とある悪役令嬢の末路
とある夜会の個室に、三人の男女がいた。
一人は私。もう一人は私の親友。そして、最後は親友の婚約者。
いや、婚約者には、「だった」がつく。
そして、彼は今日から私の婚約者になるのだ。
「そういうことなのよ。ごめんなさいね」
「君には悪いことをしたと思っている。でも僕はこの気持ちを止められないんだ……!」
男の厚い胸板にしなだれかかるようにしながら、到底謝っているとはいえない謝罪の言葉を繰り出す。一方の男は私の肩を強く抱き寄せながら、うっとりとした眼差しを私に向けた。
親友はといえば、最初は呆然としていたものの徐々にその瞳が潤み始めた。
「家の方はどうするのですか……? 私たちの結婚は、ずっと前から決められていたことで……」
「それは僕の方から説明しておくよ。今どき、親の決めた結婚なんて古くさいと思わないか? 僕は愛する女性と結ばれたい。君だってそう思うだろう?」
「そう、ですか、」
彼女と男は、生まれた時から結婚することが決められていて、彼女は幼い頃から男のことを慕っていた。それはお茶会でも頻繁に惚気として聞かされていたからよく知っている。その婚約者が親友だったはずの女に取られて、その心中はいかばかりか。
「わかりました。……どうか……幸せになってください」
果たして、つっかえながらも彼女は幸せを願う言葉を告げ、それでもそれが限界だったのだろう、「失礼します」とよろよろと部屋を出ていってしまった。顔色は今にも吐き出しそうなほどに真っ青だった。
――駆け寄りたいのを我慢する。その権利はもう、私にはない。
「さあ、これで二人きりだよ」
「そうね」
二人きりになった途端、私は肩に添えられた男の手をそっと外し、窓辺へと歩いていった。
「どうしたんだい?」
「ちょっと、気分が悪くて」
「彼女と君は仲が良かったからね。無理もないよ。でも君のことは僕が守るから何も心配しなくていい」
そっと背後に近寄ってきて今度は腰に手を回してくる。随分と明け透けな仕草だ。
――この軽薄な男。
私は、彼の言葉が嘘であることを知っている。
彼の婚約者――いや、元婚約者か――は恋に目が曇っていて全く気付く様子もなかったが、この男の評判は一部では最悪だった。婚約者であった彼女の知らないところで何人もの女に声をかけ、結婚を匂わせては女を騙し、泣かせてきた。それとなく婚約者であった彼女にそれを伝えようとしたこともあったが、お人好しな彼女は全て良いように受け取ってしまうのだ。
……だからこそ、友人も作れずに夜会で一人ぽつねんとしていた私にも声をかけてくれたのだろう。
男の溜め込んだ金になど興味はない。
彼女の幸せは、こんな金と見てくれだけの下衆な男の元にはない。彼女は酷く傷ついただろうが、彼女を幸せにしてくれる男は、もっと別にいる。どうか傷付いて、涙して、それでこの男のことを心残りもないほどに嫌いになってくれればいい。
彼女を幸せにしてくれる男には何人も心当たりがある。きっと彼女が婚約破棄されたと知ればすぐに動くであろう男たちが。
(どうか幸せになって。――たった一人の、私の親友)
きっと彼女は、もう私のことをそう呼んでくれはしないのだろうけど。