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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル2【極小世界の観察、及び人的交流の開始】
9/58

4月22日(日) 小雨 午後

※前話は午前、今話は夕方以降の話です。

 ずっと部屋に籠って観察していただけだけど、それなりに疲れていたらしい。特盛頼んだけど足りなくて思わずコンビニに寄ってしまった……。


 さて、というわけで夜道を帰って家にたどり着いて、恐る恐るガラスケースを確認してみたら、なんと手が入るようになっていたよ!

 よかった、もう二度と手が入れられなくなるかと焦ってたからね。


 二重蓋を開けてから手を突っ込むと、午前中のような硬い地面のような感覚ではなく、いつものようにゲル状の塊に手を突っ込んでるような感触に変わっていた。

 牛丼を食べてるうちに都合よく状況が変化してくれてありがたかった。なんで元に戻ったのかの原因はよくわからない。なんでだろう?


 まあとにかく、今はこのミニ世界の様子が気になる。

 今日一日いろいろやろうと思ってたのに、そのほとんどすべてができなかったからフラストレーションが溜まってるんだ。早速手を突っ込んでみる。


 下の世界の様子を見たら、昨日と同じような様子が再現されていた。……人数は10倍ほどに増えていたけど。


 中央のデカイ家の前にある湖の前に佇む人が1名、たぶんリュウ。その周囲から現れた人が2名。他は町並みの色んなところから空を見上げる人たちが多数、たぶん合計で40人くらい。

 加速されたミニ世界の様子を見ていたから何となく察していたけれど、ずいぶん人が増えたなぁと思った。そしてその全ての人から見上げられていることに若干抵抗がある。何か気恥ずかしい。

 今更だけど天から巨大な腕が降りてきて怖くないのだろうか、この町の人々は。


 いつものように湖の近くに手を降ろすと、躊躇いもなくリュウが乗ってくる。注目されてるのが恥ずかしかったのですぐ手を持ち上げようとしたら、もう一人が飛びついてきた。誰だろう?

 リュウと同じくらいの背丈のミニ人間がまるで丸太にでも抱き着くかのように人差し指にへばりついている。昨日言っていた幼馴染くんだろうか?

 別に急に乗ってくること自体は構わないが、二人を同時に持ち上げたことがないので少しだけ不安になる。落っことさないようにだけは気を付けないと。


 もう一人の男性もまた僕の手に乗りたそうにしているが、こちらは遠目に見てもわかりやすいくらい怯えていて、近づきたいけど足が動かないといった感じのノソノソとした動きをしている。まさしくへっぴり腰を体現した動きだった。

 たぶんこっちはエルバードさんだろう。距離が遠すぎて顔の見分けはまだできない。


 両腕で薬指にしがみついているけど、割と気楽に座っているリュウが何かをカチくんに話しかけており、カチくんは対照的に絶対手放さないぞと必死にしがみついている。

 僕が振り落とすとでも思ってるのだろうか。その頑なな態度から全く僕を信用してないという気迫が感じられる。

 でも気持ちはわかる。だって自分の体よりデカイ手なんて信用できないよね……。


 せめてこれ以上嫌われないように丁寧に二人を持ち上げる。声は聞こえなかったが、下から見上げている人々が歓声を上げてる様子が見えた。隣にいる人と声を掛け合ってこっちを指さしている。

 そういえばエルバードさん(仮)をほっといてよかったのだろうか。まあ二人を安全に運ぶので文字通り手一杯なので、乗せてと言われても乗せられなかったが。


 いつも通り二重蓋を閉め、半透明の蓋の上にリュウを降ろす。リュウは躊躇いもなく透明な足場に足を付けたが、カチくんは全力で拒否している。僕の人差し指を離す気配がない。

 思わず逆側の手で払い落そうとしてしまい、慌ててやめた。アリのような虫相手なら普通に叩き落すが、それをカチくんにやったら骨折じゃ済まない気がする。下手したら潰れてしまうかもしれない。


