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おわり

 

 リリは涼しい顔をしながら混乱していた。


 確かに、よく顔も見なかった!

 声も、ほとんど聞いていない!

 実は名前もうろ覚えで、町に来てから「エーデルト」国王と知ったくらい!

 え、どこにも「ラウ」要素ないよね!?

 偽名? 偽名か! でも国王ってそんなにひょいひょい一人で町に来て酒場で飲んでるもんなの?


 そんなことよりも。


 リリは息を呑んだ。

 もっとヤバイことに気が付いたのである。


 酒の力によって口の軽くなったリリは、ラウに色々話をしていた。

 クソ野郎その一(前世の元夫)とクソ野郎その二(現在の夫→目の前)について、それはもう根掘り葉掘り詳しく、愚痴っていた。


 リリは、酒を呑むとウザ絡みするタイプなのである。


 クソ野郎その一については「ドーラの話なんだけどぉ」と、それはもう詳しく話した自覚があった。


 同級生と結婚、年子で生まれた三人息子、育児に追われた日々、元夫とは男と女から父と母になってしまい、元夫は職場の若い子と浮気して妊娠させ、離婚となったこと。

 夫婦として破綻してしまったのはお互い様かもしれないけれど、一人で子どもを作ったワケでもないのに、それを「育児に疲れたおばさん」だと嘲笑されたこと。


 一番許せなかったのは、浮気相手に子どもたちを会わせていたこと。

 思春期に入った中学生三人は、コロッと綺麗なお姉さんに(なび)いた。

 母親との距離が開く時期だったのも災いしたのかもしれない。

 実際、長男とは罵り合いになることも多く、次男とは冷戦、三男はそんな上二人の様子を見ながら態度を決めかねていた感じだった。

 親子関係に嫌気がさしたのだろうか。子どもたちは、父親の浮気相手を受け入れてしまった。


 これは、本当に(こた)えた。


 親権は夫が三人とも持つと言い張った。三人分の養育費を払い続けると、新しい家庭が経済的に困るそうだ。

 面会は定期的ではなく、子が望んだ時のみ。


 悪いのは夫なのに、なぜこのような仕打ちを受けなければならないのか。

 怒りとも悲しみとも憎しみともつかない感情の中、親権と財産分与と慰謝料に折り合いがつかずに離婚に応じていなかったが、ある日、戻っていた実家で倒れ、救急車で病院に運ばれた。


 そして告げられた余命。


 このまま死んだら、生命保険は夫のものとなる。そのお金で、浮気相手とその子どもを育てるのか。


 そう思ったら、もう拘ることなく離婚に応じていた。


 子どもたちは、父親についていくことを望んだ。

 手を離すことが子どもたちのためになるのなら。

 あの子たちの人生にとって、自分の気持ちなど必要のないことだと言い聞かせて、身が切られそうな心の痛みに耐え、別れた。


 そのまま弁護士さんと遺言書を作った。

 離婚によって小銭持ちになっていた私の全ての財産は、両親へ。もちろん、生命保険の受取人も変更しておく。


 自分で選んだ伴侶に裏切られ、愛しい子どもたちを置いて戻ってきた娘は、親より先に逝く。


 とんでもない親不孝者だな、と乾いた笑いしか出なかった。


 こんなになっても、子どもたちがただ可愛くて仕方なかった。

 自分も両親にとってはたった一人の子であることを思うと、二人の気持ちを思って泣いた。


 せめてお金に苦労しないよう、遺産は老後資金にして欲しい。

 弁護士からは、子どもには相続人としての権利があるので、請求されたら一定の額を払わなければならないと言われたけれど、両親からは「そうなったら粛々と手続きをするから。どの道、我々が死んだら遺産は三人に行くのだから、精々長生きするよ。もう気にするな」と言われた。


 今、未成年の子どもたちに遺産が行くと、元夫の管理下になる。

 それは嫌だ。でも子どもたちの将来のためにお金は残したい。両親にそんな気持ちはお見通しだったようで、気が楽になった。


 そもそも、両親が三人の息子のためにコツコツと孫預金をしてくれていることを知っている身としては、いくら母親から離れていったからといって、愛しい子どもたちのために有り難いと頭が下がった。


 両親と共に過ごした人生の終わりは、子どもたちがいなくて寂しかったけれど、穏やかで優しい時間だった。


 そして、今の人生。


 一番の問題は、クソ野郎その二(目の前)について、自分の話としてラウに喋ってしまったことだった。

 幸いにも、クソ野郎その一程そう詳しくは話していない、はず……であるとリリは信じたかった。


 父に言われて結婚したが、夫は婚姻誓約書にサインしただけで、自分を別邸に閉じ込めたこと。そこにはメイドや料理人もおらず、食事も出てこないこと。仕方なく別邸を抜け出し、金を稼ぎ、自分で生活をし始めたこと。夫はそれ以来別邸には来ておらず、自分がいなくなっていることも知らないのではないか、ということ。


 話を聞いたラウは静かに怒ってくれた。

 この国の文化において、娘にとって父親は絶対である。しかしながら、それはないだろう、と怒ってくれた。


 その夫が自分自身だと知ったら、コレ、たぶん憤死するんじゃないかしら……。


 実のところ、ラウはリリのこの話を聞いて、たとえ待遇は良くても、自分も「妻」を放置しているのは同じだと思い至り、止める侍従たちを振り切って会いに行って事態が発覚したことをリリは知らない。

 更に、妻となった隣国の姫の名が「リリアナ」と聞き、まさか、まさか……、いや、そんな偶然他にないと呆然とした後。


 本人()、イターーーーーーッ!!


