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暇つぶしのラジオ

作者: 犬のごはん

 

 宇宙人の存在が確認されたのが去年の冬の話で、人類が降伏したのが今年の春の話。

 それから夏が過ぎて秋になった今、私たちはマスクをして生活していた。

 文明の破壊はともかく、余計な病原までばらまいたのは多分ただの嫌がらせだろう。

 ソーシャルディスタンスというやつで、手をつなぐのもままならない毎日に刺激なんてあるわけもなく。

 せっかくのデート中だというのに、打ち上げられた漁船の残骸が折り重なる海に配給食の味気なさを思い、私の頭の中はハンバーグでいっぱいだった。


「今日も退屈だね」


 とりとめのない思考をぶった切ったケイの声に振り返ると、彼は潮風に錆びついた鉄骨を伸ばすコンクリートの塊に腰かけ、今日もどこかで拾ってきたラジオを弄っているところだった。

 かつては海の見える高校だったここで私たちは出会い、同じ教室の中で不器用に距離を縮め、半年後にようやく付き合うことになった。

 そしてキスもいまだ成らずというのにマスク着用を余儀なくされ、自治体ごとに分けられた別々の避難所で暮らしている。

 退屈というより、ただのディストピアなのですが。


「ユイも機嫌悪いし」


 当たり前でしょ。

 大きな通信設備はとっくに壊され、ラジオどころかネットもなくなり、時刻はサイレンで知るようになった。

 髪はボサボサだし、避難所支給のダサい服でのデートにも慣れてしまった。

 それでも二人だけの大切な時間なのに、使えないラジオばかり構っている彼に機嫌ぐらい悪くなる。


「これ、オマージュだと思うんだ」


 マスクを摘まみながら言うケイに、意味がわからず「は?」とぞんざいな返事をしてしまった。

 だけど彼は、むしろ私が話題に食いついたとでも思ったのか嬉々として話し続ける。


「古いSFに、宇宙人が地球に攻めてきて、風邪のウイルスにやられて全滅するっていう話があるんだよ。その意趣返しだ。あいつらなかなか勉強してる。ユイはボイジャーって知ってる?」


 名前ぐらいは聞いたことあると答えた。

 ケイはいつもマイペースだ。私だけが不機嫌になっても何の得もない。


「地球人からのメッセージを歌い続ける宇宙探査機ボイジャーが、太陽系の外に出たのが十数年前。高周波の飛びかう外宇宙に地球の帯域電波を発する機器が侵入した。それがもしかして宇宙に住む人か乗り物に風邪をひかせてしまったのかもしれないね」


 もしかしてだけど、とケイは付け加える。


「あいつらが徹底的に通信設備を破壊したのも感染源だったからとか。なんて考える暇人が他にもいるかも知れないと思って」


 あいかわらず彼の言うことは意味不明だ。知識は豊富だが独特の使い方しかしないので、いわゆる「変なやつ」と言われがちな男子だった。

 私には、そういうところが魅力的に見えた。だから告白したのも私からなんだけど、それからも彼はずっと「変なやつ」で、いまだに何を考えているのかわからない。

 彼は私とのデートを「退屈」だと言い、ガラクタで遊んでいる。

 自分の告白が間違いだったなんて思いたくなかった。こんな状況だから多少すれ違うのはしかたない。つまらないデートなのは同意だし。

 でも、もしも今の生活がこれからも続いて、どんどんと心に降り積もる小さな不満や退屈すら共有できないなら、この恋はいずれ私だけを押しつぶす。 

 いっそ決断すべき時なのかもしれない。自分勝手な苛立ちでケイを傷つけてしまう前に。

 そのとき、急にラジオから男の声が聞こえてきて心臓が飛び跳ねる。


『うぇーい! 聴いてるヤツいる? っているわけねぇか?』

『まあ誰も聴いてなくてもいいよ。俺のラジオが聴取率低いのも昔からだ。退屈に飽きた地球と宇宙のキッズども。おまえたちのリクエストも、聞かなくてもわかってる』

『限界なんだろ? つまらねぇ毎日をぶっ壊したいんだろ? オーケー、見上げな。俺のアンテナが火を吹くぜ』


 ラジオは軽快にしゃべり続ける。呆然とそのスピーカーを眺めていると、ケイが立ち上がって海に近づく。

 彼が指さす遙か海の上。暗い雲の底を抜いて、巨大な銀色の包み焼きハンバーグみたいな機体が傾いて現れ、ゆっくりと重力に敗北していく。

 あぁ。

 なんて爽快な光景なんだろう。

 もちろん、この程度で人類の勝利なんてない。きっとこのゲリラ放送もすぐ止められる。明日からは、もっと厳しい毎日が待っているかもしれない。

 それでも、水飛沫を上げて真っ二つに折れる宇宙船の姿は感動的だった。


「ぶっ壊せぇぇ!」


 ケイが海に向かって叫んだ。

 怒っているのか泣いているのか、あるいは喜んでいるのか。

 複雑な熱意が混ざった、見たことのない彼の表情に息を呑んだ。


「そいつらみんなぶっ壊せっ。ぶっ壊してくれよぉ!」


 私もケイの隣に並んで、どこの誰とも知らないDJへのリクエストを、お腹の底から叫ぶ。


「退屈を、ぶっつぶしてラジオぉぉ!」


 音の悪いスピーカーから、数年前のヒットソングが流れ出す。

 宇宙船は次々と落ちていく。私たちは手を繋いで歌って踊ってる。

 今日は、最高のデートをした。

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