「あ、す、すぐに離させます!」


 僕の戸惑いを読み取ったのか、リュウがカチくんを説得しだす。

 声は小さすぎて全く聞こえないが、何かを話しかけている様子はわかった。その後、たっぷり5分ほどかけてカチくんは僕の指から離れてくれた。


 透明な二重蓋の足場にドギマギしつつも、リュウと僕の間に立つ。リュウを守るつもりなのだろう。

 というかここまでやられてリュウは気づかないのだろうか? 思わずニヤニヤしてしまいそうになる。


「もう、何度言ってもカチくん信じてくれないんです。全然怖くなくて優しいお方だよって言ってるんですけど……」


 困ったイメージがリュウから伝わってくる。だが僕からは何も言えない。言葉も通じないしね。


「はい、カチくんも私みたいに魔法が使えればよかったんですけど……すみません」


 謝る必要はないよね。まあ、そんなことより今日もお話をしよう。聞きたいことが山ほどあるんだ。


「あ、はい、わかりました! なんでも聞いてください。神様は何がお聞きになりたいんですか?」


 ……ああ、まずそれだ。昨日から気になってた単語。

 なんで僕が神様?


「え、違うんですか?」


 違うよ。


「え、で、でもこんなに大きいし、街道を作ってくれたときもすごく力が強かったし……」


 いや、僕から見ればキミたちの方が小さいだけなんだけどね? あと力強いって、サイズ差を考えるとこれくらい普通だと思うんだけど……。


「……えっと、でもその、この天空の世界は光満ちていますし、それに遠くが霧がかってて何も見えないし……」


 霧? 別に霧は出てないと思うけど、サイズが違いすぎて遠くが見えないのかな? もしかして僕の顔も見えてないとか?


「い、いえ、その、全体は見えませんが、お鼻でいいんでしょうか? そこまでなら……」


 ……予想以上に見えてなかったな。ついでに光って蛍光灯のことかな? もしかして今まで眩しかった?


「あ、そんなことは……いえ、その、少しだけ」


 さすがに手元の距離ならばミニ人間とはいえリュウの表情も判別つく。

 リュウは少し顔を伏せる感じにして光を避けていたし、その前に立ちふさがっているカチくんに至っては手でヒサシを作っている。なるほど、蛍光灯は眩しすぎたのか。

 今度からなんか対策しておいてあげよう。


「そんなことより、本当に神様ではないのですか? 私には神様にしか思えないのですが……」


 神様じゃないよ。もし僕が神様だとしたら、60億人以上神様がいることになっちゃうな。


「60おく……? すいません、聞いたことのない単位でよくわからないです」


 億がわからないのか。学校とかない感じなのだろうか。まあとにかくたくさんだと思ってくれればいいよ。


「そ、そうなんですか。私はてっきり……」


 なにかショックを受けた気持ちが伝わってくる。落ち込んだかのように俯いている。


 考えてることが伝わる魔法というのは、なんというか困る。罪悪感が半端ない。

 カチくんもリュウが落ち込んだことに気づいたのか、僕に対して指さして何か言ったり、リュウを宥めたりしていた。相変わらず声が小さすぎて何を言ってるのか全く分からない。


 僕は話題を急いで探そうと思って、リュウに話したい内容を考える。えっと、なんで僕が神様だと思ったのかな?


「その、神の御恵みであるマシューをくださることと、ご加護をくださることと、大地の恵みを与えてくださることです。それに私たちを見守ってくださっていることも、そうです」


 おっと、思い当たる節と思い当たらないことが入り混じっててツッコミがしづらいぞっと。

 マシュマロもといマシューをあげてるのはわかる。なんか喜んでくれるからついあげたくなってしまうのだ。

 あと見守るというか、観察するのは趣味なのだから仕方ない。小さい生き物が生活している様子を観察するのが好きなだけだ。だからアリだけでなくいろいろな昆虫を観察するのは元々の趣味である。


