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「うわあ! うわあ!」


そんな声が、テルの意識を呼び戻したのは、日が昇って何時間か経った頃のことだった。何事だろう。新種の生き物でも見つかったのだろうか。

噂じゃ、最近は、報告例が増えているらしい。どういうことだ。開拓のスピードが速まってきているのだろうか。


そういえば――――この前は、翼がはえた猫顔の馬だったか。新聞でみたような。

テルはぼんやりした頭で考える。

――しかし、どうやら違うと気付いたのは、次に聞こえた台詞でだった。



「肌綺麗だあ……まっ白だ。彫刻みたい……もし、これで髪が乳白色で、裸でタオルとか持ってたら、像に紛れても……」


うっすら目を開く。

しまった、寝ていたら、面が外れていた。


「お、うわあ!!」

飛び起きる。

キギがすごく目の前でぱちくりとこちらを観察していた。

どうやら自分は、キギを寝かせた後、ベッドのすぐ下で寝てしまったらしい。

そういえば、床板のせいで少し腰が痛かった。


それにしても、距離が近い。

これだけ近いと、逆に冷静になってくるから不思議だ。

彼女の、横に垂らした髪が顔に触れた。

少し雑に切ってしまったかもしれない。

甘くていいにおいがする。肩が細い。小っちゃいな。昔飼っていたハムスターの「渋好み(シブゴノミ)ちゃん」に、どこか似ているような。


――違う違う違う!違うだろう。


全然冷静でもない。

そうではなくて、なんで、彼女はこんな近くにいるんだ?

目があった。少しびくっとしてしまう。キギは数秒きょとんとして、それから笑った。突然飛び退くのも失礼かと気にしているのか、おろおろと、距離をどうしたものかとこちらをうかがいつつ、とりあえず会釈してきた。


「お、おはようございます」

「こっ、これはどうも? おはようございます……」

ぺこりと会釈しあってから、なんだか恥ずかしくなってくる。

焦って、首から上が、どんどん熱くなってきた。


何かごまかしが聞くような、楽しげなジョークでも披露出来ればいいのだが、とっさに浮かびそうにない。


道を進む際の、変装代わりなのだから、別に顔を見られても、悪いわけではないが、これでは、心の準備があったものではなかった。キギが、はっと気が付いて謝った。


「あ、ごめんなさい、ぶしつけだった! えーと。でも、その、私が外したわけじゃなくって……起きたら、外れて転がってて……」


「いっ、いや、それは、いいけれど……あの、ご飯は、食べたか」


食べてない。

それは自分が一番知ってるだろう。

なんだか話題の変えかたを間違った気がしたが、キギは気にする様子もなかった。


「あっ、食べてない! 昨日は夢で散々食べてたと思ったのに! 起きたら鳥鍋も、旅館のおかみさんもいらっしゃらないし!」


鳥鍋を囲んだ宴会か?

待て…………そのおかみさんは、ひよこではなかったか。すずめのぐんそーさんもいなかったか。


「じ、じゃあ、何か食べに行こう」

とりあえず何かをごまかすように、テルはそういって立ち上がった。

寝相のせいなのか、首がカタカタと音を立てた気がした。ちょっと痛い。


「あ、うん……」


面をつけはじめるテルに、キギがどこか残念そうな視線を向けた。

なんだ、と、首をかしげて態度で示してみる。


「あ、いや、もったいないなって」


「もったいない?」


「……つやつやの、チーズみたいで」



「チーズが食べたいのか」


「じゃなくて……」


ごにょ、と口ごもってしまったので、追及をあきらめて、自分の服を整えることにした。少しきつめの腰紐がついていたせいで、寝るときに緩めていたのだ。


「あ、そうだ、運んでくれて、ありがとうございました。宿代は、今すぐには無理だけど……」


ほっとしたような声で、キギが頭をさげる。

マントを着直しながら、別にいい、と言った。


そういえば、あの大男は、どうしているだろうか。

昨日は眠くて連絡なんて頭から抜けきっていたが、よく考えたら、あれから、連絡していないし、会ってもいない。


キギが、寝る前に付けていた面(外して、ランプのそばに置いていた)を手に取る。

私も付けたほうがいいってことなのかな、みたいなことをぶつぶつと考え込み始めた。



「なあ」


背中を向けられてしまった。

名前だけを呼ぶのはなんだか慣れなくて、簡単に呼び掛けると、面に集中していたキギがこちらに視線を移す。


「んあ? なん、じゃなくて、な、なにかな?」


「気は、使わなくていいぞ。別に気にしない」


「ありがとう。でも私が、気にしてるんだ。態度がひどい、可愛くないって、よく怒られててさ。でも、無意識下じゃ、なおってないっていうか。その……スィロ母さんからも、お前の寝姿はサイテーだって散々聞いてたし昨日もきっと……うう」


