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1/6

そのいち


あらすじをご確認くださいm(_ _)m。


 

「いっそ、清々しい程のクソ野郎だわ……」


 思わず独り言が漏れた。


 荒れた庭。雨風を辛うじて防いでいる建物。誰も居ない離宮。


 それらを見て、リリはため息をついた。

 これが、王と結婚した自分の新居だと案内した侍従はもういない。


 厚遇されるとは思っていなかった。

 冷遇は仕方ないとも思っていた。


 しかしまあ、これ程とは。


 リリは今日結婚したこの国の王の態度を思い出し、さもありなん、と思い直した。


 この国に単身やって来て、その日のうちに婚姻誓約書にサインしただけ。


 神殿による祝福も国民への披露もなく、サイン後はまっすぐここに案内された。

 その間、王とは一言も話していない。なんならまともに顔も見ていない。黒い髪の背の高い人だな、という感想しかなかった。


「……あら、自己紹介もしなかったわね、お互い」


 確か名前は……まあ、いっか、とリリは開き直った。

 恐らく、もう会うことはあまりない。そう簡単に想像出来たからである。





 リリは小さな国の第七王女であった。

 国は小さいながらも豊かであり、それは魔術のおかげであった。

 大陸でも一、二を争う魔術国家。それがリリの生まれた国である。


 魔術を編む技術は決して血に継がれるものではないが、魔術を編むための魔力は血に宿る。

 リリの国は血と技術を自国の武器として連綿と続く王国である。


 中でも王家の血筋は魔力量が多く、国内外を問わず「出荷」されている。

 そのため、王族は子だくさんが多く、王にあっては現在王妃の他に側妃が四人、子が十八人いる。


 リリはその十五番目の子。

 リリの母は宮仕えの文官だった。生家は伯爵家だが、没落間近の貧乏貴族であったため、リリの母は働きに出ざるを得なかったのである。


 王の手がついた後、後宮に入れられたリリの母は息を潜めて生きた。他の側妃とあまりに身分に隔たりがあったためである。

 王妃の(あご)しゃくり一つでこの世から消えてなくなるような伯爵家の娘は、リリを産み、心労で身体をも壊し、やがて儚くなった。


 後ろ盾と言えるものがないリリは、後宮の隅っこで静かに生きてきた。王から付けられたのは、ただ一人伯爵家から母についてきた母の乳母だった女性だけ。母亡き後はその女性が養育係となり、リリの命綱となった。


 『ばあや』が老衰でこの世を去ったのは、リリが十二歳の時。

 以来リリは、文字通り一人で生きてきた。


 ばあやはリリに正しい教育をした。

 火の扱い、水の扱い、土の扱い、植物の扱い、布の扱い、刃物の扱い。

 魔術に頼らずとも、生きていく術を教え込んだのである。

 その教えのおかげで、リリは生きていくことが出来た。


 極小。


 それは、リリの魔力判定の結果である。


 この国の民は、五歳になると神殿において魔力判定を受けなければならない。

 魔力量が一定以上ある者は、国によって管理され、国のために生きることになる。


 リリの判定は、膨大な魔力を誇る王族にとって、死刑宣告にも等しいものであった。


 益々忘れられることとなったリリは、養育係であるばあやが死んでも新しい侍女や側仕えが付くこともなく、一人で生きていた。


 ばあやが教えてくれたことだけではきっと生きてはいけなかったが、孤独を補い生活の不便さを補う不思議な記憶がリリにはあった。

 そのおかげで心が壊れず生きていられたのである。


 十二歳のリリの人生とは違う、四十歳を超えた女性の記憶。

 いわゆる前世の記憶だと、リリは解釈している。


 記憶だけなら四十うん年プラス十二年。既に還暦が見えているところである。

 老成された精神はどんな状況でも落ち着いていた。

 前世の人生も、決して平穏無事ではなかったため、ただの十二歳とは経験値が違った。


 魔力のない国だった前世の記憶の方が長いためか、リリは五歳で自分の魔力が極小と判定されても大して落胆しなかった。

 元々皆無だったものが、多少なりとも魔術という夢の力を使えるのだから、リリは魔術を編むのが楽しくて仕方がなかった。


 誰もリリに魔術について教えなかったが、リリは「あんなこといいなーできたらいいなー」と想像しては魔術を編み、編んでは(ほど)き、遊ぶことで習熟していった。

 もちろん、「極小」の自分が魔術を編んでいるところを誰かに見られると面倒臭いことになると分かっていたため、ばあやにも見つからないように、魔術を編んでいた。


 いつか、二人でここから出ることを夢見て。


 夢は叶わず、十二歳で独りとなってからの静かなその暮らしは、十六歳で唐突に終わりを告げた。

 会ったことのない父が、自分の出荷(結婚)を決めたからである。


 嫁ぎ先は隣国の王。

 好戦的で領地を広げていた隣国は、最近王が代替わりしたばかりで、その王がこの国の姫を望んだ。


 皆嫌がった。

 隣国とはいえ、雄々しい山脈を間に挟むため、近くて遠い国である。

 しかも戦が続いており、そのどれもが侵略を仕掛けた側である。

 そんな野蛮な国に嫁ぐなど、王女たちも王女の母たちも首を縦には振らなかった。


 しかし、断れば、侵略の矛先がこちらに向くかもしれない。負けはしないだろうが、被害は大きくなる。


 悩む王は思い出した。

 娘がもう一人いることを。


 果たして、あっという間に話はまとまり、リリはお供も嫁入り道具もなく、その身一つで魔術で国境まで送られ、徒歩で王城を目指すことになったのである。


 国境さえ越えれば、送り出したという事実が出来、野垂れ死んでも構わない。


 そう望まれていることは分かったが、リリはそんな望みを叶えてやる義理はないと、頭を振って気持ちを切り替えた。


 初めての旅路である。

 路銀を稼ぎながら、少しずつ歩を進めた。

 後宮から出たことのなかったリリにとって、全てが新鮮で眩しかった。


 ()()のリリならば、すぐさま野垂れ死んでいただろうが、()()リリは違った。

 観光旅行のように楽しみながら、二月かけて王城にたどり着き、門番に身分を告げ、そのまま王のもとに連れて行かれ、婚姻誓約書にサインして、これから住む所となるこの場に立っているのが、現在。


