そのさん
王都。
建国以来、戦地になったことのない都だが、度重なる戦の影響を大きく受けていた。
大きな影響は労働力と物流、そして福祉である。
健康な男性は貴族平民を問わずに戦へと出兵し、帰らぬ者も多かった。
そして帰って来た者も五体満足とはいかない者が多かった。
身体の機能を失った者や心を壊した者は、碌な職にありつけず、なけなしの恩給で苦しい生活をする日々。
働き手を失った家族の末路も悲惨だった。
皆が疲弊していた。
王都でさえこの有様である。戦場となった領地では土地も人心も荒れ、平定が急務となっていた。
王が忙しいのはこのためである。
地方の役人は貴族の息がかかり、腐敗しきっていた。
心ある領主もいるが、そうではない領主も多かった。
王自ら国内全ての平定に手を出しているのである。
その甲斐もあって、王都から徐々に地方に向かって国は落ち着きを取り戻しつつあった。
その王都をリリは一人で歩いていた。
落ち着いてきたとは言っても、まだまだ女性の一人歩きは日中でも危険である。
リリは外套ですっぽり身体を覆い、フードを深く被っていた。
国境から一人で王都にやって来たリリは、戦場となった地も経由し、何度か危ない目にも遭ってきた。その都度、魔術で切り抜けてきたので、危機回避には自信があった。
今も、周囲からリリの存在を認識し辛くする魔術をかけている。
魔術は想像力である。
リリの前世の国は想像力の宝庫だった。リリ自身も漫画や小説を人並みに嗜んでいたが、何よりも子ども時代に青いネコ型ロボットと共に冒険し、月に代わってお仕置きされた世代なのだ。
想像力は無限大である。
魔力は確かに極小かもしれないが、無しではない。持っている魔力なりに魔術を編めば良いだけなのである。
無い袖は振れぬ。だが、ある袖は好きに振ればいいのである。
精神が大人だけあって、リリは非常に現実的でもあった。
さて、リリがこの国の王と結婚してから三ヶ月が経っていた。
まず離宮でリリが最初にしたことは、結界の補強と住処の補修、水の確保である。
結界を解かれて武力行使をされれば、さすがのリリもお手上げである。元々複雑な結界だったが、それを更に補強した。
具体的に言えば、魔術の編み目を極限まで詰め、目の粗いネットのようだった結界を布のようにしたのである。
ネットならばやがて腕の良い魔術師に解されるだろうが、布ならば破くことは出来ても解すことはほぼ不可能である。
この世界の魔術師は「魔術は編むもの」という固定概念があるため、解すことに注力し、破くことに思い至ることはほとんどないことをリリは知っていた。
更に敷地の裏手の目立たない結界の一部に、チャックのような開閉可能の箇所を付けた。もちろん、リリにしか開け閉め出来ない鍵付きチャックのイメージである。これによりリリだけが結界内外に出入り自由となったのである。
次にリリは離宮の補修と清掃をした。元々あるものを強くし、綺麗にするだけなので、魔術でぱぱぱっである。
無から有を作り出すのは、さすがに想像力だけでは難しい。けれども既にあるものを強く綺麗にすること、例えば、目の前の物を綺麗にする、折れているところを直す、破れている穴を塞ぐことは、想像に難くない。想像出来ることはリリにとって簡単なことだった。
水の確保は古井戸に地下水脈を魔術で呼んだ。魔術で水そのものを出すことも可能だが、いわゆる化学式通りの水になるので、おいしい天然水の方が断然良い。
荒れた庭は徐々に手を入れていった。
生国でも、ほぼ自給自足だったので、土を整えることも出来るし、土の中で眠っていた種を起こして栽培することも出来た。もちろん料理も得意だ。
こうして寝床を確保したリリは、町に出ることにした。
食糧の確保と情報収集のためである。
リリは結界を抜け、王宮内をスタスタと歩き、通用門から堂々と出た。
もちろん、魔術「私は怪しい者じゃない」をかけてのことである。
いくら何でもこの先一生、この離宮という名の檻にいるつもりはないし、王もその内何か手を出して来るだろうと、リリは踏んでいた。
結界内の損害を気にしなければ、力ずくで結界を吹っ飛ばせるのである。
そうすれば結界内にいる妻は死に、「死が二人を別つ」ことになる。
少しでもリリにとって不利にならない条件で離縁し、その後、リリが自由を勝ち取るためには、正確な情報と生活基盤が必要だと考えたのである。
そうして三ヶ月。リリはある意味有名人となっていた。
リリは金を稼ぐために、魔道具を作って売っていた。
あったらいいなー、の道具の妄想は湧いて出てくるし、前世の国には便利な物が溢れていたため、想像するのが容易だったからである。
似たような物を見つけて、または手作りした物に、魔術でぱぱぱと効果を付ければ出来上がりである。
