宝箱に入っている、重要アイテム。精霊の鏡を使用することで精霊の力を介して別の世界──ゲーム上ではストーリークリア後に登場する隠しダンジョンに行くことが出来る、というアイテム。あくまで説明上は『別の世界に繋がる鏡』とされていたから、繋がる先は隠しダンジョンだけではない筈だ、と思考が働いた。セーブポイントが肯定した辺り、恐らくこれなのだろう。僅かな思考の末に帰る手段が見つかり、意気揚々と立ち上がる。
「ラスダンの宝箱に入ってるアレを取れば、元の世界に帰れる……はずだ。取りにいくぞ!」
「構いませんが、どうやってここから終盤のステージへ?」
「は? いや簡単だろ、チートツールでちょちょいっと……」
「今この世界にいるアリスが、チートツールを使う事は出来ますか?」
「……あ」
そうだ、と揚々としていた気分が冷めていく。チートツールさえあれば序盤からラストダンジョンに突入出来ただろう。だが、今ここはゲームの中であり、手元にチートツールは存在しない。存在していたらあんな死に方はしなかっただろう。
「終盤のステージに行くには物語をいちから進めないといけませんね」
「ッ、なんで、あんなことされといてオレが……」
ストーリーを進めなければいけないんだ、と悪態が漏れる。レリアはメインヒロインだ、ストーリーの道中で彼女を助けて仲間にするイベントがあるが、あんな風になった彼女が仲間になるだろうかと思う部分と、殺そうとしてきた相手を助けたくなんてないという気持ちが交錯する。
「そうですね、アリスがレリアを助ける必要はありません」
思わず出た悪態に答えるようにセーブポイントは答えるが、だが助ける必要がない、という返事には疑問が残る。レリアを助けるイベントはサブイベントではなくメインイベントだからだ。ストーリーを進めるならどうあがいてもレリアを助けなければいけなくなる。何故、と問いかけようと口を開きかけた瞬間、セーブポイントが続けるように言葉を紡いだ。
「アリスは『主人公』ではありませんから」