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狐火鉢  作者: 柊 椿
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神隠し

1人の少女が狐火鉢の戸を開ける。

歳は10歳くらいだろうか。

美少女と言っても誰も否定しないであろうその容姿とは裏腹にその表情は無表情だった。

容姿を完璧に作られた人形の様な様に俺は言葉を失いかけたが我に返りいらっしゃいませと声をかける。

少女はカウンターに座りメニューのオレンジジュースを指差す。

俺は冷蔵庫からパックのオレンジジュースを出しコップに注ぎ少女に差し出す。

もしかしたら楓さんの知り合いかもしれないが今は楓さんは出かけていて居ない。

俺と少女の間に沈黙が続いた。

なぜなら相手は可愛い少女の姿をしているが、神様かもしれないし化物かもしれない、下手な動きが出来ないのだ。


「1人かい?」


俺は何て馬鹿な質問をしたのだろう。

あまりの沈黙に耐えきれず出た言葉がこれか?

自分で自分を殴りたくなった。

この店は普通の店では無いのだ、この少女だって少女の皮を被った化物かもしれないのだ。


少女は首を振り答えた。

「気付いたら店の前にいて綺麗なお姉さんに中で何か飲んで待っててって言われた。」


綺麗なお姉さんとは楓さんの事だろう。


俺は店の戸を開け外を覗いて見た。


やはり楓さんがいた。お気に入りの煙管を口に咥え煙を灰色の空へ吹き出す。

灰がかった空がさらに暗く見えた。


「時代かなぁ。子供の前じゃ煙草の1本も吸えやしない。」


「僕も喫煙者じゃ無いですよ。」


「あはは、君は特別さ。」


「それよりあの子は?」


「ちょっとお迎えを待ってるだけだよ。」


「え?じゃああの子は亡くなっているんですか?」


「説明すると長いけど、君には説明しとかないとね。これから話す話を理解しろとは言わない、でも何か手を差し伸べようとか、助けようとかしちゃダメだ。

そういうものなのだと理解して欲しい。」


「なんですか?あらたまって」


「君は人間だからね、感情に流されるのは至って自然な事だが、ここは本来人の居るべき場所では無いんだよ、人の世界では私達が異形であるように、ここでは君が異形な存在なんだよ。」


楓さんにしては前置きが長い、それほどまでに注意すべき事柄なのだろうか。


「山の神という神様がいる。

あの子は山の神の子だ。今から山の神が迎えにくる。」


神の子?山の神?


「山の神は人に子を産ませる。ある程度大きくなったら神の子として迎える。」


「それって誘拐って事ですか?」


「違う。神の子を産んで大きくなるまで人間に育ててもらっただけだよ。」


「あの子の親は承認しているんですか?」


「承認なんてしないさ。」


「じゃあ今頃大騒ぎになってるんじゃないですか?」


「それは大丈夫だ。あの子に関わる物、記憶、思い出は全て消されている。そしてあの子の記憶もね。」


「記憶や思い出を消したからってそんな事許されるんですか?」


「山の神ってのはそうやってきたんだよ。

そしてこれからもそうやっていくんだ。

さっきも言っただろう。そういうものだと理解してくれと。」


理解できる訳が無かった。

人間世界では立派な犯罪だ。例えそれが神のやる事であっても俺は認められない。


「君の気持ちも分かる。私も化物ではあるが人の感情というものは理解しているつもりだ。勿論この姿になった頃は理解出来ない事が多かったがね。

さっきも言った通り、助けようなんて思わない事だ。君も私も山の神の前では無力だ。」


「何とかして元に戻す方法は無いんですか?」


「無いよ。そういうものだと受け入れるんだ。」


「そうだ。藤原さんなら神様だから何とか山の神を説得できませんか?」


「馬鹿な事を言うんじゃないよ。

神が神に借りを作るという事を君は理解していない。それに藤原さんは人間の信仰により作りあげられた神だ。山の神とは格が違う。

頼み事をした時点で消されるさ。」


「黙って拐われるのを見ていろという事ですか?」


「そういう事だ。例え君があの子を庇おうとしても君が消されてあの子は連れていかれる。君の気持ちは満たされるかもしれないが、結果は変わらない。君が消えるか消えないかの差だけだ。

君は歩いてる時に蟻を踏み殺して心を痛めた事などないだろう?山の神にとって君達人間や私達化物はその程度の存在なのだよ。」


楓さんは煙管を吸いながら淡々と話す姿に無性に苛立ちを感じた。決して楓さんが悪い訳では無いのに。


「それにあの子の親やその末裔は神の加護を授かる事ができる。山の神からのお礼というやつだろうね。」


それではまるで生贄を差し出し災いを鎮める人身御供のようじゃないか。


「話をしてる間にお迎えが来たようだね。

くれぐれも馬鹿な考えはしない事だ。

私は君に生きていて欲しいんだ。」


店の前の石畳の道を遠くからくる牛車が見えた。

ゆっくりとこちらへやってくる。

店の前に着いた時に俺は言葉を失った。

蛇だ。牛車の操縦席には蛇と人間の中間の様な化物がいた。


「お久しぶりです。楓様。

跡取り様を引き取りに参りました。」


「お久しぶりです。夜市で会った以来ですね。美影さん。随分人の姿になってきましたね。」


「早く人の姿で街を歩きたいですね。

その時は案内お願いします。

それでは早速ですが、跡取り様をお願いします。」



「分かりました。」


俺の後ろの狐火鉢の戸が勝手に開いた。

そして中から彼女が歩いてくる。

無気力というよりは催眠術にかかっているように見えた。これも山の神様の力なのだろう。


彼女は俺の前を通り過ぎ真っ直ぐ牛車の籠へ向かう。


俺は何も出来なかった。手を差し伸べるどころか彼女の目を見ることさえも。


彼女は籠の中へ消えてゆく。


その中には山の神様がいるのだろう。


「それでは失礼致します。このお礼は近い内に必ず。」


牛車はまたゆっくり進んで行った。


「人は産まれたきた時点で役目を与えられる。これが彼女の役目なんだよ。」


そう言うと楓さんが俺をそっと抱き寄せた。


「よく我慢したね。」


俺は楓さんの胸の中で泣いた。

何も出来なかった自分の無力さに泣いたのだ。

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