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お面

目が回りそうで現実を直視出来ないキギはひたすらにいろいろ考えてみる。


もう自分がどこを向いていてどうなっているのかわからない。

景色が見えない。


ああそうだ、どうせならヨモギの葉でも摘めば良かった。

たしか、母さんが切り傷によく使ってた。

あー。ヨモギっていえば、昨日私の買ったヨモギもち、戸棚から消えてたっけ。どこにいったんだよう!

あれ奮発したのにー!

ああ、食べたくなってきた。



「着いたぞ」


――ぐるぐる考えていると、どれだけたったのか、車が止まった。


止まったのはいいが突然止められると、それはそれで脳内の情報処理が追い付かない。

あわてて、これはおしまい、これも今はいい、とあちこちとめぐらせすぎた思考に、ひとつひとつ終了命令を出していく。

うつむいて、ぐたっとしているキギを待ってくれているのか、その間、誰からも声がかからなかった。


また、少しして、冷静になると、ようやく、着いたぞという意味を理解した。


ここがどこだか知らないが、着いたかどうかよりも、キギは目の前の人物に興味があった。名前を聞いていない。


「ね、ねえ、猫耳さん?」

微妙に甘えるように聞いてみた。

……うう……慣れない。

すぐに後悔した。



ちなみにこれまでは、なー聞いてよー!

などと言うために、行儀がどうのとスィロ母さんに叱られている。



「おにーたんに何か用か、お嬢ちゃん」


意外にも、低い声が、後半に微妙な甘さ(ちょっとかすれてる)を伴う声で聞き返してきた。同時に振り向いてくれた。


なぜか少し寒くなった。

あーそうか。髪、切ったからなあ、と思い直す。

お礼を言うべきなのだろうと、どう言えばいいか考えつつも、とりあえず目先のおにーたん問題を片付ける。


「あの、キギで良いです」

「そうか、キギ。俺は、猫耳は卒業したから、おにーたんって呼んでおけ」


卒業か……見たかったなあ。


「……おにー、たん」


わあい。さらに寒気がしてきた。

せめて兄さんだろう。兄貴だろう。

いや待て、兄弟じゃないよな。


「うん、いい響きだ……」

うっとりした声が返ってきた。


後ろ姿を見ていると、忘れがちなのだが、振り向いた際に、変な面を付けているせいで、余計に、シュールだ。

なんだか、吹き出してしまった。

「なんだ、おかしいのか?」

聞かれてしまった。

笑っちゃいけなかったのだろうか。


おにー……た、んの顔が見えないのでよくわからないが、機嫌を損ねたとしたらまずい。

こちらとしては、仲良くなりたいのに。



「い、いやー、あのっ、お面!」


「お面? なんの話をしてるんだ」


「えーっと、だから、あなたが振り向いたときに、その……」



自分がどうして笑ったかを説明しなきゃいけないというのは、なかなかに、傷付きやすい心をえぐる。

目頭が熱くなってきた。


「さっき言ったこと……」


必死の説明以前に、《あなた》という呼び方の方に食い付かれてしまった。


「あ、はい。お、おにー」


たん。

だめだ、言えない。


「すみません……お名前、お聞きしても良いですか?」



たんってなんなんだ、たんって。


「ああ、名前で呼んでくれるのか。それもいい。俺の名前は、花園の……、ソノだ」


「あ、はい! よろしくお願いします。ソノさん。そして、また改めまして、ここはどちらなのでしょうか」


ふう、なんとかおにーたん呼びを回避できた。

改めて見回すと、どこかの町の中で、店が立ち並ぶ場所のようだった。


その中でも一番、あまり楽しげじゃない意味で目立つ建物の前に連れられた。

でん、とそびえる、怪しげな店のような建物。

壁は紫。

大きなカバか何かの微妙な面が看板になっている。どこか、ファンシーというか、まじないか何かがあっても違和感無しというか。なんだろう。

そそられるような、それがまたなんだか危ない魅力というか。

確実に、ほとんどの幼いこどもが夜にこの建物に目を合わせない感じがする。


「テルがやってる面屋だよ。ちょっと変なやつだが、手先は器用なんだ」


ドアの前に立つソノさんが、振り向いて呟いた。ちなみにドアは紫ではなく、茶色だ。

ドアノブに、何かストラップがくくりつけてある。

……狸?


