異次元(3)
狐火鉢
木の看板に書きなぐった文字だけでは何の店か見当が付かない。
カランカラン、沙玖耶が狐火鉢の戸を開く。
戸を開いた瞬間珈琲の良い香りが漏れ出しここが喫茶店である事を知らせる。
「いらっしゃいませ。」
若い男の店員が元気よく私達に声をかける。
「あらお姉ちゃんったらいつの間にこんな若い子連れ込んで」
「人聞きの悪いこと言わないで、沙玖耶。」
店の奥から聞こえる声に顔を向けるとそこには絶世の美女がいた。沙玖耶さんも美しいが、沙玖耶さんとは違う美しさだった。
「久しぶり、姉さん。」
「久しぶり沙玖耶、1年ぶり位かしら。」
「・・・10年ぶりよ。」
「そっかぁ、こっちの世界とは時間の流れが違うからね。」
2人の噛み合わない話が噛み合ったようだ。
俺には分からないが。
「そちらのお兄さんは?」
「初めまして、沙玖耶さんと一緒に仕事している柊 波瑠といいます。」
人間相手であれば霊媒師と名乗ってもいいが、この人も妖怪だ。霊媒師と名乗って気を損ねられても困る。
「初めまして。私は椿、この子は純くん。
純くん、この人は私の妹の沙玖耶よ。」
軽く全員の紹介が終わった所で純くんが珈琲を出してくれた。
普段山奥で缶コーヒーしか飲まない俺は何年ぶりかに豆から煎れた珈琲を飲んで感動した。
「美味い。やっぱり缶コーヒーと違って珈琲豆の苦みも香りもいい。」
「ありがとうございます。」
純くんがニッコリ微笑む。
歳は20歳に満たないかもしれないその笑顔に俺は癒された。
「さて、そろそろ本題を聞きたいね。」
椿さんが沙玖耶さんに問いた。
「では早速、怪異事件の調査をしているの、
時貞さんと連絡を取りたいんだけど。」
「連絡は取れるけど扉を開くなら高いわよ。」
「大丈夫。今回の依頼者なら十分用意できるだろうし、ある程度前金でも貰っているから。」
「そう。なら連絡してあげる。」
そう言うと椿さんは奥へと消えていった。
「よかったですね。俺も時貞さんと会うのは半年ぶりくらいです。」
以前会ったのは俺が沙玖耶さんの寺にお世話になって間もない時だった。
酒を片手に現れた気さくなおじさん。そんな印象だ。その日は3人で飲み明かしたが俺が起きた時には時貞さんは居なかった。
「そうね。あの日は楽しかったわ。いいお酒もあったし。」
そういえば時貞さんが持ってきた酒は天女が作った酒だと豪語していたが、本当か嘘かは分からない。生産地を見ると桃源郷と書かれていたが。この人達に人間界の常識など通用しないのだ。しかし今まで飲んだ酒の中で1番美味かったのは確かだった。