表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神風VS  作者: 梶野カメムシ
【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬
98/98

【番外】ドラッグ・レース・クイーン 其の五



 結果から述べると、三人は余裕をもって《神風天覧試合》に間に合った。

 復路に安全運転を望む洋に反し、往路超えの最速を求めたのは、意外にも烏京だった。時間を惜しんだ洋が引き、暴走パトカーは再び夜の大阪に降臨した。

 往路ほどのトラブルはなく、復路は一分ばかり記録(タイム)を塗り替えた。「まさかのスピード狂」とは洋の弁だ。


 余談になるが、翌日、《UFOパトカー》なる噂がローカルSNS界隈を賑わせる。

 目撃情報は、「夜の道路を超スピードで走っていた」「信号が勝手に裏返った」「空を飛んだ」などなど。

 中には遠ざかるパトカーの背中を映した動画もあったが、あまりの速度にぶれがひどく、ナンバーや車体表記は確認できなかった。大阪府警への問い合わせは限定的で、噂は数日と待たず収まり、風化した。



「先に行け? 何でだよ」

 振り返った洋が、怪訝そうに烏京を見る。

 梅田第三ビル裏手、パトカーを置いた直後。《神風天覧試合》開始まで後九分。十分に間に合う時間だが、余裕はない。

「──野暮用だ」

「そりゃあ、一人でないとダメな用事か?」

「──その必要がある」

「ふぅん……わかった。早めに切り上げろよ。

 あとパトカーの礼(・・・・・・)は、おまえから頼むわ」

 大方察したのか、洋はそれ以上追及せず、蓮葉を連れて裏道を後にする。

 二人を見送り、烏京は羽織ったパーカーを脱いだ。下には黒装束を着込んでいる。脇に畳んだ袋袖を伸ばし、覆帯を喉から口元に巻けば、本来の松羽 烏京の出立(いでた)ちである。

「出て来い──時間がない」

 裏道の傍らに澱む闇に問うと、現れる影一つ。

 野暮ったいスーツを着た女である。年齢は二十代後半。中肉中背。豊かな胸の膨らみまで届く、たてがみのようなウルフカット。両耳にはカメオのピアス。個性の強いデザインで意匠が読みづらいが、烏京には見て取れる──《一対の死神》。

「何用でしょうか……松羽 烏京さま」

 山上 狼火が、慇懃な口調で尋ねた。

 畔の例に漏れぬ美貌だが、その目は夜の獣のように、胡乱な光を湛えている。

「──俺は生粋の殺し屋だ。

 どれだけ薄めようと殺意の質が読める──

 どこまで本気なのか──猛毒か否かまでな」

「何の話でしょう?」

「貴様の話だ──山上 狼火。

 先刻の電話に含まれた殺意は──致死量(・・・)だった。

 ──貴様は遠からず、畔 蓮葉を殺しに来る。

 あの豚はまだ、気付いてないようだがな──」

 《畔》と蓮葉の間に何があるのか、烏京は知らない。しかし《畔》からの接触を禁ずる理由は、およそ想像がついた。《畔》の中に敵がいるからだ。蓮葉を亡き者にしようという勢力が。

 蓮葉は《畔の最高傑作》である。単純な武力で首を取るのは畔と言えど至難だろう。ともに暮らす洋も、必ず妹に加勢する。現状での暗殺は不可能に近い。

 だからこそ、殺意は秘められ、濃縮する。

 そしていつか、主人の隙を狙い、カゴの鳥を襲う──何食わぬ顔で、どんな手段を講じてでも。

 それほどまでにドス黒い、怨念じみた殺意。

「……仮にもし、そうだとして」

 狼火の声が、底冷えして響く。

「それが烏京さまに、何のご関係が……?」

「──同盟だからな」

「……意外ですね。

 貴方は《松羽》以外では孤高を貫く一匹狼。

 それに同盟を組んで、まだ日も浅いはず」

「そのつもりだったが──《《少し面白くなってきた》》」

 覆帯の下で(わら)う。こんな心境は初めてだった。わずか数分の体験が、これほど己を変えようとは。

「──そういうわけだ。

 畔 蓮葉は殺させない──俺がいる限りな」

「まるで、女王(クイーン)を守る騎士の台詞ですね」

 飾り気のないポーチを持ち上げ、口づけするように顔を寄せる狼火。

 その唇がまくれ、白い牙を覗かせる。

「……山を降りたばかりの小烏(こがらす)が、吹き上がるな」

「俺の台詞だ──街で飼われる雌犬風情が」

 声音の変化に動じず、やり返す烏京。

 その刹那、(つが)えられた殺意が放たれた。

 まさに「殺到」。矢のように飛び込む狼火に、仰け反りながら烏京が反応する。

 喉元を切り裂く、狼火の手刀。

 無音で迎撃する《竈門(かまど)打ち》。

 火花を散らし、散開する両者。

 烏京の首が切り裂かれ、覆帯の端切れが舞った。

 けれど、口から血を垂らし、たたらを踏んだのは狼火の方だ。片方の牙が砕け折れている。交差の際に(つぶて)を撃ち込まれたのだ。

「これは警告だ──《神風候補》を舐めるな」

 残心を取りながら、意図して牙を狙ったことを言外に含める。さもなくば戦闘が継続しかねない。

 整った狼火の顔が怒りと屈辱に歪んでいる。まさに手負いの狼の形相だが、迂闊に飛びかかるほど愚かではない。

 その間を見計らい、烏京は引いた。狼火に背を向け歩き出す。追う気配はない。

 時間制限の中、上首尾だと思われた。

 烏京の覆帯は見た目に反して重い。防刃対策に細い鎖を編み込んであるからだ。それが容易に断たれている。畔の眷属は伊達ではない。

 何より、見切ったはずの手刀に掠られた。指先が瞬時に伸びた。あれは爪ではなく──

 

 裏道に残された狼火は、音もなく身を屈める。

 床に落ちた牙を拾い上げ、口に含む。

 力任せに噛み砕き、粉々にして嚥下する。

 怒りが(ほど)け、百合のような笑顔を取り戻す。

 そして再び、闇に消える──

 

 

 第三ビルの地下入り口には、まだ洋と蓮葉が立っていた。腹がすいたのか、蓮葉は土産に持たされた堂島ロールを咥えている。

「──何をやっている。間に合わんぞ」

「まだ二分あるさ」

「──先に行けと言ったはずだが」

「オレらの同盟のお披露目だぜ? 三人揃わなきゃよ」

 烏京はまじまじと洋を見た。

 皮肉の色はない。どうやら本気らしい。

「──待たせたな」

 洋に言ったつもりだが、蓮葉の堂島ロールが縦に動き、烏京を驚かせた。


「さあ、行こうぜ。

 《神風天覧試合》、蓮葉の初舞台だ」


 洋を先頭に、蓮葉と烏京が続き、第三ビルの階段を駆け下りた。




       【番外】ドラッグ・レース・クイーン 終



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