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神風VS  作者: 梶野カメムシ
【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬
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【後幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の五



 《曽根崎地下通路》から階段を上がると、国道2号線の側道に出る。ここ梅田新道から北九州まで続く日本屈指の国道だが、周囲は驚くほど閑散としていた。

 時刻は午前三時。一般的な商店の営業時間外なのは当然だが、それを差し引いても梅田一等地にあるまじき薄暗さである。「コンビニの一つもない」という文殊の言葉に嘘はない。広い道路に面しながらシャッター街同然のうらぶれ具合は、再開発の進む梅田北側とは対照的という他にない。

 この現状は、国道に面する三つの《大阪駅前ビル》に起因する。1970年竣工の大型ビルは老朽化はげしく、解体計画もあったが関係業者がこれを拒否。以来、駅前ビルは昔ながらの営業を続けている。安くて美味い大阪らしい盛り場だが、テナント数は年々減少の一途。何より深夜営業が許されず、零時を過ぎると人足(ひとあし)が絶える。

 国道を超えて道一本奥まれば、歓楽街|《北新地》が不夜城の灯を掲げている。けれど、そこから流れてくる者もない。立ち寄る理由がないのだ。

 そんな、時間に取り残された場所の一角に、そのキャンピングカーは停められていた。


「これだ」「えっ、これ?」

 たつきが一見で見過ごしたのも無理はない。

 側道にぴたりと寄せて停車したそれは、一面に(つた)の絡んだ壁にしか見えなかったのだ。描かれた模様ではない。風にそよいで騒めく、本物の蔦の葉である。大型バスに近いサイズながら、不釣り合いに小さいタイヤを見落としたのも一因だった。

「へえ……けっこういいかも」

 雁那はキャンピングカーと言ったが、正しくはトレーラーハウスである。独立した車両が居住部(トレーラー)を牽引する形式で、とかく手狭なキャンピングカーに比べ、広い居住空間と改造(アレンジ)の容易さを特徴とする。仮説トイレや移動型屋台など、その用途は幅広い。

「でもちょっと、大きすぎない?」 

「こいつと暮らすのだからな」

 肩に座った少女が、巨漢の頭を叩いてみせる。乾いた音がしたのは、荒楠(あれくす)の被る骨兜のせいだ。大型獣の頭蓋骨を継ぎ合わせたようなそれは、巨漢の頭部をくまなく覆い、顔までもバイザー状の骨仮面の下に閉じ込めている。露わなのは顎から垂れる長い白髯と、目穴の奥に潜む一対の眼光のみだ。

「おじいちゃんのこと、『こいつ」』って呼ぶんだ」

「孫だと言った覚えはないぞ」

「じゃあ、どういう関係なの?」

「それはまだ言えないな……ほら、入口はここだ」 

 荒楠が車体後方、蔦の絡んだ壁に手を伸ばす。至極無造作に、力を入れた気配もなく、扉が開いた。ブチブチと千切れた(つる)が垂れ下がる。

「うわっ、大丈夫なの、この蔦」

「問題ない。一日経てば元に戻る」

「それはそれで面倒そうね」

「面倒だが、防犯の一助にはなる。

 荒楠が開ける分には、私の手間はないしな」

 タラップを引き出すと、荒楠に続いてたつきが車内に乗り込んだ。

「ふわあ……!」

 灯りが照らし出した車内に、たつきは思わず声を漏らした。

 入口すぐの廊下の先に、洋風のリビングが広がっている。ガラステーブルを囲む大きなソファ。車内とは思えないゆったりとした間取りで、天井も高い。荒楠に合わせた内装なのが一目で見て取れる。奥に置かれたベッドもキングサイズである。

 中でもたつきの目を惹いたのは、部屋中を彩る緑の観葉植物だった。サボテン、アロエ、その他名も知らぬ鉢植えの数々が、ところ狭しと並んでいる。外壁の蔦といい、ここの住人は余程植物が好きに違いない。

「海外ドラマで見たやつ!」

「気に入ったなら何よりだ。私の趣味ではないがな」

「あ、荒楠……さん(・・)の趣味なんだ。

 盆栽とかガーデニングとか好きなお年寄り、多いもんね。

 私も福井の山で暮らしてたから、自然大好き。

 大阪ってみどり少ないし、ちょっと羨ましいかも」 

「一つ持って行くか?」「いいの?」

 目を輝かせたたつきだが、雁那の背後で必死にかぶりを振る骨兜に気付き、やむなく輝度を下げる。

「あー、やっぱやめとく。

 植物でもペットみたいなもんかもだし」

「たくさんあるし、私は気にしないが」

「シャ、シャワー! 先にシャワー浴びたいかな!」

「ああ、そうだったな。こっちだ」

 表情はわからずとも明らかに緊張を解いた様子で、ソファに身を沈めた巨漢を置いて、二人は玄関前に引き返した。 突き当りの扉を開ければ洗面所。その奥がシャワールーム。トイレはセパレートらしい。

「使い方はわかるか?」「多分、大丈夫」

 先にシャワールームを開けたたつきは思わず上を見上げた。手の届かない高さにシャワーヘッドが架かっている。そしてもう一つ、こちらは手ごろな位置に。二人の共同生活が目に浮かぶ配置である。  

