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【Welcome to the ■■■ World.】  作者: 枯草空
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1-3

 港と市場を抜けて、城下町を抜けて王城へ。解放された王城は老若男女様々な人が行き来しており、本当に祭の中の喧騒。それに精霊達まで加わっているものだから視界への暴力が中々に凄まじい。


「今日は精霊たちが騒がしいな……」


 そんな声がNPCから聞こえてくる。実際、精霊たちが騒がしいのは祭りの喧騒に当てられているからではなく、地底に封印されていたモンスター達が復活し地上に近付いているのを感じてパニック状態になっているのだ。契約者のいない精霊やレベルの高い精霊以外は人間と会話をする事は不可能な上、長らくモンスターもおらず戦争も無く平和だったものだから契約した精霊を高レベルまで育成する者もあまりいない為、この非常事態に気付く民間人はいなかったのだ。


 かつての昔ならば『歌姫』という象徴であり精霊と意思を交わすことが出来る唯一の存在がいたのだが、今の時代には存在しない。一年に一回の祭典内では選ばれた者を『歌姫』としてかつてを模倣した疑似的な儀式を行っているのだが、それが大した力になる訳も無く。『歌姫』の行っていた儀式が地底のモンスターの封印をかけ直し強固にするという情報が時代と共に薄れた影響なのだろう。


 そうだ、主人公の幼馴染はこの年の祭典において『歌姫』に選ばれたのだった、と思い出す。レシュリティア王城の大聖堂で会話を交わした所で物語は始まる。『主人公』としてそろそろゲームを始めるか、と人混みをかき分けて王城の内部へと進んだ。


「あ"ぁ……チートで人消してぇ……」


 雑踏の騒がしさに嘆息。ゲーム内なら多少のNPCを避けていけばいいだけなのだが実際はこんなに多かったのか、などと。祭典だからこれだけ人がいるのは仕方が無いと割り切って進むしかない。


「っと、ここか」


 人混みを掻き分けて辿り着いたのは王城内の大聖堂。きらびやかなステンドグラスに飾られた巨大な円型の室内。丁度昼時だ、真上に差し込む太陽がステンドグラスを通して床をきらきらとカラフルに照らし出している。


 精霊が飛び交うその空間の中心では今回の儀式を行うための簡易的な洗礼が行われていた。祭壇の前に佇む一人の少女は白を基調としたドレスに身を包み、頭上には様々な属性の精霊たちをイメージした宝石があしらわれたティアラをつけている。美しい金色の長い髪を揺らし、少し緊張した表情を浮かべる彼女が主人公の幼馴染であり、今年選ばれた『歌姫』だ。幼馴染──レリアは契約精霊である雷属性の鳥を肩に乗せ、集まった民衆たちを見渡す。


「──どうかこの島に、久遠の精霊の祝福と繁栄を祈って……」


 厳かな空気の中で一声が響けば、ざわついていた筈の大聖堂内は水を打ったように静まり返った。祈りを捧げるように手を握りしめたレリアはゆっくりと口を開く。


「──……♪」


 紡がれる澄んだ歌声。ゲーム内ではただ綺麗な音楽が流れていただけだが、実際に耳にするとこんなにも綺麗なのか、と心の中で感嘆の声。響き渡る歌声に、耳も心も傾けようとして。


「……ッ!?」


 ぞくりと何かが背中を駆け抜け、眉根を寄せた。綺麗な歌声だ、何の違和感もない筈なのに、意識を持っていかれそうな異様なモノを感じて反射的に口元を押さえた。ただ綺麗な歌声の筈だ、なのにこの歌を聞いていると思考が混濁してくる、心臓の鼓動が早くなる、ぐるりと視界が回り始める。貧血とか立ち眩みとか、そんな生半可なものではない。


 歌声が止むと同時にそれらの異常が僅かに収まり、ふらついた身体を何とか持ち直す。拍手と歓声に包まれる中、レリアがこちらに視線を向けた。にこりと微笑む彼女に申し訳なくなり、思わず目を逸らしてしまう。


「っ……っは、ぁ」


 頭が重い、内臓がもやもやする。吐いてしまいそうな不快感に包まれ、ぎ、と歯を噛み締めた。聴くだけならば素晴らしい歌声だったのに。周囲の人物が誰も影響を受けていないのはただのNPCだからだろうか。否、主人公がこんな影響を受けたなんてゲーム内では言われていない。此処にいる人物たちと自身の一番の違いはなんだ、と思考に頭を傾けかけた瞬間。


「……見つけた」


 手をがしりと掴まれる。ぐい、と引っ張られれば群衆を抜け出し、衆目に晒される存在となる。


「……は?」


 引っ張ったのはレリアだ。先程と同じにこりと笑ったままの彼女に妙に違和感を感じる。「貴方を探していたの」と続けざまに言われ、頭の中に疑問符が踊る。そんな台詞はゲームのストーリーの中に無かった。何かがおかしい、ストーリーが違う──頭の中に警鐘が鳴る。思わず腕を振り払えば、目の前にいたレリアの顔が歪んだ。


 表情が、ではなく顔そのものがだ。綺麗な金髪にざらざらとしたノイズが走る。美しい紫の眼がチカチカと別の色に点滅する。その眼もどろりと黒く溶け、口からも黒い液体を吐き出し始める。傷一つなかった肌にもノイズが走り、一部がちかちかと点滅したり、四角い光が彼女の周りにちらちらと現れたり、消えたり。


 異様な光景に思わず後退るが、すぐ後ろに立っていたNPCとぶつかる。反射的に振り返れば、集まっていた民衆たちも彼女と同様の現象が発生していた。


「あなたがあなたあなあななああああアァアアアアあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!」


 ノイズが走るようにぶれながら、聞き取れない声で叫ぶレリア。必死に耳を塞ぐ中、異様な姿となったレリアの顔に見覚えがある事に気付く。チートとバグで無理やりおかしくしたグラフィックのレリアは、こんな姿だったような。


「あナたが わたシたチを コうしたノよ」

「──ッ」


 かたん、と傾いた首から発された声は抑揚のない、まるでシステムメッセージ。だがそれはレリアの口から放たれた台詞だ。本編には存在しない台詞だ。何故チートやバグを行ったことを知っているのか、と聞きたいところだが、明らかに話が通じるような姿ではない。


「っぐぁ!?」


 ざす、と何の前兆もなく腕が切りつけられる。レリアがかたかたと姿を揺らがせながら引っ掻いてきたのだ。それを皮切りに、大聖堂そのものも彼女たちと同じように見た目に異常が現れ始めた。テクスチャが剥がれて白黒と点滅する壁。ノイズが走り、ステンドグラスは文字化けの羅列と化した。綺麗だった風景が変わったことに気を取られていればレリアから次の攻撃が襲い掛かる。ざぐ、と脇腹を切り裂かれればどぷりと血が溢れ出て。狭い空間、NPC達もレリアに続くように攻撃を仕掛け、少しずつすこしずつ命が削られていく感触がする。


 精霊を召喚できればこの状況をひっくり返せただろうが、精霊を召喚することは出来なかった。そうだ、強制戦闘イベントが始まるまでは主人公は精霊を呼び出すことは出来なかった。臨機応変に対応してくれと言いたいところだが古いゲームなんてそんなものだ。せめてチートで最初から精霊を呼び出せるようにしておけば、と過去の自身を恨むものの、オープニングなんて数分もかからないものだから意に介したことも無かった。

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