「……えーっと、どうして、ここに」


「お前のも、選んでやるんだよ」


「ありがたいですが……お金が」




「俺が出すさ。ここから先は、顔を隠した方がいいからな」


「……はあ」


よくわからないが、中には興味がある。


窓から見える飾りだけ見れば、面がだんだんと舌を出していく様子の5枚セット。目がキョロキョロするもの。不気味に何かしゃべる顔。ただの可愛いくまさんの面。



……うーん。

夢で大集合して出てきそう。


買い物を終えて、店を出ると、少し寒かった。


「あの、ありがとうございます」


数分後、小柄な、まんまるおめめの《ぽかーん》顔が、真顔を崩さぬ微妙な木彫り顔の方を向いて話しかけるという光景が、出来上がっていた。


「ああ、いい。似合うぞ。つけ心地はどうだ。ずれたりしないか」


「はい、大丈夫だと、思います」



いくらか試着させてもらった後に買ってもらったお面は、なんというか――とても、一言では表現し難いものだった。


形は顔に沿っているし、ぴったりで、文句なし。

面に関しては、間の抜けた顔の、まんまる目玉のついたものだ。


口は、思わず拳をつっこみたいような具合に、ぽかんと開いている。生きていたらよだれが出で来そう。


これが一番可愛らしいから、似合うから、と言われたが、ばかにされているわけじゃないよね、そうなんだよね、と、何回も心で唸ってしまった。うーむ。


店員のお姉さんも、あら素敵! お嬢ちゃんにぴったりよ。そっくりで可愛いわなんて優しく誉めてくださった。

……微妙に複雑だった。

私は普段、こんなに、ぽかんとしてるのか。


ちなみにだが、自分で決めるから!

と主導権を握ってまで欲しいものがあるわけじゃなかったし、ソノさんがどういうものを合わせてくれるのかに興味もあったので、一切をおまかせしていた。

(それに、ついうっかり、あり得ないような値段のものを選んでしまう可能性があるのが怖かった)