後半やたら早口で言いながら、ずーん、と落ち込み始めたキギに、その話題で引きずってしまっては沼に落ちていくようなものだと思い、あわてて再び呼び掛ける。


「あ、ごめんなさい」


「構わない。ところで、キギは母さんに、会いたいか?」何か悟ったらしいキギが、はっとする。


「――か、母さんに挨拶しに行く、と……?」 


まあ、と言うと、形容しがたい顔をされた。

すぐに、キョトン顔になる。

口には出せないが、ちょっとあの面に似ている。


「でもまあ、挨拶っていうか」



「え、待って、10年は会っていない母さんに、こっここここんなっ、突然っ」


面やら足やらをバタバタさせてキギが踊り出した。

混乱している。


「お、落ち着いてくれ、ほこりが舞うじゃないかっ。いくら部屋が綺麗に掃除してあるとは言ってもだな!」


「きき、き、きき昨日は冷静じゃなくて、ちゃんと聞いてなかったというか、実感がなかったっていうか……そうだよっ、婚約って! ちょっと、年齢的にもっ、早くないか!」  


「いや、それはちょっとそうじゃないっていうか、と、とりあえず、落ち着け! これにはわけがある!」


「と、鳥? 鳥鍋っ!?」


「言ってない! どれだけ食べたいんだよ鳥鍋! いいから落ち着きなさいっ!」



「お、おお怖じ、怖じ気づいてなんかないもんね!」


「落ーちー着ーけ、だ!」

頬をぐりぐりする。

変なテンションになってきた。


「うぐごがおあああ……」

キギが謎の呻き声を出しながら、しばらく唸り続けた後、はっとしたように、動き(お面ばたばた)を止めた。





    4


ニジノジャク地方を治めるユラギ様のいるセセラギ城では、今日も平和が続いていた。少なくとも、表だけみればだが。


「我が娘は遅いなあ」


来訪者を待つ間、とても退屈なユラギ様は『衣装室その1』にいた。

、ちょうど伝令に来た部下の一人で遊んでいるところだ。



彼女はショートカットだが、常に個性的なウィッグを着けているため、遠くからでもよくわかる髪型だった。


「は、はあ……そのようですね」


おもちゃにされる《部下その一》の青年は、冷や汗のようなものを額に浮かべながら、小さく笑う。


「うーごーくーな。飾り紐が結べなーい」


「は、はあ……あの、しかしユラギ様……これは、その」


「ああ。我が娘の為に、私が見立てているドレスだが」


「……なぜわたくしに着せるんですかっ!」


「背格好が、このくらいになるはずだからな」


「そうではなくてですね!」


「似合うぞ。可愛い。仕立て屋だけに任せておいては、やはり不服だ」


「……そ、そうでもなくて、ですね!」


コルセットを締めてみろと言われて焦る青年が、廊下側の壁際に、じりじりと後退していると、扉がノックされる。ユラギ様が、入れ、というと、ムキムキの男が、室内配達用の台車を引いてやってきた。


「では、失礼します。お花、直接お持ちするようにとのことでしたので……」


「ああ、待っていたぞ、ソノ、下がれ」


すっと一礼して、男が下がると、部屋は静まった。


「……これまた、大きな花束ですが、どうされるのですか、ユラギ様」


「ウフフ、これは、食用ではないのだから、長生きしたいのなら、食うでないぞ、えーっと」


と、一旦言葉をきったユラギ様は、目の前の、着せ替え人形にされる青年の顔をじっと見つめ、必死に何かを思い出す。

少しして、ピンと来たように、彼に明るく微笑んだ。

「白い花咲く丘の向こうの谷だから……ムコウシロタニ!」


この国では、故郷の土地で綺麗(名付け親主観)なものから名前が付くことが多い。

もちろん、奥さんの名前や、旦那さんの名前だったりもするし、地にあるものや花から取ったりする。

たとえば、川のほとりだと、ホトリさんがやたら多いのだ。

ムコウシロタニ、と呼ばれた二十歳ほどの青年は、苦く曖昧な笑みを浮かべた。ちなみに名前はオカノムコタニだ。


「……残念ながら、違います」


「なに? ああー、まあ、いいや、今は、それよりシソが食べたい。ほら、今朝詰んだんだ。裏表しっかり洗ってきて皿に載せてくれ」


 今このタイミングでなぜシソが食べたくなるんだ?

と突っ込む者はこの場には誰もいない。

「シソだ。どーーっしてもシソが食べたい!今!今シソがすごぉーく食べたい!」

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