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神風VS  作者: 梶野カメムシ
【序幕】ー海と山とー
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【序幕】魚々島 洋、畔 蓮葉と会遇する




 夢洲ゆめしまは、大阪港に浮かぶ人工島である。

 府政改革の勢い止まらぬ中、大阪万博、およびカジノ・IR構想の拠点として、その名は一躍知られるようになった。

 行き交う貨物船の頭上を渡る長大な橋と、海底トンネルしか交通手段のない辺鄙な島だが、祭りの日に備え、線路を延伸する計画も進行している。大阪に夢を託された地、それが夢洲なのである。

 ただし──それは未来における話だ。

 現時点での夢洲は、あらゆる意味で不毛地帯ノーマンズランドと呼ぶべき場所だ。大阪の負の遺産として長らく放置され、唯一あるコンビニと物流センターを除けば住人は存在しない。

 夜ともなれば半グレや暴走族、その他あらゆるダークサイドの住人たちが集会や取引に興じるが、島には交番すらなく、事実上の《無法地帯》だ。総工費六百三十五億円の夢舞大橋は、何故か歩行者の利用が禁止されており、この島に足を踏み入れるのは、物流業者と釣り人を除けば、ほぼ不審者と言って過言ではない。悪党の楽園──それが夢洲の現実なのである。



 そんな夢洲の一角。

 波止場に臨むコンテナ街にて、集団と個人が対峙している。

 集団は十人ばかり。どの顔も若く、獰猛な愉悦を浮かべている。照明に乏しい夢洲の夜にあって、異常な体格のよさが目立つ。加えて、対岸の灯に浮かび上がるナイフ、山刀マチェット、金属バット。先頭の男のみ徒手空拳だが、唯一人背広姿で、誰よりも剣呑な雰囲気を漂わせている。

 対する個人は、丸々と肥えた小男だ。上下色違いのジャージをサスペンダーで吊った様子は、ハンプティ・ダンプティかカプセルトイか。顔立ちは凡庸だが、その目は少年のように炯々と輝いている。年の頃は二十代。こちらも両手は空だ。

「《ガスタの鬼デブ》ってのは、おまえか?」

 波の音を遮り、口を開いたのは背広の方だ。

 小男が苦笑交じりに応じる。

「そのあだ名、カッコ悪ぃからやめてくれ。

 オレは魚々島ととじま よう。確かにガソリンスタンド(ガスタ)ねぐら(・・・)にしてるけどよ」

「《審判邪眼ジャッジメントアイズ》を一人で潰したってのも、おまえだな?」 

「一年前、大阪こっちに越して来た時にな。

 新居ガスタからネズミを追っ払っただけだが……だよなぁ?」

 不意に話を振られた、集団の一部が殺気立つ。洋の覚えに間違いがなければ、何人かは潰した暴走族の元メンバーだ。族から半グレに転職したようだが、恨みは忘れていないらしい。

「いつまで舐めたクチきいてんだ、《鬼デブ》。

 おまえがどんだけ強いか知らねーが、妹を拉致ったのはハッタリじゃねーぞ?」

 背広の声に呼応して、スモーク仕様のミニバンから一人の女が連れ出された。

 女の伏せた瞼を一瞥する洋。余裕の顔は色褪せず、むしろニヤリと笑う始末だ。

「知らねぇ顔だな。誰だよそいつ」

「何だと?」

 血相を変えたのは背広の方だ。もはや獰猛さを隠そうともせず、青筋を浮かべ半グレを詰問する。

「いやアニキ、嘘やないですよ。この女、確かに言うてたんス。

 魚々島 洋を探しに来たて。実の兄貴やて」

「オレは五年前から天涯孤独だよ。死んだ兄貴が最後の肉親だっての。

 どっから妹が生えてくるんだよ」

 半グレの抗弁を無慈悲に遮り、洋は改めて拉致された女を見やる。

 薄闇で(ほの)光る白い肌。半グレたちに比する長身に、細く長い手足はモデルのよう。伏せた睫毛は黒く長く、帳のように垂れた長髪も同じ色。靴は片方なく、白い靴下のみ。ビニルテープで後ろ手に縛られ、突き出された豊かな双丘は、ブレザーの制服にそぐわないほどだ。まさに男の欲望、女の夢を具現化したような美女──

 洋は改めて結論する。間違いない。面識すらない他人だ。

 発言は真偽不明だが、この女を忘れる男はいないだろう。

「それじゃあ何で、のこのこ呼び出されて来た?」

「オレの方で用があったからさ、名越栄一さん。

 半グレの頭を卒業して、足高組の杯受けたんだろ? 

 おめっとさん。プレゼントされた拳銃チャカは持ってきたよな?」

「なんで知ってる」

「情報筋くらいオレにもあるさ。

 後ろのごっつい連中は《鉄板》崩れ。アメ村で昔やってた地下闘技場の残党だ。

 残りは《審判邪眼ジャッジメントアイズ》だっけか。頭数は十分かな」

 背広の男、名越が眉を顰める。

「意味が分からねえ。てめぇ、何が目的なんだ」

「あんたの目的なら想像つくぜ。

 舎弟のお礼参りついでに悪名高い《鬼デブ》を潰し、組で名を上げたい──

 そんなとこか?」

「オレの質問に答えろ!」

「《練習相手》だよ。あんたの銃が必要なんだ」

 臆面ない笑み。

 その言葉が冗談でないことを理解するのに、名越は一拍の時間を必要とした。

「頭イカれてんのか、てめぇ? 

 目の前の人数も数えられねぇのか。銃なんざ使うまでもねーぞ!」

「人質用意する奴の台詞じゃねぇだろそれ。

 いいから出せって。お互い無駄足は御免だろ?」

 洋は鼻頭を擦った。春先にしては冷える夜だ。

 さっさと火蓋を切りたいところだが、捕まった女が気にならないといえば嘘になる。嘘偽りなく覚えのない相手だが、何らかの関係者の可能性はある。女を救い出し、問いただしたいのが本音だ。

 とはいえ、それを悟られれば、女は人質の価値を取り戻す。拳銃持ちと武装集団から女を奪い返すのはそれなりに骨だ。美女過ぎるとは思うが、名越の用意した商売女である可能性も消せない。ここでヒーローを気取るのは早計だろう。

 背後から女を捉えた男が、例の族の残党であることに洋は気が付いた。さかりのついた顔には、味見(・・)はまだだと書かれている。睨み合いに飽きたか、洋を煽るつもりなのか、男の手がブレザーの胸元を探り、無遠慮にまさぐり始めた。

 雄の本能に根ざした複数の視線が一点に集まる。洋もその一人だが目的は別だ。薄情は覚悟で、女の反応を追う。救出の判断は、それを見て決める腹づもりだ。

 豊かな胸に沈み込む指先。それに応じて女が顎をもたげた。

 嫌がる様子はない。白磁のような首を捻り、男の顔に頬を寄せ──口づけした(・・・・・)





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