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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル2【極小世界の観察、及び人的交流の開始】
5/58

4月19日(木) 晴れ

 人間がいた。


 可能性はあると思った。でもあり得ないと思っていた。思い込みたかった。しかし事実は違っていた。


 まず家に帰り、荷物をベッドに放り投げ、着替えもせずに巨大虫籠に飛びついた。ここまでは今までの5日間と全く同じ行動だった。

 次に上にかけていたシーツを取り外し、二重蓋を開け、中を覗き込み、違和感を覚え、何が違うのかよーく見ようとペンライト型の拡大鏡を使い、中央の池と妙に開けたその周辺を注目し、そこに人間がいることに気づいた。池の畔で空を見上げている。


 とりあえず息が止まったし、心臓が変な音を上げた気がするし、見間違いじゃないかと何度も目を擦って確認した。

 だけど、池の近くにいたそれは間違いなく人間だった。


 体のサイズが全く違うので確信はできないけど、体格や服装の感じから子供だと思われる。

 腕も二本あるし、足も二本ある。何より服を着ているのに頭部にしか髪の毛がない。どう考えても人間である、体長が1㎝ほどしかないが。

 性別は女? 男? よくわからない。短髪だから男かもしれない。顔がアップで見えればわかりそうなのだけど……。


 とにかくその人間らしき生き物が中央の池の近くにいた。

 肉眼ではわからなかったけれど、拡大鏡越しに見ると体育座りしているのがわかる。池のすぐ近くでほとんど動かず、じっと空を見上げていた。


 ここで違和感に気付いた。中央の池の周囲の樹が伐採されたのだろうか、少しだけ開けた空間ができていた。

 池の周囲がさっぱりしていたおかげで、ミニ人間の存在にすぐ気付くことができた。このミニ人間が伐採したのだろうか?


 見つけた当初は混乱していた。小さい世界が巨大虫籠の中に生成されたようだということはいい加減認めていたけれど、まさかそこに人間までいるとは思っていなかった。

 より正確に言えば、人間がいたらメルヘンだなぁと思いつつも実際に存在するとは思ってなかった、というのが正しいが、今はそんな細かいことどうでもいい。虫籠の内と外で睨みあいが続く。


 自分の方からはミニ人間が肉眼でも見える……と言っても小さすぎて裸眼だと黒い点か大きい埃にしか見えないが……のだが、ミニ人間の方からはこちらが見えていないようだった。

 観察していると、こっちに気付いていないのがわかる。


 ミニ人間はずっと座っているだけでなく、たまに木陰に隠れたり、たぶん石だろうか、池に何か投げていることもあった。暇なのだろうか。

 暇なのになんでこんなところに座っているのかがよくわからない。ミニ人間の考えが読めない。こちらも手が出しづらかった。

 何もできずただじっと観察する。特別な動きが何もない。


 周囲に他に人影はない。なのになぜミニ人間はこんな場所にいるのだろうか? と、若干疑問に思った。

 そして疑問に思うと同時に嫌なことに気づく。昨夜回収した狼の死骸を見て推測するに、おそらくここら辺には野生動物がいるはずなのだ。そんなところに人間の子供(推定)がたった一人、危ないに決まっている。


 今日は野生動物を生きたまま捕獲するつもりだったので、綿棒の先端にボンドを少しだけ付けた特性鳥もちを作ってある。

 いざとなったらこれを使ってこのミニ人間を助けつつ、サンプルを捕獲するつもりだ。だからそのまま二重蓋を開けたまま待機する。


 動きはない。


 動きはない。


 動きはない。


 途中、晩御飯や明日の準備で何度も離席したのだけど、3時間ほど待って全く動きがなかった。なんだこのミニ人間。


 いい加減手を突っ込んで他の確認作業がしたかった。確かに気になる存在であるとはいえ、こいつがいなくなるまでずっと待っているわけにもいかない。

 サンプルとして良さそうな獲物を探してアクリル板越しに周囲から動物を探し、端っこの方に見つけたので小型鳥もちを使って捕獲しようとする。

 チラチラとミニ人間の方を気にしながら、自分は自分でこのミニ世界の謎を探求するつもりだった。


 捕まえづらい。不思議とケースの中央にミニ動物が近づいてこようとしないため、手が届きづらい位置まで手を伸ばさねばならない。

 ただでさえガラスケースの中の空気は謎のぬめりがあって動かしづらいのに、非常に困る。間違って何度もミニ樹を抜いてしまう。

 若干イライラしながら、まるでコケのようにミニ鳥もちにくっついていたミニ樹を除去して綺麗にした。


 何度か確保しようとして失敗し、他にちょうど良い獲物がいないか四方八方に目をやって探し、そこでようやく気付いた。

 ミニ人間が移動している。池の近くにある樹のてっぺんに登っていた。どこかを遠くを見ているようだった。

 3時間ほどほぼ座りっぱなしだったくせに、急に動き出したので驚いた。何か探しているのだろうか。僕と同じように、何か獲物でも探していたのだろうか?


