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そのに

 

「陛下、こちらが報告です」


 側近が王に地図を渡した。


「解術の状況は?」


 国王エーデルトが地図を広げ、付けられた印を確認する。


「軍関連と生活施設から始めています」


「動線を考えて解術しろ」


「御意」


 エーデルトが地図のある部分を見やると、側近がしたり顔で頷いた。


「妃殿下の離宮に呪具の影響はありません」


「……どう過ごしている?」


(つつが)なくと報告が上がっておりますが、詳細が必要であれば後程私が伺いましょう」


「いや、いい。その分の労力を解術に回せ。侍女と護衛は配置は?」


「王妃殿下としての待遇です」


「ならば良い」


 エーデルトがため息をついた。


 王宮内に「呪い」が発動したのはつい先程のことだった。

 侵略した先の国の関係者か、はたまた自国の者たちか。とにかもかくにも、この国に恨みを持つ者は掃いて捨てる程存在し、結構な頻度で攻撃を仕掛けられてきた。


 暗殺者、毒物混入、印象操作……。


 この国の新しい王であるエーデルトは、それらを全て振り払ってきたのだが、命に関わらないような嫌がらせは取りこぼすこともある。

 今回、そういった輩から持ち込まれた呪具が暴走し、王宮内の至る所に無造作に結界が張られてしまったのである。

 ある場所は出入り出来なくなり、ある道はまっすぐ進めず、非常に行動が制限された厄介な状況となっていた。

 また、その結界の魔術の編み方が高度で複雑であったため、宮廷魔術師が一つ一つ解術して回り、解術時に呪具の怨念にあてられてしばらく休まねばならなかったのも時間を要して厄介だった。


 厄介と言えば。


 あれが、王女とは。

 隣国の王の親書を持ち、間違いなく王家の血筋である確認は取れてはいる。

 魔術による確認は、嘘や誤魔化しを許さない。


 ぼろ布と言っても過言ではない外套(がいとう)をまとい、その身一つでやって来た女性は間違いなく隣国の王の娘で、エーデルトの縁談相手だった。


 エーデルトは元々どんな王女が来ても婚姻誓約書にサインした後、しばらく放っておくつもりでいた。


 今はとんでもなく忙しいのである。


 しかも、あれでは十六歳にはとても見えず、発育不良の子どものようで、妻としての役割も子を産む体力もないのが一目見て分かった。

 妻にするには滋養をつけることが必要だとも判断した。


 繰り返すが、そもそも今のエーデルトに結婚する暇など全く無いのである。


 侵略戦争に明け暮れた戦狂(いくさぐる)いの先代国王が病であっさりこの世を去り、王の座から遥かに遠かった傍系のエーデルトの元に王冠が転がり込んできたのは半年前のこと。


 死ぬつもりのなかった先代国王は、次代を指名していなかった。


 先代国王の血筋は度重なる戦で早死にしており、唯一生き残っている第三王子は病弱で、とても王の責務は耐えられない。


 エーデルトは「お前が王だ」と大臣共に言われた驚きを、昨日のことのように思い出せる。

 まさか自分が、と思った。

 本気で逃げようと思った。


 侯爵家の次男坊として従軍し、帝王学どころか領地経営すら(ろく)に修めていない。

 兄は優秀で健康であったし、弟もいるので好き勝手が許されていたのである。


 しかし、戦が全てを狂わせた。


 エーデルトの兄は戦で片足を失い、領地経営は出来ても王としては難しかった。

 弟はそんな兄の補佐をすることに自らの使命を見出(みいだ)していた。


 腹黒い弟の方が余程王に向いているとエーデルトは思うが、弟は王の権力よりも兄の側にいる方を選んだ。

 一応エーデルトは「自分が王になるよりお前の方が向いてるだろう」と説得してみたが、弟は笑顔で「兄上を戦場に駆り出し、取り返しのつかない怪我をさせたこの国の王? ハッ! 滅ぼしますが?」と言い放ったため、「……兄上大好きっ子(スーパーブラコン)め」と諦めた。