 ……まあ今はこっちのミニ世界に興味津々で、他の観察ケースに入っていたアリの方は公園に野に返しちゃったけど。


 僕が思い当たる節がない、と伝えたらリュウが驚いた顔をした。そして僕に対して色々質問してくる。


「え、ですがご加護も恵みも頂いているはずです。この魔法の才能は神様のご加護の賜物ですよね?」


 当然だけど現代日本において魔法なんて存在しない。もちろん僕は魔法なんて使えない。そんな僕に魔法の才能の加護なんて与えられるわけがない。

 ということを一から順序立てて説明したら、心底驚かれた。


「そ、そうなのですか。てっきり私の魔法の才を伸ばしてくださったのは神様の恩恵だとばかり……」


 確かに、この意思疎通の魔法とやらが使えるのはすごい気がする。だって声すら聞こえない相手同士で会話が成立してるんだもんね。


 そう伝えると、リュウはなぜか微妙な表情をした。


「そうですね、そうかもしれませんね……。あとお恵みというのは、この沈まぬ太陽のことです」


 沈まぬ太陽とはすごい単語だ、と思って驚いていたら、それがなんのことかすぐに気付いた。気付いてしまった。

 ガラスケースの天井部分にくっついている観察用の蛍光灯だ。安物なので昼夜で明暗を調節する機能のない、使いまわしの蛍光灯を常夜灯代わりに24時間つけっぱにしていたのだった。


 本来なら時間経過で光量の調整ができる蛍光灯を買いたかったけど、ガラスケースの大きさに合わせて買おうとすると笑えない金額になっちゃうので、後回しにしていたのだ。

 まさかそれがお恵み扱いされるなんて……僕は内心の動揺を押し隠して……隠せてるかどうかわからないが、沈まぬ太陽のことを質問する。


「あ、はい。はじめはみんな恐れていたんです。10年くらい前からでしょうか。ここの山の付近だけ2つ目の太陽が現れて、夜が来なくなったのです。一年中サンサンと陽の光が照らされて、凶暴な魔物たちも恐れてこの山からほとんど逃げ出してしまいました。だから私たち辺境の村からすると、近くに恐ろしい山ができたと怖がっていたのですけど……」


 話が長くなると一旦説明を止めてもらう。

 音声でのやり取りではないため、録音して後々に記録に残すということができない。スマートフォンのメモ帳にメモをしているのだけど、いくら早打ちに慣れたとはいえ、片手でのメモ書きはなかなか大変なのだ。

 特になるべく会話の内容をちゃんと記録したいときは、焦ってミスが多発する。


 一通りメモを終わってからリュウに先を促す。リュウもまた僕を待っている間に自分で説明する内容を考えてたのか、簡潔明瞭に答えてくれた。


「ただ、神様がいらっしゃることに私が気づいて、そして実際助けていただいたじゃないですか。そのことを周知していったら、みんな逆にここに住みたがってくれて……。まだ怖がっている人も多いのですけど、着々と移住者は増えていますよ。この山は夜がないことを除けばすごく快適ですから。危険な魔物もいないし、作物は良く育つし、洗濯物もよく乾くし……これって神様のお恵みじゃなかったのですか?」


 うっかり蛍光灯をつけっぱなしだっただけでした、とは言いづらかった。なので伝えるべき言葉を頭に強く思い浮かべて本音の部分を誤魔化す。

 その通りだよ、明るい方がいいと思ってね。


「あ、やっぱりそうだったのですか! 太陽までお造りになることができるなんて、さすがです! それに村が大変だったとき、私たちを護ってくださいましたし、本当に感謝しております……」


 はいはいはい、ストップストーップ。護ってくれた? 僕が? 何をして?


 全く思い当たる節がなかったので、僕は質問を投げかける。その言葉が完全に予想外だったようで、リュウが動揺する。


「え、で、ですけど、あの時警告をしてくださったのは、神様ですよね? 私をリュウを見定めてくださったからだとばかり……」


 警告? 見定める? 全く思い当たる節がない。リュウの言ってることが全くわからない。

 ということを伝えたら、よりリュウが動揺したようだ。何か否定の意思が感じられる。


「で、ですけど……その、あの商人たちを追い払ってくださったのは神様が見守ってくださったからじゃないのですか? 私たち、とても感謝しておりましたのに……」


 商人? 昨日言ってた、ええと、エドワードさんだっけ?(この時は普通に名前をド忘れしてました。だって印象薄いんだもん……)


「違います、ええと、見てもらった方が早いかもしれません。神様、少しだけ失礼しますね」


 そういうとリュウはカチくんに何か一言二言口頭で言うと、目を瞑って集中し始めた。いったい何をするつもりなんだろう、そう思って僕が彼女たちを見下ろしていたら、不意に視界が曇っていった。