「……まあ、いっか。荒れてはいるけど、食べられそうなものもあるし、家も元があるから補強で大丈夫でしょう。さあ、掃除から始めようかな」


 あの離宮よりはマシ。

 そう思って、リリが家に入った瞬間、耳が詰まるような空気の動きがあった。


 まさかと思い、リリは扉から出て、門の役割を成していないアーチをくぐろうとして、身体ごと弾かれた。

 そこには、魔術によって作られた見えない壁があった。


「……結界、張られた」


 門以外を確認しても、家の敷地との境界全てに見えない壁、結界が張られていた。


「……マジモンのクソ野郎だな」


 結界の魔術構成を読み解くと、魔術大国と言われているリリの生国でも編める者が数人もいないだろう複雑さと頑強さだった。

 そして、隠しきれない恨みや憎しみの思念まで染み付いているときた。


 この国は、王は、本気で本日(めと)った隣国の王女であるリリをこの敷地に閉じ込めたのである。


「監禁とか、マジ勘弁なんだけど」


 狙いは餓死か狂死か。

 望んだのは魔力の高い姫だったろうが、ボロボロの、しかも魔力が極小と判定された王女を単身寄越すとは思っていなかったのだろう。

 そもそも、第七王女の存在を知っていたかも怪しい。


「そんなの自分たちの情報収集が甘かっただけじゃん。王家の姫、じゃなくてちゃんと誰かを名指しで求婚すれば済んだ話でしょ」


 この国が望んだ「王家の姫」をリリの生国はきちんと送り出した。

 もらった側のこの国は返品することなく、婚姻誓約書にサインしたので、婚姻は成立している。


 返品できないのなら捨ててしまえという、隠しもしない思惑がリリに突きつけられた。


 リリは苛立ちながら家の中に入った。

 まずは家に食料などがあるかを確認したが、見事に何もない。

 庭に出て井戸を探す。敷地周囲の結界を確認した時に小川はなかった。敷地内に井戸がなければ苦労することになる。


「……枯れてる」


 家の裏手にあった古井戸に石を落とすと、コツンと乾いた音がした。

 それでも井戸の形態があるだけ良かった。


 家の中は、廃墟オブ廃墟だった。


「まあ、うん、本当に、清々しい程の……」


 ありとあらゆる罵詈雑言を心で唱えた。


「……でも、まあ、いっか」


 あのまま生国の後宮にいたところで、人生詰んだのは目に見えていた。

 リリは、あの国を出られたことを今は喜ぶことにした。


「……ふむ」


 こういう不測の事態が起こった時は、第一に冷静になること。

 リリは一つ息を吐いて、状況を整理した。


 先程サインした婚姻誓約書には魔術がかかっていて、契約書として正式なものだった。

 内容は至ってシンプルに、離縁するか死が二人を分かつまで、お互いを伴侶として認めるということのみ。


 つまり、離縁誓約書にお互いがサインをするか、どちらかが死ぬまで、この国の王の妻はリリである。


 この国は一夫一婦制が法律で決まっている。

 例外的に王には側室が認められるが、あくまで妻は一人であり、側室は愛人でしかないのである。愛人が子を産んだとしても、非嫡出子に継承権は与えられていない。

 加えて、リリは妻とはなったが、王妃として戴冠していない。つまりは、王妃としての公務も課されていない。

 妻としての役目は子を産むことだろうが、望まれていないことは一目瞭然である。


「……これは、もしかしなくても、不戦勝ってやつじゃないかしら」


 リリが生きている限り、この国の王は世継ぎを望めない。

 離縁誓約書にサインを求められたとしたら、タダでサインするは気はない。

 しかし、相手は国王で、リリは後ろ盾の無い()()()十六歳の女性である。

 結界を解かれて襲われることも念頭に入れなければならない。


 なんせ、クソ野郎の国である。


 大人しく監禁されて死んでやるつもりも義理もない。


 リリは早速考え得る限りの防衛策を取った。

 自分は今世でも、男運が本当にないなと苦笑いしながら。



読んでくださり、ありがとうございました。



「リリの乳母」がリリ十二歳の時に老衰で亡くなるのは歳が合わないのではないか、という旨のご指摘をいただきまして、本文を一部直しています。


リリの乳母→養育係、ばあや などに修正

(前後の文も修正)


母亡き後リリを育てた女性はリリの母の乳母で、リリにとっては「ばあや」設定でしたが、頭からすっぽ抜けてしまい、乳母とばあや(高齢)だけが生き残り「リリの乳母が老衰」になっていました。十二歳のリリが赤ちゃんの時にお乳あげてた人が老衰で死んじゃうの??? と混乱させてしまい、すみませんでしたm(_ _)m。

ちなみに、日本のような長寿国ではないでしょうから、老衰についてはふんわり受け止めてくださいませ。





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