 と、ラウが叫んだこともリリは知らない。


 リリは、ラウに正体がばれる前に、絶対にこの国から逃げ出そうと決意を新たにした。

 逃げ出した先で、前世の弁護士のような代理人を立てて、離縁すれば良いのだ。

 慰謝料だの何だの、前世の経験からもう駄々は言わないから、サインだけ求む。


 ラウに抱いていた(ほの)かな恋心はクソ野郎への幻想として、そっと心の奥底に葬った。


 リリは「ドーラに出来るか聞いてみるね」と、ラウに良い返事をしながら、内心バックバクの心臓を押さえて冷静を装い、緊張でまるで味のしない約束の定食を平らげ、仮の宿にしている宿屋へ帰った。


 夜が更けたら、離宮に戻り、当時の荒れた離宮の状態に魔術で戻して証拠隠滅をし、荷物を回収してその足でこの国を出よう。


 もう男はコリゴリ……。


 そう頭の中で段取りを付けて、リリは仮眠した。





 離宮の結界のチャックから出るところをラウに見つかるとか。

 それどころか、酒場を出てからずっとラウに監視され、王宮に入るところも離宮に入るところも見られていたとか。


 そもそも(リリ)がリリであることが既にバレていたとか。

 でもって、「暴走した呪具」を作ったのがドーラだと疑われていたとか。濡れ衣!


 首根っこ掴まれてラウの私室に連れて行かれて「夫婦」となり、逃げられないように厳重警備を敷かれるとか。


 ラウが、良い顔して酒を呑む姿のリリに惚れていたが、リリに夫がいることに衝撃を受け、自分にも妻がいることを思い出したとバカ正直に言ってきたので「クソ野郎」と蹴り飛ばして逃げ出し、……秒で捕まるとか。


 その後、隙を見て何度逃げてもラウに追いかけられて捕まるとか。


 離縁誓約書にサインしてくれないとか。


 美味しい酒を勧められ、良い気分で前世の話も今世の話もドーラの話も喋らされ、以後デロッデロに甘やかされるとか。


 前世の元夫に嫉妬したラウが、子どもは四人以上産んでくれと言い出したとか。


 結婚前の入れ食い状態だったラウの女性関係と、大臣共により結婚後もラウの寝室に女性が放り込まれていると聞き、「手は出してない! 追い返してる!」と叫ぶラウに「マジクソ野郎!!」と泣きながら生まれたばかりの子を連れてガチ家出したとか。

 家出→雲隠れ→捕獲→抵抗(泣き落し)→別居→二人目妊娠→帰城するまで数年かかり、臣下も国民もハラハラし通しだったとか。

 帰って来たら大臣全員代わっているとか。


 毎回捕獲される時には酒場のマスターが好物を並べて罠を張っているとか。

 揚げたてのコロッケとキンキンに冷えたビールを置かれ、冷めていくコロッケと温くなるビールを見ていられなくて捕まるとか。


 魔力量は極小でも魔術の編み方次第で高度な魔術が使える生き証人として、魔術師たちから崇められるとか。

 それを聞きつけた生国が手の平を返してすり寄って来たのをラウが一喝して追い返したとか。


 一生、ラウが脇目も振らずに側にいてくれるとか。


 男はもうコリゴリだったのに、他の女と話す姿を見るだけで嫉妬する位、好きとか。


 短い仮眠でそんな夢を見たリリが、ジェットコースターみたいな人生を駆け抜けた後、あの時の夢は正夢だったと気が付くのは、大切な人に囲まれて幸せを噛みしめ、最期の息を吐くその時だった。




読んでくださり、ありがとうございました。


この二人のドタバタに、周囲の目(子どもたち含む)は生温いことでしょう。


もしよろしければ、お星様ポチっとお願いいたします。

とても励みになりますヾ(o゜ω゜o)ノ゛!



【2022.3.25 追記】

日間異世界転生/転移ランキング 一位をいただきました!

ありがとうございます(。゜Д゜。)!


各話、誤字を訂正いたしました。

誤字報告、ありがとうございました。


言い回しについて誤字報告いただきましたが、拙いながらもこれが私の精一杯の表現ですので、そのままの箇所もあります。


読んでくださり、こういう言い回しの方が良いのでは、と報告をくださったこと、感謝いたします。

ありがとうございました。




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