 まるでバケツの水に着色料を落としたかのように、視界の中央から景色が変わっていく……。







(ここから先は記録できなかった光景であるため、記憶を頼りに再現した内容になる。大筋は合っていますが詳細は不明または誤謬を含むと思うので、その点を留意すべし)






 突如やってきた男たちは早馬の上から居丈高に命じてきた。


「この土地は盟主キルケルム=エル=ディートハルト子爵の管理する土地である。キルケルム子爵はここに住居を建築することは許されていない。故に勝手にここに村または係留地を作ろうとしているそなた等の行為は権利侵害にあたり、最悪の場合反逆行為に該当する!」


 でっぷりと太った商人の横にいる、少し頬のこけた男性が何らかの書類を広げてそこに書かれている文字を読んでいるようだった。

 どんどん話が進んでいくので内容を理解するのが難しいけれど、何やら不穏な単語が多いことくらいはさすがにわかる。

 隣にいるエルバードさんは怖い顔をして睨んでいるけれど、その目から焦っている気持ちは伝わった。


「しかし、キルケルム子爵は寛大である。以下の条項をそなたらが順守すれば恩赦をいただけるとのことだ。つまり罪に問われることはなく無罪放免となるだろう。条件を言う。一つ、この土地の権利を全てキルケルム子爵に返還し、必要な分の税を納めること。一つ、この土地の産出物はキルケルム子爵に帰属する旨に同意すること。一つ、その際の産出物の物販には隣におられる商人メイトリクス殿を仲介すること。一つ、異端の神を崇めるのをやめること。一つ……」


 まだ10に満たない私には、言ってることが難しくて全く分からなかった。

 カチくんも私の前に立ちふさがっているけれど、言ってること自体は理解できていないようだった。こちらをチラチラと振り返るその目には「どうすればいい」と訴えかけてきている。

 私もよくわからないのでいつもの手段を使う。まるで不安がっているように演技してエルバードさんの手を掴んで、こっそりいつも使っている魔法を起動する。


 頭の中で質問する。「一体何を要求されているんですか?」と。

 エルバードさんの答えは簡潔だった。「マシューを寄越せって意味だよ」と。


 私の意思疎通の魔法の練習相手になってくれているカチくんとエルバードさんと荷轢きの馬さんは動揺することなく明確に私と頭の中だけで会話できる。なので私にもわかりやすいように説明してくれた。

 マシューの入手先とその権利をそこにいる太った商人であるメイトリクスという人に譲れ、そして税金を納めたら今まで通り住まわせてやる。さもなくば犯罪者として引っ立てる。

 追加情報として、おそらく商人と貴族の間に癒着の可能性が高いことや、貴族が本気を出したら平民に冤罪をかけて殺すことなんて容易だということも教えてくれた。また、メイトリクス商会なんてここら辺一帯の地方では指折りの大富豪だということも。

 私の先生をしてくれているエルバードさんの教え方はとても慣れていて上手だし、だからこそ今の状況がとてもまずいことだとよくわかった。

 どうしたらいいかと聞いてみたけれど、返答はなかった。代わりにエルバードさんは「何とかしてみる」とだけ答えた。


 書類を読んでいた人の言葉が一旦区切られて「何か言いたいことはあるか?」と聞いてきた。すかさずエルバードさんが抗議をする。


「いくつか確認と訂正したいことがあります。この土地は元々未開拓の土地でした。それをこちらの娘と私エルバードが協力して開拓した場所です。まだ村人は数人しかおりませんが、一応村として成り立っております。確か開拓村に関する特許条項があったはずです。ここの管理と徴税をキルケルム子爵様が行われるというのは合意せざるをえないのですが、一方的に権利を剥奪されることには納得できません。また、ここの特産品であるマシューは神から頂いたありがたい甘味です。本当に神はおられるのです。故に異端だからといって、その恩恵を受けておいて教義を別のものに変えるわけにもいきません。他にも……」


 エルバードさんが必死に頭を回転させて、なんとか相手の一方的な物言いから逃れようとする。しかし繋いでいる手から、おそらくはダメだろうなという思考が漏れ聞こえていた。

 案の定、ダメだったようだ。エルバードさんの言葉が途切れた途端、先程の痩せた男性が面倒臭そうに答えた。


「なるほど、確かに其方の言い分には一考の価値があろう。しかしこれは領主からの命令である。従わない場合は、ここにいる者すべてを処刑する権利も有している。わかったか?」


