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第八十八話 弥太郎の大槌行き 参

大槌城 弥太郎


「皆、この弥太郎殿は若様の指導の元、色々農具や水車を作っておるものだ。此度は若様の使いとして来た」


「弥太郎と申します」


 軽く挨拶をする。まだこちらに卸せるほど農具は量産できていないから、恩恵が少なく俺のしていることにあまり理解は得られていないようだ。水車もまだ遠野盆地に行き渡っておらず順次制作している状況だからしかたがない。こっちはこっちで船用の板を量産せねばならんし。水力鋸くらいなら今の野たたらでもなんとかなるだろう。


「弥太郎殿はこう見えて明や上方の進んだ職工に詳しくてな。船についてもなんらの助言がもらえるだろう」


 孫八郎さん、ちょっと無茶振りしないでください。おれは海には詳しくないんだ。


「海のことは詳しくありませぬが、色々と見せていただければと存じます。その前に少しこの者に海を遠くまで見せてやりたいのですが、どこか良いところはありますでしょうか?」


 それならばここから近い筋山というところだと外海まで見渡せるそうで、明日まず筋山まで案内してもらえることになった。ということで宴会だ。事あるごとに宴会というのは田舎あるあるだ。なぜならそれしか楽しみがないからだ!


「だ、旦那様、私が同席してよいのでしょうか?」


「孫八郎様が良いと言っておられるのだ、堂々として居れ」


 穀物の少ない地域なのだがなぜか酒が出てくる。熟成があまいのか種麹が悪いのか工程に問題があるのか雑味が強く、お世辞にも旨いとは言えない。断るわけにもいかないが。


「随分立派な魚ですな」


 立派なヒラメの姿造りが美味しい。


「そうだろう?俺がつってきたんだ」


 そういうおっさんは近作きんさくというらしい。


「近作さんは釣りがうまいのか」


「おうよ!釣りで俺に叶うものはこの大槌にはいねえぜ。ところでお前さんが持ってきたこの醤油ってのうめぇな」


 ヒラメにたっぷり醤油をつけて、というよりも醤油にひたしてヒラメを喰っている。どうせ短命な時代だから多少の塩分過多はどうでもいいか。


「いっぱいあるからな、しっかり喰ってけよ!そこの嬢ちゃんもな!」


 がははと言いながら酒をあおる。漁師らしいがさつさはあるが人はいいようだ。


「ホホホ、少しよろしいでしょうか」


 孫八郎の母親がずいっとそばに寄ってこられる。


「は、はい。なんなりと」


「ほほほ、そんなに固くなさらないで。そなたの隣の童女の着物が気になりましてな」


 うむ。今日はエプロンはしていないが大正時代の女学生かっていう女袴だ。もちろん俺の趣味だ。


「このような着物もあるのですね。うちぎとはまた違うわね。それと、そなたらの履いていた沓も変わった形でしたね」


「これはコヤツに着せるためにこしらえたものでございます。沓はブーツと言います」


「動きやすそうな袿ですね。まるで殿方の袴のよう。そしてそれが武撃突と言う沓ですか」


 たしかに袴だな。なら女袴とでも言っておけばよいか。


「でしたらこれは女袴とでも称しておきましょうか」


「女袴、いいわね。私も欲しいわ。若様にお願いできないかしら?」


「あ、あの、これは弥太郎様が拵えてくださった物ですので」


 なんだとという顔で母君が俺の顔をじっとみる。すさまじい圧だ。


「た、反物が得られましたら…ん?」


 この時代織物は高級品、というか自動織機で大量生産出来るようになるまでは高級品なのだったな。なら織機を上手いことすれば衣服が安くなるのでは。帆を作るのにも利用できる。


「あのー弥太郎さん?もしもし?」


「ああ、奥方様こうなっては弥太郎様はしばらく反応ありません」


「あらぁ…早く戻ってきて欲しいわね」


 まずこの時代の機織り機を…いやまて麻糸にするか亜麻糸にするか麻糸は大麻草から作られるので既にある。亜麻糸は中国から亜麻の実を手に入れるところからか。帰ったら若様に相談せねば。とりあえずメモしておこう。懐から手帳を取り出しアイデアを記載していく。


「あらその小さな帳簿はなんですの?」


「これはメモ帳という物で、ちょっとしたことを書き留めるためのものです」


「便利ね…」


メモ帳もいずれ量産したいな。


「弥太郎殿、仕事熱心ですな」


「これは孫八郎様、後ほど機織り機を見せて頂きたいのですが」


「かまわんが、そんなものは遠野にもあるだろう?それより折角の料理が不味くなる。さっさと喰え」


 そういえばそうだった。すっかり忘れていた。織機は帰ったらでいいか。あ、この炙った鮑うま。前世だったらこんなごちそうそうそう食えなかったろうな。之ばかりはこの時代に転生したことを感謝せねば。

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