荷馬車でごとごと
台車?(で、いいのだろうか)に、適当に乗せられると、やはり体格良さそうな人(噂では、猫耳と髭眼鏡着用? でおやすみなさるという)が、それを引いて歩き出した。
もう一人の方は、華奢にしか見えないと思っていたら、やはり隣に座った。キギから見れば、左側だ。
そして右の膝を立てて、どこか気だるそうにする。顔をそむけられてしまった。……睡眠不足なのだろうか。ところで、車を引く人物は、握力もだが、すごい体力のようだった。
ついつい、感心と感激と、多大なる不安とが入り交じった目で見つめてしまう。
(不安については、自分の行く先がわからないことだ。誰に聞いても答えてもらえないままだ)
筋肉について詳しくないために、少々どう言ったものかに悩むが、とにかく、なんともたくましい肉付きをしていた。
……どう鍛えればこうなるのだろう。
好きだった王道の勇者の物語の挿し絵を思い出す。
盛りに盛られたという感じの、たくましい勇者の腕は、冒険がいかに壮絶かを物語って……あ、そうだ。思えば、昔、姫様よりも勇者様に憧れていたな。
というところまでぼんやり浮かべてから、現実を把握するために意識を呼び起こした。
(声からすると)彼? は、凄まじい勢いで走ることも出来そうに見えてくるが、猛スピードで走られたらそれこそ窒息死か転落死しそうなので、良かったと内心で、ちょっと思う。
「いやー、やけにあっさり、別れが訪れたものだなあ」
しみじみ語ってみた。
誰も反応してくれなかった。
カタカタと石が鳴ったのがやけに響いた。
そういえば、車自体は、丈夫なのか、どんな作りなのか、あまり、想像していたような音がしない。キイ、とか、ギギギ、とか。
――とりあえず。
誰が聞いていなくても、聞いていても、構わないので、自分を落ち着かせようと、ひたすら、ぺらぺらとくだらない実況をすることにした。
……すでに落ち着いていない。
ゆれるーとか、うお、ゆれた、とか。
荷馬車ごとごと~みたいな歌まで歌うのはさすがにやめた。
しばらくすると、半ば、自棄、みたいな気持ちになってきた。
疲れと苛立ちと焦りと……それに、ほんのちょっとのわくわくで。
喜べばいいのか泣けばいいのかわからないとなると、苦笑いしてしまう。
わずかな間のやりとりだったはずなのに、なぜか、かなり疲れたみたいだ。
突如、台車を引く男に、何をにやけているのかと聞かれてしまった。
疲れると笑い出しちゃうんです、なんて言えばドン引かれるなあと思って、唇を噛む。ピリッと痛んだ。
うわ痛い。痛い。結構痛い。やりすぎた。
少し舌を出して舐めてみると、血であろう、酸っぱいような甘いようなものの味を感じた。
渇きはじめた喉を潤してくれはしないけれど、慰め程度にはなるんだろうか。
それにしても、これは、拉致なのだろうか。市場に出されたらどうしよう。
さばかれて均等に分けられる……
わけじゃ、ないよね。
「いや別に、別れの言葉とか、こう、餞別? とか、期待してたわけではないけどさ……母さんすごい嬉しそうだったなあ。あー」
「あの方は、母ではないのでは?」
ふと、反応があった。ちょっと嬉しい。
「えっと……育ての母だよ」
髪を切った本人が、面のままこちらを向いた。後ろにある積まれた荷物(ほとんどが箱)の中から、一番手前の、カーキ色リュックみたいなものを引き寄せ、適当に丸い果物を出して渡してくれた。
あ、そういえば。
さっきの光景を思い出す。なんだか頭が追い付かない。
この地方で、髪を切らせるのがどういうことか、わかっているのだろうか。
――あれ?