彼は本当に、入ってすぐ、ずばっと決めてしまった。決断力が羨ましい。

色はベージュじみた感じ。素材は……よくわからないが、まあまあ軽くて、通気性は良さそうだ。

日焼け止めの薬を塗る範囲が狭まるなあ。

あっ、待てよ、今日多分、塗っちゃったわ。やばい、汗がこもって落ちてくるのかな……

あれは、目に染みると、結構痛い。


――――とにかく、こんなやつが突然、夜中にこちらに歩いてきたら、それはそれで、不気味この上ないという面ではある。

あ、でも、想像すると、ちょっとだけ楽しそう。

良い子に風船配っちゃったりして。


店内はというと、思っていたよりはすっきりしていて、しかしやはり、なんだか異様だった。


異様じゃない点は、店員さんが、お面を付けていなかった(黒髪の、可愛らしいおかっぱ頭のお姉さんで、推定23歳くらい)ことかもしれない。

これも、聞いた話のため、よくわからないが、テルに恩がある方のようだ。


壁一面が作品と値札の数字で溢れているのは、なかなかに楽しいが、それらに一斉に見つめられるのは、なかなかに戸惑う。

わざとなのか違うのか、目が合うのだ。

意思は無いと思うのに、常に、じっとりと眺められるような感覚があった。

……これは、夜中に入れない。

入らないけれど。


えーっと、こういうときは、照れてみせれば良いのだろうか。

できそうにない。

そうだ、もし、今度、なにか機会があれば、にらめっこを試してみよう。

かれらは強そうだ。


「ごめん、待たせたか?」

「ああ、待った。かなり待たされたぞ。腹が立ったついでに空腹なんだよ。飯をおごれ、この辺で一番高いとこにしてやる」


「飯は良いが、高いと、そのぶんたくさん食えないからやだ。丼ふたつぶんを、1食に払うなんて、馬鹿馬鹿しいっ。同じ値段で倍食えるんだ」



甘い雰囲気と無縁の、なんとも殺伐とした会話が行われたのは、それからすぐだった。

なにかの話で、似たようなやりとりを見た気がするのだが、どうも、こんな風な感じではなかった気がする。


個人的には、テルに親近感を抱かざるを得ない。


そんなテルは、店を出て30分ほどうろついていたところで、こちらに、今朝までと違うシャツで、まっすぐ走ってきた。


マントを手に抱えている。暑いのかもしれない。



「……って、うあ!? なんだ、その…………きょろんちゃんはまさか」


「はい、今朝お会いしました」


キギです。


「う……うん。可愛いい、が。これはこれで、何か、違う感情? が沸くというか……?」


なぜか疑問系な語尾。

そして違う感情ってなんだ!

問いただしたいが、テルは、キギに目を合わせようとしない。

なんだか肩が少し震えている。

笑ってる、絶対笑ってるよ。




「あーああああなた、わ、笑っ」


「笑ってないぞっ!」


……しかし声が震えている。


「じゃあ泣いて……」


「泣いてない……で、なぜ、この面を?」


会話を反らしたテルが、同じく真顔を崩さない木顔で、ソノさんを見上げた。

二人がどんな仲なのかはわからないが、少なくとも、信頼関係くらいはあるのだろう。少し羨ましい。


それと、本当に、この人たちは、どうして顔を見せてくれないのだろう、と今さらのように思った。


「……やっぱり、可愛さ重視ってやつだな」


「可愛さ……」


ソノさんは、話を合わせながら、軽く台車を引いてタイヤの調子か何かを見ているのか、ゆっくり転がすように動かしたり、戻って止まったりしている。



いつ進むのかと思ったが、長いことそのままだった。適当に会話をするうちに、町は夜になり、いつの間にか、すっかり人影が消えていた。




――――静まりだした町で、キギとテルの二人が、店の壁に寄りかかるようにして一人を眺めることになった。

あれ、ご飯は?

などと、キギがいちいち聞かないのは、そこまで空腹を感じていないからというのもある。



「……それ、適当に、おいといて、飯に」


ぼんやりしていると、いい加減に焦れたのか、テルがぼやくように切り出した。それ、は台車のこと。

寒くなったのか、既にもう一度マントを身に纏っている。


「出来るか。まずこれをどこかにおさめないと……落とし物は落とした方が悪いって世界だぞ」


ソノさんがやや疲れぎみに言った。


買い物している間は店の前に、駐車(?)して問題なかったが、飲食店が並ぶ向こうの方は、とてもそんなスペースが余っているように見えない。

特にこの辺りは公共の地だ。そこらへんにぽん、と置いて行くのは、邪魔なことこの上ない。


しばらく調整か何かしていたソノさんは、その後、ちょっと行ってくる、と、車を引いてどこかに消えていった。

方角からすると、先ほどまでたどってきた道だろう。



残された二人はぼんやりと星空を眺めることになった。

眠ってしまいそうだ。

キギは食欲より、睡眠欲が勝っている。


「それにしても、ああ、水玉……なぜ、売る側に……」


「これ、水玉模様なんだ」

会話のポイントがずれた気がするが、今さらだ。



「名前だ……きょろん水玉ちゃん一号」


「それは……芸名か何かかな。2号さんはいらっしゃるの」


「…………真面目に喋ってるか」


「もちろん。あ、そうだ、これ」


ポケットから取り出した小刀を見せた。

呆気に取られた顔をされた。

もちろん、昼間は車に積まれていたものだ。鞘に収まっている。

つい、回収してきてしまった。


「果物と一緒にしとくのはさすがに、どうかなって思って……」


「……どっ……そっ、それを、何処で!?」



えっと。

まさか、本当に探してたの――――?


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