表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

荷馬車でごとごと

台車?(で、いいのだろうか)に、適当に乗せられると、やはり体格良さそうな人(噂では、猫耳と髭眼鏡着用? でおやすみなさるという)が、それを引いて歩き出した。


もう一人の方は、華奢にしか見えないと思っていたら、やはり隣に座った。キギから見れば、左側だ。


そして右の膝を立てて、どこか気だるそうにする。顔をそむけられてしまった。……睡眠不足なのだろうか。ところで、車を引く人物は、握力もだが、すごい体力のようだった。

ついつい、感心と感激と、多大なる不安とが入り交じった目で見つめてしまう。

(不安については、自分の行く先がわからないことだ。誰に聞いても答えてもらえないままだ)


筋肉について詳しくないために、少々どう言ったものかに悩むが、とにかく、なんともたくましい肉付きをしていた。

……どう鍛えればこうなるのだろう。


好きだった王道の勇者の物語の挿し絵を思い出す。


盛りに盛られたという感じの、たくましい勇者の腕は、冒険がいかに壮絶かを物語って……あ、そうだ。思えば、昔、姫様よりも勇者様に憧れていたな。

というところまでぼんやり浮かべてから、現実を把握するために意識を呼び起こした。



(声からすると)彼? は、凄まじい勢いで走ることも出来そうに見えてくるが、猛スピードで走られたらそれこそ窒息死か転落死しそうなので、良かったと内心で、ちょっと思う。



「いやー、やけにあっさり、別れが訪れたものだなあ」


しみじみ語ってみた。

誰も反応してくれなかった。


カタカタと石が鳴ったのがやけに響いた。


そういえば、車自体は、丈夫なのか、どんな作りなのか、あまり、想像していたような音がしない。キイ、とか、ギギギ、とか。


――とりあえず。

誰が聞いていなくても、聞いていても、構わないので、自分を落ち着かせようと、ひたすら、ぺらぺらとくだらない実況をすることにした。

……すでに落ち着いていない。


ゆれるーとか、うお、ゆれた、とか。

荷馬車ごとごと~みたいな歌まで歌うのはさすがにやめた。


しばらくすると、半ば、自棄、みたいな気持ちになってきた。

疲れと苛立ちと焦りと……それに、ほんのちょっとのわくわくで。


喜べばいいのか泣けばいいのかわからないとなると、苦笑いしてしまう。

わずかな間のやりとりだったはずなのに、なぜか、かなり疲れたみたいだ。


突如、台車を引く男に、何をにやけているのかと聞かれてしまった。

疲れると笑い出しちゃうんです、なんて言えばドン引かれるなあと思って、唇を噛む。ピリッと痛んだ。

うわ痛い。痛い。結構痛い。やりすぎた。


少し舌を出して舐めてみると、血であろう、酸っぱいような甘いようなものの味を感じた。


渇きはじめた喉を潤してくれはしないけれど、慰め程度にはなるんだろうか。


それにしても、これは、拉致なのだろうか。市場に出されたらどうしよう。

さばかれて均等に分けられる……

わけじゃ、ないよね。



「いや別に、別れの言葉とか、こう、餞別? とか、期待してたわけではないけどさ……母さんすごい嬉しそうだったなあ。あー」


「あの方は、母ではないのでは?」


ふと、反応があった。ちょっと嬉しい。


「えっと……育ての母だよ」


髪を切った本人が、面のままこちらを向いた。後ろにある積まれた荷物(ほとんどが箱)の中から、一番手前の、カーキ色リュックみたいなものを引き寄せ、適当に丸い果物を出して渡してくれた。


あ、そういえば。

さっきの光景を思い出す。なんだか頭が追い付かない。

この地方で、髪を切らせるのがどういうことか、わかっているのだろうか。

――あれ?