 痩せた男の背後にいる鎧を着た兵士たちが無言で武器を少し掲げる。言うことを聞けば傀儡に、聞かなかったら目撃者は処分する。そういうことなんだとエルバードさんが教えてくれた。

 カチくんも細かいことはわからなかったが敵対する意思はわかったらしい。姿勢を低くして飛び掛かろうとしている。早まらないでほしい。


 エルバードさんの思考がまた少し漏れて聞こえた。その後、「しまった」という表情をした。

 だが私はその判断は正しいと思ったので、エルバードさんが思わず考えてしまったことを実行した。


「わ、私が神に仕える者、リュウです! 神は常に我々を見守ってくださっております! 私たちに干渉しないでください。さもなくば、て、天罰が与えられるでしょう!!」


 声が裏返ってしまったし、緊張で口が上手く動かなかった。しかし伝えたいことは最低限伝えられたから良いと思った。エルバードさんが思考で怒ってきた。

 確かに本当に神がいる以上、リュウの言葉は絶対だ。僕や村の人たちだったら同意するだろう。だけど、こいつら相手には悪手なんだ、と。


「なるほど、報告書にあったな、魔の才に恵まれた少女が神の御使いをやっている、と。お前がそうなのか?」


「は、はい。そうです。だから早く帰ってください!」


 痩せた男は私を見て鼻で笑うと、先程の書類を広げてから私に言ってきた。


「神の御使いは尊き存在であり、その言を遮ることは許されない。我らが国教にはそう定められているな。しかしこうも書かれている。神の言葉を詐称するものは、その舌と首を切り落とすべし、とね。あなたは本当に神の御使いなのですか?」


「はい、そうです! 神様と2度、交神したことがあります。だから……」


 痩せた男はそれで私の言を信じてくれると思った。だから正直に言ったのだが、額に手をあてているエルバードさんの様子を見ているとどうやらダメだったらしい。魔法を介さなくてもわかる。

 男はわずかに口元を緩めつつも、わざとらしくため息をついた。


「なるほど、本当にマシューの産出者は神の御使いを詐称しているらしいですな。情報には聞いていましたが、こうも露骨だとは……。これはきちんと神の御前で審議を問わねばなりませんなぁ」


 私はその言葉に怯えた。田舎育ちで神殿など見たことない私でもわかる。

 神の御前で審議を問うというのは、神前裁判にかけられるという意味だ。大抵の場合、それは異端者を審問にかける意味となり、被疑者はほぼそのまま処刑されることとなる。


「え、そ、そんな! 私は本当に神様に会ったんですよ! ほら、だってこの大通りだって……」


「言い訳は神の御前で聞きましょう。さあ連れて行きましょうか」


 そこから混乱が始まる。エルバードさんが私の前に立ちはだかり「お待ちください! さすがにそれは早急では……」と私を庇うように大声を出し、カチくんもその横に並んで完全に狩りをするときと同じ目で見据えている。

 私は二人の影に隠れてオドオドすることしかできなかった。「神様、私はどうしたら……」と心の中で祈った。

 痩せた男は無視して背後にいる護衛騎士たちに「連れていけ」と指示をだし、その横にいる大商人は「少々もったいないが、まあ良いか」と下卑た目で私を見下ろしていた。

 私たちの周囲で様子をうかがっていた新しい村人たちはどうすればいいのかわからず遠巻きにざわめきだし、急に馬たちが嘶き始め、太陽が陰って辺りが暗くなり、ソレに気づいた人たちが天を仰いで騒ぎが大きくなっていく。


 私もそれに気づいて天を仰いだ。この地方は神の御業により日が陰ることはない。豪雨の日ですら太陽が眩しいのに、今は影ができている。

 私はそのありえない現象を起こしている御方に心当たりがある。期待と希望をもって空を見上げた。


「な、なんだあれは!? ほ、ホントに神が……!?」


「ひ、ひぃぃぃっ。に、逃げ、逃げなければ!!」


 先程まで余裕の表情だった二人も、それを見上げて怯えだした。

 おそらく初めて見たからだろう。怯える気持ちもわかる。私もさすがに初めて見たときは心底驚いたものだったのだから。私は、私の危険を察して応じてくださったあの御方に感謝をする。