 様々な思惑もあっただろうが、この国は戦ばかりしていたせいで、見渡せば王家の血を引く健康な男子の筆頭が自分だった。


 逃がしてくれなかった。


 ならば、と、エーデルトは条件を大臣共に出した。


 自分を王にするのであれば、在位中に侵略戦争はしない。

 それで良ければこの国の生贄()となろう、と。


 その方針に反対する者もいたが、どこにそんな国力が残っているのか真っ当にモノを考えられない程度の者たちで、大臣共がとりまとめ、あっさりと国策の方向転換は成された。


 国内の平定に加え、侵略した土地の統治があり、エーデルトは目が回るような忙しさだった。


 恨みを買いまくっている国の王は、こんなにも狙われているのかと笑いが出る程、暗殺者がやって来た。

 暗殺者を(かわ)しながら行う政務に忙殺される日々を余儀なくされた。


 それがほんの少し落ち着いてきた頃、大臣共が結婚して世継ぎをもうけるよう進言してきた。


 エーデルトには幼い頃からの婚約者がいたが、従軍する時に無事に生きて帰ることは出来ないと思い、解消した。

 元婚約者は既に他の男と結婚して子どもにも恵まれている。


 というわけで、エーデルトは結婚しろと言われても決まった相手がいなかった。

 いないものは出来ない、こう忙しくては出会いもない、そもそも「赤の死神」という小恥(こっぱ)ずかしい呼ばれ方をする程に戦地で活躍したエーデルトは、男性から崇拝されていても女性からは忌避されていた。

 国内の釣り合いの取れる貴族で年回りの良い令嬢には既に婚約者がいるし、それを引き裂いて王妃に召し上げる気もエーデルトには無かった。


 とどのつまり、エーデルトは己の結婚にまるで興味が無かったのである。


 かと言って聖人君子でもなく健康な青年であるので、寝室に女性を放り込まれたらよっぽど生理的に無理でない限り頂いてきたし、なんならその中で妊娠した女性を娶れば良いとすら適当に考えていたくらいである。

 王の寝室に放り込む位なのだから、ある程度選別されているだろう。


 そんなやる気の無い、やることだけはやっている王に痺れを切らした大臣共が、王妃候補を絞ってきた。


 自国の貴族、併合した国の王族、山向こうの隣国の王族の三名である。


 山向こうの隣国は魔術大国と呼ばれてはいるものの小国で、この国に接している国の中で唯一先代国王の侵略を受けなかった国である。

 理由は簡単、小国でも卓越した魔術師が大勢いるため決して弱くない上、過酷な山越えまでして攻める旨味が無かったからである。

 また、こちらを敵視せず、お互いの文化に反発する要素が無く、先王がそんなに興味を持たなかったのも攻め入らなかった理由と言えた。


 自国の貴族は、何か嫌だ。幼い頃から貴族社会で暮らすエーデルトは、社交界よりも軍隊の方が性に合った。


 併合した国の王族との間に子が生まれたら、加害者と被害者の両親を持つ子になる。そんな歪な家庭は嫌だ。それも却下。


 ならば、隣国から嫁をもらうか。


 エーデルトの適当な返事で、大臣共は山向こうの隣国へ縁談を持ちかけた。


 そうして嫁はやって来たのである。

 たった一人で。


 エーデルトは、痩せた王女のあまりの(なり)に驚いて、顔もまともに見なかった。


 まあ、王妃としての待遇であれば厳重な警備の下で戴冠まで適当に過ごし、少しすれば年相応に肉が付くだろう。


 そうエーデルトは自分の中で結論を出した。

 そもそも、妻の名前は何だったか思い出せないことに思い至れない程、エーデルトは忙しくて文字通り「心を亡くして」いたのである。

 それがどんなに異常なことであるかすら分からない位、この国の中枢はエーデルトに負荷を強いていた。


 目当てとしていた魔力の高い姫ではなく、魔力が極小のため虐げられていた姫がやってきたことで、恥をかかされたと憤る大臣やら、エーデルトの妃の座を狙っていた貴族やら、潜り込んでいる亡国の間者やら、コレが発端になって戦になることを望む一派やらの思惑が絡み合った結果。


 リリを案内する侍従は方々(ほうぼう)からの指示で、本来案内するべき王妃の離宮ではなく、先々代の忘れられた離宮に案内して一人残すという、あり得ない嫌がらせを行った。


 その直後、敵対する勢力により持ち込まれた呪具が発動する際に暴走し、王宮に無差別に結界が張られてしまった。


 離宮が結界で隔離されてしまったことに慌てた侍従たちが、この離宮の解術を宮廷魔術師に依頼しても、王命により使()()()()()()()()()は後回しだと断られ、保身のため「妃殿下は恙なくお過ごしです」と嘘を吐き通すことになった。


 その嘘の所為(せい)で王の妻が死のうとも、「病死」とすれば良いのだという安直な統一見解があった。


 蓋を開けてみれば浅はかで愚か。

 エーデルトがリリを呼び出したり会いに来たりすれば、一発でばれる嘘。

 王の妻を暗殺した一族に王がどのような処罰を下すのか、考えられもしない程の低脳。


 しかし、それに気が付くのに数ヶ月を要したエーデルトは、リリから言わせれば、この国一番の「クソ野郎」であった。



読んでくださり、ありがとうございました。


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