第九十九話 領土拡張政策の検討
横田城 阿曽沼孫四郎
工業に続いて農政だ。いずれ農政は分離させる予定だが今はまだ工部局に含めている。俺が主導しているのも多分にあるが。
「清之、田の整備はどうなっておる?」
「はは。松崎から始めてはおりますが、何分にも水が越しやすい地でございますのでなかなか進んでおりませぬ」
そうなんだよな。猿ヶ石川は結構氾濫するのでなかなか乾田化が進まないのよな。
「うーむ。稲病を防ぐためには夏に田を乾かしたほうがいいそうだが、水が越すようではな」
「若様、堤を拵えてはいかがでしょう?」
「それは俺も考えたが、今は新しい城のために人も物も出払っているからな、新しい城が出来るまでは動けないな。工部大輔、コンクリート作れんか?」
弥太郎がやれやれという風に嘆息する。
「若様、出来ない事を分かりながら仰るのは宜しくないかと」
「若様こんくりいととは何でございましょう?」
「うむ、かつて大秦国なる国が西の果てに有ったのだが、そこで使われていたものでな、固まると岩になる。その大秦国ではその人造の岩で以って城や家や道を作ったそうだ。」
「ほぉ、其れはまた便利な代物なのですな。しかし作り方が分からぬのですか。」
「大まかな作り方ならば、焼いた石灰に砂利や火山灰と水を入れて捏ねれば良いと聞く」
混凝土と書いてみせる。混ぜて凝り固まった土、そのままだな。
「なるほど、石灰や火山灰を混ぜて固めたものですか。しかし城を作るほどの量となると手配が難しいですな」
「そうなのだ。一番近いところだと世田米、あるいは盛にあるとお告げがあったのだが」
清之の目が光る。
「ではそろそろ始まる千葉共との戦で世田米や盛辺りを切り取り出来るよう準備せねばなりませんな」
「清之無理はするなよ?お前に死なれては困るのだ」
「はは。お心遣い痛み入りますが、某は若様の爺でございますので某が次の戦に出ることは無いでしょう」
そういえばそうか。俺の教育係だものな。俺が元服するまでは戦には出ないか。
「とはいえ清之、貴様に死なれては困るし雪も悲しむ」
「いえ、私も武家の娘でございます。父上が戦場に散るというのも覚悟しております」
目線を雪にやるとツンと澄まして応える。あれ?雪さん覚悟完了か。俺の見立てが甘かったかな?それならそれでいいか。
「話を戻すぞ。石灰はなにも城造りだけに有能なのではない。田畑に入れれば実りを良くすることができると明の書物に書かれておった」
「ほほうならばより一層世田米を獲らねばなりませぬな」
石灰で土壌の消毒とカルシウムやマグネシウムの補充になるんだっけ?
「次にだが、我らの育てている稲は比較的寒さに強いお陰なのと、箱型の苗代のおかげで苗の出来が他領より良いからこそであるが、これはここ数年山背が吹いていないというのも大きい。もちろん次にいつ山背が吹くか分かったものではない」
「より寒さに強い稲を作れと言うことですな」
「そうだ」
品種改良は地味に時間がかかるし、俺が直接手を入れずともよいし清之にやってもらい、行く行くは農政の長に据えよう。
芥子畑と堆肥小屋は機密なので俺の直轄だがな。
「最後になったが、左近……いや保安頭、周辺諸家の情報と鉱山の調査報告を」
「はは。では周辺の領主の情報ですが」
まず北から。蠣崎は三戸南部が居なくなったことにより押さえが無くなった八戸南部の伸張を警戒しているという。三戸南部の庶流である九戸は久慈や一戸などと組んでぽっかり空いた岩手郡(現在の盛岡市周辺)を獲得すべく兵を集めているという。対して斯波詮高率いる高水寺斯波氏もまた岩手郡へ侵攻すべく兵の準備をしていると。お隣の閉伊郡田鎖党はこちらも重石が無くなったのと、元々ここと同じかそれ以上に食糧難な土地であるため山賊のようになっているという。この遠野に目を向けるのも時間の問題だろうと。稗貫は家中のまとまりを欠いており、三戸南部が居なくなったことにより高水寺の影響力が増すと考え高水寺に与しようとする者、大崎の家臣のままで居ようとする者、さらには当主が伊達の出身であることから伊達に組みすべしという派閥に別れ、血こそ流れていないが時間の問題という。和賀氏は江刺氏、柏山氏、稗貫氏との度重なるこれまでの戦で疲弊しており今回の騒動で兵を出すほどの回復もしていないという。というか稗貫と和賀が乱れているのでそちらから流れてくる民が後を絶たない。
出羽に目を向けると辛うじて南部と安東の隙間を生きていた浅利氏は遂に安東氏に滅ぼされたという。その安東氏は檜山家と湊家に分裂しこちらも相争う情勢となっているが檜山家が鹿角を目指し食指を動かしているようで、平賀郡(浪岡市周辺)の大光寺氏と衝突間近となっているようだ。
「なかなかどうして乱れてきたな」
「殿はどこを切り取るか考えあぐねておられるようですが」
「ふむ、米を得るなら和賀、稗貫だがやっぱりまだ難しいな。大崎が邪魔だし高水寺もだ。我らが動くならまず千葉らを平らげた後にでも田鎖らを墜とすべきだろう。田鎖党に調略をかける事については父上に相談しておく。内応に応じそうな奴らの洗い出しを頼む」
「御意に」
「で、鉱山の調べはどうなっている?」
「は、どうやら鉄が多そうな場所は見つけましてございます」
「どこだ?」
「まずは佐比内の奥、大峰山にございます」
「上郷の奥か。他には?」
「仙人峠を越えたところ、甲子村の山にございます」
旧釜石鉱山事務所があるあたりだな。
「鉄は見つかった。次は鉄を作る高炉だな。すぐにはできぬだろうが、焦る必要は無い。しかし今年もやることは多いぞ。みな、よろしく頼む」