自分に跳ね返って響く言葉だと、キギは、今更のように悟った。


「どういうことなんだ!」

興奮して呼吸困難になりそうだったキギが落ち着くと(袋がないからと、隣の人物が、マントを渡してくれたりした)

赤い果物をかじりながら、隣の人物が、ようやく、簡単に話をしてくれた。

キギは、果物をかじりながら聞いていた。



「……リンゴかと思ったけれど、どちらかというと、無花果(イチジク)に近い味だ」


なんだろうこれ。

水分が多いぞ。

すごくおいしい。

自業自得で酸味が染みるけど。

うっかり口から出てこないように、しっかり飲み込んでから、先ほど聞いた内容のおさらいで口を開く。


「……ひとつめー、ずいぶん昔に、本当の母さんに婚約が決められていたー」


淡々とふざけて喋るキギに、隣の人物が頷いた。


「そうだ」


「ふったつめー。えっと、その母さんが事情があって、私をその日まで、安全に保管すべく、遠くの町の、人気のない場所、つまりここに送っていたと」


「保管……いや、あ、ああ」

またしても、頷いてもらったのは隣の人物(……と表現するのが、そろそろ少し面倒になってきた。名前を聞いてもいいものなんだろうか)だ。


にしても、よくあるような無いような。でも、なんだかどこかで聞いたような話だ。

自分に起こるとは思いもよらなかったが。


「それで、あなたがたは、私の迎えに、ということ……」


「ああ」


「…………えっと、それで、その、相手が」


「…………」


黙られてしまった。

えっと、待って、どうしよう。


照れているのか、嫌がっているのか、絶望しているのかは、どうも面のせいで、わからない。痒くならないのかな。


とりあえずなんとか話を繋いでみることにした。


「……ほっ、本来なら、その相手本人が刃を持つとされていて、ただし、代理を立てる場合もあったような気がするけど……」


「代理じゃ、ない」


即答されてしまった。


……こちらとしてはどういう反応をすべきだろうか。不自然に目をおよがせていると、いつの間にか車が止まっていた。


景色はひたすらの林。

まだ、全く、ふもととは言えない。

町に降りるのだろうと漠然と考えていたが、違うんだろうか。


(……いや、待てよ)


耳をすますと、ようやく、そのわけがわかった。



何か聞こえる。

と、思っているともう視界に入るようになってきた。町から来たのだろう、前方から、何かすごい勢いでやってくる集団がいる。


「な、なに、次は。敵?」


「……もう、来たのか」


「テル……お前が来たのばれてんじゃないか」


車を引く人物がちらりと振り返った。


「……ああ」


隣の人物が返事をした。

疲れているような声だ。

テルというのか。これからは心の中でこれで呼ぼう。

早いな、と小さく、考えるように言うと、テルは身をきっちりと起こす。


「……おじさま、私たちがお連しますので、と申し上げませんでした?」


そう、半ばぼやくように言いながら、台車から降りていった。

なんとなく、少し高さがあるので飛び降りるのかと思っていたが、ゆっくりと足を伸ばして降りていた。



なるほど。自分の品と、相手の品の差は明らからしい。


それを見てか、ある程度近づいてから、集団の動きが止まった。

(ちなみに、先頭の小さめな馬車以外、歩いてきていた)