自分に跳ね返って響く言葉だと、キギは、今更のように悟った。
「どういうことなんだ!」
興奮して呼吸困難になりそうだったキギが落ち着くと(袋がないからと、隣の人物が、マントを渡してくれたりした)
赤い果物をかじりながら、隣の人物が、ようやく、簡単に話をしてくれた。
キギは、果物をかじりながら聞いていた。
「……リンゴかと思ったけれど、どちらかというと、無花果に近い味だ」
なんだろうこれ。
水分が多いぞ。
すごくおいしい。
自業自得で酸味が染みるけど。
うっかり口から出てこないように、しっかり飲み込んでから、先ほど聞いた内容のおさらいで口を開く。
「……ひとつめー、ずいぶん昔に、本当の母さんに婚約が決められていたー」
淡々とふざけて喋るキギに、隣の人物が頷いた。
「そうだ」
「ふったつめー。えっと、その母さんが事情があって、私をその日まで、安全に保管すべく、遠くの町の、人気のない場所、つまりここに送っていたと」
「保管……いや、あ、ああ」
またしても、頷いてもらったのは隣の人物(……と表現するのが、そろそろ少し面倒になってきた。名前を聞いてもいいものなんだろうか)だ。
にしても、よくあるような無いような。でも、なんだかどこかで聞いたような話だ。
自分に起こるとは思いもよらなかったが。
「それで、あなたがたは、私の迎えに、ということ……」
「ああ」
「…………えっと、それで、その、相手が」
「…………」
黙られてしまった。
えっと、待って、どうしよう。
照れているのか、嫌がっているのか、絶望しているのかは、どうも面のせいで、わからない。痒くならないのかな。
とりあえずなんとか話を繋いでみることにした。
「……ほっ、本来なら、その相手本人が刃を持つとされていて、ただし、代理を立てる場合もあったような気がするけど……」
「代理じゃ、ない」
即答されてしまった。
……こちらとしてはどういう反応をすべきだろうか。不自然に目をおよがせていると、いつの間にか車が止まっていた。
景色はひたすらの林。
まだ、全く、ふもととは言えない。
町に降りるのだろうと漠然と考えていたが、違うんだろうか。
(……いや、待てよ)
耳をすますと、ようやく、そのわけがわかった。
何か聞こえる。
と、思っているともう視界に入るようになってきた。町から来たのだろう、前方から、何かすごい勢いでやってくる集団がいる。
「な、なに、次は。敵?」
「……もう、来たのか」
「テル……お前が来たのばれてんじゃないか」
車を引く人物がちらりと振り返った。
「……ああ」
隣の人物が返事をした。
疲れているような声だ。
テルというのか。これからは心の中でこれで呼ぼう。
早いな、と小さく、考えるように言うと、テルは身をきっちりと起こす。
「……おじさま、私たちがお連しますので、と申し上げませんでした?」
そう、半ばぼやくように言いながら、台車から降りていった。
なんとなく、少し高さがあるので飛び降りるのかと思っていたが、ゆっくりと足を伸ばして降りていた。
なるほど。自分の品と、相手の品の差は明らからしい。
それを見てか、ある程度近づいてから、集団の動きが止まった。
(ちなみに、先頭の小さめな馬車以外、歩いてきていた)
ここは、道自体が狭いため、あまり大きな乗り物では、コツ無しで進めないのだ。足元も舗装されているわけではない。
馬車の窓からまっすぐにこちらを見据えている先頭の人物が、にやりと口を開いた。
ちなみに、この方々は、面をつけていない。どこかの制服なのか、紺色のきちっとしたボタンのある服を着ている。
「それは聞いていたが、遅かったのでなあ?」
おじさま、というのは、ちょび髭、八と二に左右で分けた髪型のグレーがかった茶髪男だった。
体格は品が良さそうに、スラッとしていて、わー、足の長さで負けたっ……と、キギは軽いショックを受けていた。
