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希望の階段

作者: ライト

これは即興小説トレーニングというサイトで、「希望の階段」というお題をもとに30分で執筆したものを、加筆修正して完成させたものです。

「ねぇ、グリコしようよ」

 良く晴れた春の空の下で、桜は唐突に言った。

「グリコ?」

「そう、グリコ。知ってるでしょ」

 桜の見つめる先には神社に続く長い石段があった。とても古くひび割れていて、あちこちに苔が生えている。

「別にいいけど、なんでまた」

「やりたくなったから。思い立ったが吉日ってやつ」

「それ、意味合ってる?」

 私がそう言うと桜は肩をすくめてクスクスと笑った。桜と帰るときはいつも何かしらの遊びをしたり、どこかしらに寄り道をする。桜は学校から家までの数キロメートルの帰り道を存分に楽しんでいるようだ。私はそんな桜にいつも振り回されている。

「グ、リ、コ」

 桜は唐突にそう言いながら石段を三段上った。

「じゃんけんとかしないの?」

「先手必勝。初回ボーナスだよ」

 彼女はくるりと向きを変え、私に笑いかける。私は小さくため息をつく。

「次からはじゃんけんするよ。もう初回ボーナスはおしまい」

「わかった、わかった」

 私は石段の最下段のそばまで寄る。石段は長く続き、下から見上げると大きな壁のようにも見える。最上段の先には鳥居が待ち構えている。

「じゃーんけーんぽん」

「ぽん」

 私が勝った。

「グ、リ、コ」

 私は石段を三段上り、桜の隣に立つ。

「じゃーんけーんぽん」

「ぽん」

 桜が勝った。

「パ、イ、ナ、ツ、プ、ル」

 桜が石段を六段上る。

「じゃーんけーんぽん」

「ぽん」

 私が勝った。

「パ、イ、ナ、ツ、プ、ル」

 私は石段を六段上り、再び桜の隣に立つ。

 桜と遊びながら帰る下校時間はとても楽しい。宿題や進路、面倒くさい人間関係のことなどを忘れられる。私はお世辞にも友達が多いわけではない。クラスでも話せる人はいくらかいるが、一緒にお昼ご飯を食べたり、一緒に遊んだり、一緒に帰ったりするのは桜だけだ。でも、桜は違う。桜はクラスの人気者だ。誰にでも優しくて、ノリが良く、男女ともに人気がある。桜が一人でいるところを私は見たことが無い。私と桜はクラスメイトの大部分とは反対方向に下校する。そのため、いつも二人きりで帰っている。

 もし、下校する方向が一緒じゃなかったら。私と桜はどのような関係なんだろうか。桜は私のことを、仲の良いクラスメイトの一人としか思っていないのだろうか。

「じゃーんけーんぽん」

「ぽん」

 桜が勝った。

「チ、ヨ、コ、レ、イ、ト」

 桜が石段を六段上る。気づけば桜は私の十数段上に立っていた。桜の背中が遠くに見える。

「じゃーんけーんぽん」

「ぽん」

 桜が勝った。

「チ、ヨ、コ、レ、イ、ト」

 また、遠ざかる。

「じゃーんけーんぽん」

「ぽん」

 桜が勝った。

「グ、リ、コ」

 また、遠ざかる。

「大物狙いすぎ」

 彼女は振り返って笑いかけた。

「何が?」

 私は問いかける。

「さっきから、チョキとパーしか出してないじゃん」

 最上段の間近まで迫った桜を見上げる。

 首が痛い。それに、とても眩しい。

「じゃーんけーんぽん」

「ぽん」

 桜が勝った。

「グ、リ、コ」

 桜が最上段に達した。

「私の勝ち」

 鳥居を背に立つ桜の姿はとても美しく、それでいて儚く映った。風に攫われていなくなってしまうかのように。

「じゃーんけーん」

「まだやるの?桜、勝ったじゃん」

 桜は私を見つめ、悪戯っぽく笑う。

「月夜がまだ登りきってないじゃん」

 桜に名前を呼ばれ、心がざわつく。

「早く登ってきてよ」

 桜は私をじっと見つめる。穏やかに微笑む桜の顔には春の陽気のような暖かさと、初夏の風のような爽やかさが滲んでいる。

「じゃーんけーんぽん」

「ぽん」

 私が勝った。

「チ、ヨ、コ、レ、イ、ト」

「じゃーんけーんぽん」

「ぽん」

 私が勝った。

「チ、ヨ、コ、レ、イ、ト」

 段々と桜に近づいていく。儚げな桜の顔を見るとつい急ぎ足になってしまう。置いて行かないで欲しい。傍にいさせて欲しい。

「じゃーんけーんぽん」

「ぽん」

 私が勝った。

「パ、イ、ナ、ツ、プ、ル」

 私は最上段に達した。桜の隣に。

「引き分け」

「え?」

 唐突な桜の言葉に私は面食らう。

「二人ともゴールしたから引き分け」

 でも、と出かかった抗議の言葉は、桜の満足そうな顔を見た途端に消えてしまった。

「良い景色だね」

 桜はそう言うと今上ってきた石段から見下ろせる街並みを指差した。私も同じ方向を見る。青く大きな空の下、私たちの住む小さな町が広がっていた。とても美しい光景だ。

「あそこ、学校が見える」

 桜は私たちの通う高校を指差した。

「あそこはかくれんぼして遊んだ公園、あっちは買い食いしながら帰った商店街」

 桜は次々と指を差す。私たちが下校中寄り道して遊んだ沢山の場所を。桜が私との下校時間のことをこれ程までに覚えていたことに、驚きと歓喜を覚える。私は悟られないように平静を装う。

「ねぇ、次はどこ行こっか」

 そう私に笑いかける桜は本当に楽しそうで、私も思わず笑みをこぼす。

「桜とだったらどこへでも」

 小さく呟いた私の言葉は、風に乗って町の方に流れていく。まだ行ったことのない場所が沢山ある。映画館、水族館、老舗の和菓子屋、川沿いの自然公園、廃ビル。普段の私なら見向きもしない場所だが、桜とならば。

「行こっか」

 桜はそう言って石段を駆け下りていく。

「走ると危ないよ」

 そう言って、私も桜に続いて石段を下りていく。春の暖かな風が、二人の笑い声を運んで行った。

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