ここは、道自体が狭いため、あまり大きな乗り物では、コツ無しで進めないのだ。足元も舗装されているわけではない。


馬車の窓からまっすぐにこちらを見据えている先頭の人物が、にやりと口を開いた。

ちなみに、この方々は、面をつけていない。どこかの制服なのか、紺色のきちっとしたボタンのある服を着ている。


「それは聞いていたが、遅かったのでなあ?」


おじさま、というのは、ちょび髭、八と二に左右で分けた髪型のグレーがかった茶髪男だった。

体格は品が良さそうに、スラッとしていて、わー、足の長さで負けたっ……と、キギは軽いショックを受けていた。


そして、誰かわからない人が増えていくことに、笑うしかないのかと考える。


ぶっちゃけた話、キギはおばさんのことさえも、よくわかっていない。

あの人も、常に、どこかに(町ではあると思うが)出ている人なのだ。


「少し、不馴れな道なので」


テルは平然を装うみたいな声音で言いながら、懐に手を入れている。物騒なものを仕込んでいるのだろうか。


ちなみに、髪を切った刀は、箱の中(どれだったかは忘れた)に仕舞われていた。


「……ははは。うまく潜り込んでいたな。優秀な部下がいなければ、うっかりこのまま、貴重な商品を手渡してしまうところだったよ」

「あら、バレていましたか」

テルが悪びれずに言う。

声音から判断する限りでは、少し不機嫌ぎみだ。


キギは、商品扱いされたのが自分なのだとは、一瞬、気付かなかった。


「…………えっ……ああ!? しょーひんってなんだよっ!」


昔、何か子役をさせられた舞台上で、突然台本のセリフを忘れたときみたいに硬直し、1テンポほど遅れてからきゃいきゃい吠える。しかし、もう誰も構ってくれなかった。


すでに、一人は車の角度を上げて《さあ、いつでも走れますぜ》体勢を作ろうとしているし、もう一人はこれがいいかあれがいいかと、ふところをがさがさしている。

武器を探しているのだろうか。というか本当に何を入れてるんだ。



にやりとちょび髭の口が動いた。


「やれ」


……の、二文字で、一斉に動き出す一方ともう一方。つまり、前方と後方。

前方は前に。

後方は残念ながら、後ろが深い森なのでそう、はいはいと進めなかった。車の構造的にも、バック運転は大変そうだ。



『指示は短く明確に、だ』


昔熟読した本の中で、勇者様――の、敵の大司祭様がそんなことを言っていた気がする。

……っていけない、今思い出している場合じゃないだろう。

えーと、どうしよう。

に、逃げるが勝ちってやつじゃないか……これ。

キギがそう、二人に告げようとしたとき、テルがキギの前に立った。


それから、ふところを探るのをやめた。ようやくアイテムを取り出す……かと思いきやその手には何もなかった。

テルは、その手を上に突き上げた。


……降参?

いや、降参も何もまだ――考えていると突然、テルのアルトくらいの声が「……いいぞ!」と叫んだ。



いや、何がだろう。

一瞬、くぐもった声みたいな間が感じられたが、なんだったのかはわからない。


じゃあ、さっきまで一生懸命探してたのは何だったんだろう。

……まさか、あの刀とか、言わないよね。

あれは、ちゃんと、箱にしまってたし。

でも、どの箱だったかな。……あ、思い出したぞ。


果物を取ってくれたときに、その近くの箱にテルが詰めたんだ。


たしか、手がふさがるーとか言って。


なんだなんだと思う間はなく車、というか、スタンバイしていた猫耳さん(ももひきさんだったかな)が走り出す。


(というか……もう、名前を聞きたい。人を覚えるのは、ただでさえ苦手なのだ)



――とにもかくにも、すごい勢いで走り出した台車に、びっくりして、ヒエエエエ、としか言えないキギに、テルさんはいいんですか! などと聞く暇などなかった。

とりあえず、後ろから、呆気に取られた声が響いていたのはわかった。



ギリギリに車ひとつの幅がある狭い道なので、どちらかが譲らないと衝突しかねない。だが、家が建つあたりから少し先までは若干敷地面積が広がる。つまり、テルがその辺りまで引き寄せたため、幅にやや余裕が出来たので、なんとか追い抜けたのだろう。


……というか、これは、本当に人類の走りなのだろうか。いや、人間はこんな速さで走れるのだろうか。

靴は燃えないの?

いや、裸足?

ここ足場あんまりよくないし、足に怪我とかしてたらどうしよう。

あ、消毒持ってくれば良かった。

今日は咄嗟に飛び出たからなー。


何もないや。あ、ポケットになら、何かあっかな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