そして、誰かわからない人が増えていくことに、笑うしかないのかと考える。
ぶっちゃけた話、キギはおばさんのことさえも、よくわかっていない。
あの人も、常に、どこかに(町ではあると思うが)出ている人なのだ。
「少し、不馴れな道なので」
テルは平然を装うみたいな声音で言いながら、懐に手を入れている。物騒なものを仕込んでいるのだろうか。
ちなみに、髪を切った刀は、箱の中(どれだったかは忘れた)に仕舞われていた。
「……ははは。うまく潜り込んでいたな。優秀な部下がいなければ、うっかりこのまま、貴重な商品を手渡してしまうところだったよ」
「あら、バレていましたか」
テルが悪びれずに言う。
声音から判断する限りでは、少し不機嫌ぎみだ。
キギは、商品扱いされたのが自分なのだとは、一瞬、気付かなかった。
「…………えっ……ああ!? しょーひんってなんだよっ!」
昔、何か子役をさせられた舞台上で、突然台本のセリフを忘れたときみたいに硬直し、1テンポほど遅れてからきゃいきゃい吠える。しかし、もう誰も構ってくれなかった。
すでに、一人は車の角度を上げて《さあ、いつでも走れますぜ》体勢を作ろうとしているし、もう一人はこれがいいかあれがいいかと、ふところをがさがさしている。
武器を探しているのだろうか。というか本当に何を入れてるんだ。
にやりとちょび髭の口が動いた。
「やれ」
……の、二文字で、一斉に動き出す一方ともう一方。つまり、前方と後方。
前方は前に。
後方は残念ながら、後ろが深い森なのでそう、はいはいと進めなかった。車の構造的にも、バック運転は大変そうだ。
『指示は短く明確に、だ』
昔熟読した本の中で、勇者様――の、敵の大司祭様がそんなことを言っていた気がする。
……っていけない、今思い出している場合じゃないだろう。
えーと、どうしよう。
に、逃げるが勝ちってやつじゃないか……これ。
キギがそう、二人に告げようとしたとき、テルがキギの前に立った。
それから、ふところを探るのをやめた。ようやくアイテムを取り出す……かと思いきやその手には何もなかった。
テルは、その手を上に突き上げた。
……降参?
いや、降参も何もまだ――考えていると突然、テルのアルトくらいの声が「……いいぞ!」と叫んだ。
いや、何がだろう。
一瞬、くぐもった声みたいな間が感じられたが、なんだったのかはわからない。
じゃあ、さっきまで一生懸命探してたのは何だったんだろう。
……まさか、あの刀とか、言わないよね。
あれは、ちゃんと、箱にしまってたし。
でも、どの箱だったかな。……あ、思い出したぞ。
果物を取ってくれたときに、その近くの箱にテルが詰めたんだ。
たしか、手がふさがるーとか言って。
なんだなんだと思う間はなく車、というか、スタンバイしていた猫耳さん(ももひきさんだったかな)が走り出す。
(というか……もう、名前を聞きたい。人を覚えるのは、ただでさえ苦手なのだ)
――とにもかくにも、すごい勢いで走り出した台車に、びっくりして、ヒエエエエ、としか言えないキギに、テルさんはいいんですか! などと聞く暇などなかった。
とりあえず、後ろから、呆気に取られた声が響いていたのはわかった。
ギリギリに車ひとつの幅がある狭い道なので、どちらかが譲らないと衝突しかねない。だが、家が建つあたりから少し先までは若干敷地面積が広がる。つまり、テルがその辺りまで引き寄せたため、幅にやや余裕が出来たので、なんとか追い抜けたのだろう。
……というか、これは、本当に人類の走りなのだろうか。いや、人間はこんな速さで走れるのだろうか。
靴は燃えないの?
いや、裸足?
ここ足場あんまりよくないし、足に怪我とかしてたらどうしよう。
あ、消毒持ってくれば良かった。
今日は咄嗟に飛び出たからなー。
何もないや。あ、ポケットになら、何かあっかな。