 どこまでも澄んだ青空のど真ん中に、私にはとてもよく見慣れた、それはそれは大きな手の平が……。






 こわっ。


 僕が真っ先に思ったことはそれだった。大空に大きくかげる巨大な手の平の影。

 まるで大地を叩き潰そうとしているかのように大きく開いた黒い手の平が、天高くに存在していた。


 叩き潰される直前の蚊はきっと死に際にこんな景色を見るんだろう。そう言えるほど恐ろしい光景だった。


 ……リュウはいつもこんな光景を見てたのか。どんだけ肝が据わってるんだ……。


 急に変な映像を見せられた僕はいろいろ混乱していたが、リュウのフォローがすぐに入ったおかげですぐ落ち着くことができた。


「すいませ。急に記憶をぃせてしまって。でも見てもらった方が早、かと思って……」(原文ママ)


 雑音混じりでリュウが言い訳をする。僕は別にいいよ、と言った後、こんなすごいこともできるんだね、と驚いたことを伝えた。

 リュウはそれが嬉しかったようだった。


「はい、たくさん、んしゅうしましたから」(原文ママ)


 リュウはそう言った後、その後の顛末を簡単に教えてくれた。


 エルバードさんが「あの天空にある御手こそが神様がいらっしゃる証、神はお怒りである」と大袈裟に言いふらし、例の無礼な二人を追い払ったこと。その後、いろいろな宗教関連の人たちが来て、しばらく天空に残っていた神の御手を見に来たこと。本当に神様がいるのかもしれないということで、村の建設許可とその他の特別な商売関係の権利をもぎとったことなどを教えてくれた。


 僕はそれを聞きながらひきつった笑いが漏れた。これ今朝うっかり手を突っ込みすぎて取れなくなっちゃった奴だよな、たぶん……。


「この、とを神様が私たちを見守、てくださ、る証拠だと思って、今日はその御礼を言いたか、たんです」(原文ママ)


 まさか単に間抜けにも手を突っ込みすぎて、手が抜けなくなっただけだとは言えない。僕は適当に話を合わせた。そうか、リュウの助けになったのならよかった、と。

 リュウは「いえ、いつも助けてくださってありがとうございます」と言った後、疲れたように少し姿勢が崩れた。カチくんがすかさずリュウを支え、肩を貸す。ついでに僕を睨んでくる。


 いや、睨まれても困るんだけど、どうしたんだろう? と僕も心配になって意思を伝えてみると、リュウから苦しそうな返事が返ってきた。


「す、ません。先ほどの記憶を見せ、魔法はすごくた、へんで、もう限界なんです。いつもより早いですけど、今日、帰らせてもらってもいいでしょうか?」(原文ママ)


 なるほど、難しい魔法を使ったせいでMPが切れた的な感じなのか、と僕は納得する。確かに時間を見ると、まだ20分も経っていない。

 僕は、無理しないでいいよ、今日は帰りなさいと伝えてからいつものように下に送り返そうとする。

 その際、カチくんがまた警戒してきたけれど、降ろすときは簡単なのだ。ガラスケースの中と違い、手がスムーズに動くうえに近いから潰す心配もない。無理やりにでも二人を掴んで、そのまま下におろした。


 今日は迷惑をかけたという謝罪の気持ちを込めて、マシュマロを3つ置いておく。

 見ると、まさしくアリが餌に群がるかのようにミニ人間たちがマシュマロに群がり、またリュウやカチくんに手を貸している村人もいた。ちょっとしたお祭り騒ぎだった。


 その後、午前中は動きが速すぎてよくわからなかったガラスケースの中の確認を行う。

 人が多いせいか、昨日より活発に動き回る人が多い気がする。また、大きな建物の前に湖に近寄って、そこでしばらく座り込んでる人が何人もいるようだった。その中にたまにリュウも見かけた。


 まだ時間が早いので観察は続けようと思うが、今日は書くべきことがたくさんあるのでとりあえずここで締めておこうと思う。

 何かすごいことが起こったら追記する予定だけどね。




 ……あ、しまった。また一つ聞き忘れた。明日でいいか。

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