「キャンピングカーって、お湯の制限とかある?」

「ここは山奥じゃない。蓄えは十分ある。

 好きなだけ使うといい。ソープやシャンプーもな」

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 バッグから着替えを取り出すと、たつきは緋袴を脱ぎ始めた。シルシルと腰紐をほどき、まずは後ろ身頃、ついで前身頃を脱ぎ捨てる。くるぶしまである白衣も脱ぎ、慣れた手つきで畳みながら、ふと雁那の視線に気が付いた。

「なんか、変?」

「いや……下着は現代(いま)風なのだと思ってな」 

「あ、あったりまえでしょ! 時代劇じゃないんだから!」

「そういうものか。

 忍野などは日本古来の……そう、(ふんどし)を履いていそうだがな」

「あー、そうかもね……って、何想像してんのよっ!」

 紅潮しながら、たつきがわめいた。

「あんた、ぜったい十代じゃないでしょ!」

「十代を名乗った覚えはない」

「幾つなのよ?」

「女の歳は訊かないのが、日本の礼儀だろう?」

「それは男相手の場合!」

「では黙秘させてもらう。

 好きな年齢を想定すればいい。敬意も求めない。

 もっとも、《神風》候補は敬語とは無縁のようだがな」

「ふうん……ま、いいけどさ。

 それじゃお風呂入るから、出てってよね」

 


 浴室を叩く水音が響く中、雁那は音もなく洗面所の扉を開けた。

 シャワールームの扉はガラス張りでなく、双方の様子は見えない。

 忍び足で雁那が近づいたのは、たつきが用意した着替えだった。可愛らしい下着の傍にスマートフォンが置かれている。候補者に配られた専用端末|《耳袋》ではない。たつき個人のスマホである。

 自身もスマホを取り出し、有線でたつきのそれと接続する。

 二つの画面に殺伐としたフォントが流れ始めた。鏡のような翠眼が、無言でそれを追う。迷いも躊躇いもない酷薄な視線。たつきとくだらない話をしていた少女とは、まるで別の女がそこにいた。

 ──先週の尾行は、失敗だった。

 京都御所からの帰路を、闇バイトで集めた人員に追わせたが、揃って大阪駅で見失った。巻かれたかどうかは不明だが、素人では《神風》候補を尾けることは難しいとわかった。とはいえ、プロを雇うには資金が心許ない。この国にツテがあるでもない。

 ならばと即席でこしらえたのが、この作戦だった。

 武人は甘い。日本人は甘い。日本の競技者はまるで砂糖漬けだ。

 軍人と競技者の最大の違いはそこだと雁那は考える。

 規模の大小を問わず、戦争(・・)をするのが軍人である。例えば諜報。情報収集。戦略。戦う前に可能な限りの準備を尽くし、あらゆる手段をもって敵を排除する。そこに綺麗も汚いもない。勝つか負けるかが全てである。

 対して、競技者は勝利の形にこだわる。平等で納得のいく勝利が目的であり、それ以外は卑怯と断ずる。諜報に重きを置かず、準備を軽視する。総じて戦闘を捉える視野が狭く、土俵(・・)の外に興味を持たない。

 とはいえ、《神風》候補──その背景である《道々の(ともがら)》は、流石に違った。日本の暗部を束ねる《畔》や《八百万》、暗殺特化の《松羽》の組織には、その手の脇の甘さがない。彼らから情報を掠め取るのは骨だろう。《魚々島》は典型的な競技者だが、《畔》がバックについている。

 その中で唯一、甘すぎるほどに甘いのが、宮山(みやま) たつきだった。

 日本の武人と比べてさえ桁違いに甘い。まるでそこらの女子高生のように。

 背後の《大蟲神社》は謎だが、所詮無名だ。

 ──だからこんな風に(・・・・・・・・)簡単に罠にはまる(・・・・・・・・)

 たつき個人の強さは疑わない。忍野の選抜に狂いがないことは、今夜も証明された。今ここでたつきの《耳袋》を探し出し、奪う──という手段に出ないのはそれが理由だ。

 参加資格でもある《耳袋》を奪えば、たつきを失格には出来る。しかしその後、彼女がどう動くかはまるで予想できない。もし浪馬クラスの実力を持ち、自分と荒楠を付け狙うようになれば、状況は確実に悪化する。荒楠のアキレス腱は自分だからだ。

 何より、自分たちには組織(バック)がない。

 躊躇う余地もない──この国に味方は(・・・・・・・)誰一人いないのだ(・・・・・・・・)

「……何してんの?」

 不意に届いた声に、雁那は心臓を握り潰された。

 気取られるとは思わなかった。流石は《神風》候補だ。

 鉄の味の息を呑み、つとめて冷静に声を出す。

「──バスタオルを出し忘れてな。

 熊のプリントのやつだ。好きに使ってくれ」

「ありがとー!」


 無邪気に喜ぶたつきの声に背を向け、雁那はスマホからコードを抜いた。   

 乗っ取り完了──電子諜報(シギント)の橋頭堡は築かれた。



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