魔道具は、注文者からの受注生産で、細かい要求に応える特注品。通常、特注品はどのような品でも高価となるが、リリの作る魔道具は消耗品程度の耐久性しか無いため、価格は最低限に抑えた。なぜならば、製品というのは作る度、使う度に精錬されて良い品になっていく上、定期的な発注が見込めるため、仕事が切れないからである。
そのため、リリはあえて頑丈に作らず、なぜ頑丈に作らないか、理由を隠すこともしなかった。その仕様が気に入れば、また同じ物を注文すれば良いのである。ここをこうして欲しいという要求があっても、高価であればそう何度も買うことが出来ない。
それが平民でも手が届く値段で買えるとあっては、人気が出ないわけがなかった。
あまりに突拍子もない物と危険な物、個人的にいかがわしい物はきっぱりとお断りしているが、それも商売上の信用に繋がっていった。
リリは、人気の魔道具師ドーラの窓口として有名になっていったのである。
ドーラって? パクリギリギリ……アウトだろうか。アウトだな。でもまあいっか、とリリは悩むことをやめた。どうせこの世界の人には元ネタは分からない。
ちなみに魔道具師ドーラの看板は、下が丸い半円である。木の板で作られた看板は木地そのままで、白く塗らなかったのはリリの最後の良心かもしれなかった。
宿屋や酒場、ある時には広場にてその看板を下げた時だけが「魔道具の注文受付中」なのである。
店を構えると待ち伏せされたり襲撃されたり、リリ一人では安全上の問題があったため、魔道具師ドーラは移動販売方式を取っていた。
リリが架空の人物ドーラを立てたのは保身のためである。
宮廷魔術師はもちろん、魔力判定が出来る者はその辺にも存在する。リリの「極小」魔力でどうやって魔道具を作っているのか突き詰められると、行き着く先はこの世界の人では発想出来ない魔術の編み方であるため、ドーラの由来から話さなければならなくなる。
それはとても面倒臭かった。
よって、魔道具師ドーラの唯一の窓口として、いつどこで受付を開始するか分からないリリは有名になっていったのである。
「よう! リリ! 仕事終わりに寄っていくだろう? ラウがお前に会いたいって言ってたぞ」
「マスター、おはようございます。今日も寄るつもりでしたが、ラウが?」
リリは道すがら偶然会った顔なじみの酒場のマスターから声をかけられ、笑顔で答えた。
認識を阻害するリリの魔術は、リリを害さない人には効果が無いように調整されている。つまりは、仲良しさんにはきちんとリリの存在が認識出来るのである。
マスターの酒場は酒だけではなく飯もすこぶる美味しいのにとても良心的な値段で、リリはすっかり常連となっていた。この国は十五歳で成人なので飲酒可能である。前世呑兵衛のリリは心から喜んだ。
しかも、洋食中心のこの国において、この酒場には和食と中華っぽい料理もあるときた。
米と味噌に出会った時のリリの喜びようは、今でも他の常連にからかわれる程である。
短時間だがリリが「看板」を出すこともあると聞きつけ、酒場の客足がとんでもなく伸びているため、喜んだマスターから特別サービスを受け、リリは更に通い詰めているのである。
リリが酒場に寄る時には店の裏口から入り、店の休憩室を貸してもらっていた。普通に店内に座っていると、「看板を出してくれ」と他の客から懇願されて食事にならないからである。懇願ならまだしも、偉そうな人から偉そうに看板を出していなくても注文を受けるように命令されたり、魔道具師の居場所を聞き出そうと連れて行かれそうになることもあったため、マスターが融通してくれたのである。
その時に助けてくれた一人がラウという男である。
大きな男だった。
背もリリより頭二つ位高く、体格も骨太で、服では隠しきれない程、筋肉がついているのが分かる。
腰に下げた剣は、飾りのない長剣。
男前かと聞かれたら、世間一般的には男前なのだろう精悍な顔立ちをしているが、その目の下には化粧で書いたかのようなクマがあった。
全体的にも、全身から疲労が滲み出ている。
二十四時間、三百六十五日戦った後のリーマン……。
その草臥れ具合に、リリは変な親近感を持ってしまった。
それ以来、リリが酒場にお邪魔すると、ラウも休憩室に顔を出すようになった。
リリ程頻度はないが、ラウも酒場の常連だった。うまい飯とうまい酒、たわいもない話、気が合うとはこういうことかとリリはラウとの酒を楽しんでいた。
一応は人妻である自覚のあるリリは一定の距離をしっかり保っていたが。
ラウが何の仕事をしているのかリリは知らないが、ここしばらく忙しいらしく、酒場に来ていなかった。
ラウも来るし、今日は何を食べようかなー、と楽しみにしながらリリは仕事を始めた。
今日も完成した魔道具の配達だけである。
リリはここしばらく看板を出していない。それというのも、今日の配達が終われば、今まで注文された魔道具の全てが納品完了となる。
三ヶ月。
そろそろ、王が痺れを切らすのではないかと予想したリリは、稼いだ金を全て身に着け、いつでも逃げられるようにして過ごしていたのである。
読んでくださり、ありがとうございました。