 自分が右の方へ動物を捕えようとすると、ミニ人間は木から降りて、池の右側の方にある木に登り直す。僕が左の方へ手を伸ばすと、今度は左側の木に。

 ここら辺でようやっと、自分の腕を見ているんだということに察しがついた。明らかに僕の手の先を見ている。


 でもミニ人間の立場からすると、自分の全身より何百倍も巨大な腕が空から差し込んでいたら、そりゃ驚いて観察しようとするよな、とこの時やっと思い至った。

 察しが悪いとか言わないでほしい。このときまで本当にそのことに全く気づけなかったのだ。観察対象であるこのミニ世界の住人に、逆に観察されてるだなんて。


 ただ一方的に見られているのは正直居心地が悪かったので、追い払おうと思った。

 ほんのちょっとでも力を籠めると潰してしまうのは別の動物で実体験済みだ。だから潰したりしないよう注意しつつ、指をミニ人間の近くに伸ばして少し脅しそうと思ったのだ。


 そうしたらまさかミニ人間が僕の指に飛びついてくるとは思わなかった! ビックリしたよ!


 人差し指の腹の部分に全身を使ってピシッとミニ人間が張り付いていた。予想外の動きで完全に虚を突かれた。

 普通アリや昆虫なんかは、人間が近づくと一瞬だけ立ち止まり、その後全速力で逃げ出すものだ。カマキリなんかは威嚇したりすることもあるけど……まさか自分からくっついてくるとは思わなかった。対応に困る。


 もう片方の腕をケースの中に入れて無理やり引っぺがすことも考えたが、抵抗感があって動かしづらいケースの中だとうっかり握り潰してしまいかねない。

 動物だったら多少の罪悪感程度で我慢できる。でも小さいとはいえ人間|(らしき動物)を潰すわけにはいかない。


 少し悩んだあと、僕は丁寧に掌を上向きにして落ちないようにしてからミニ人間を腕ごとケースの外に引っ張り出した。


 動物を捕獲したあと入れようと思っていた透明ケースの中にミニ人間を持ってくる。

 柔らかいガーゼの上にミニ人間を近づけると、意外と素直にミニ人間は指から離れて降りてくれた。へたりこむようにガーゼの上に座った。


 どうせだからこのミニ人間のこともいろいろ観察してやろうと思ったのだが、結論から言うと、あまり芳しくなかった。

 どうやら普通の人間と同じような体の構造をしているようだ、ということは拡大鏡越しに見てわかったのだけれど、それ以上の収穫はなかった。まさか解剖するわけにもいかないし、着ている粗末な服を破るわけにもいかない。

 そして言葉も通じないようだった。そもそも声量が小さくてよく聞き取れなかったし、話している言葉も日本語ではなかった。(参照動画201804292249)

 フランス語のような流麗な響きの言葉だった。少なくとも日本語ではない。仮に英語だったとしても、僕の英語の成績は悪い。理解は難しい。


 身振り手振りを必死にしているようだったが、やっぱりわからなかった。

 僕の方からもコミュニケーションをとってみる。試しに自分の名前や「こんにちわ」とか「あなたは誰?」などと質問してみたが、ミニ人間には通じていないようだった。

 拡大鏡の中で耳を抑えながら困惑した表情を浮かべている。


 また、ちょっと興味深かったのは、耳を塞いでいることだろうか。たぶんサイズが違いすぎて僕の声が五月蠅いのだろう。

 ささやき声でも五月蠅そうに眉根を潜めていたのが印象的だった。……あれ、今思ったけど、煩かったんじゃなくてもしかして口が臭かったのかな? そ、それはないと思いたい。歯はちゃんと磨いてるし、たぶん大丈夫なはず……。


 あとため息も禁止だった。これは昨日、動物の死骸を呼気で吹っ飛ばした経験があったからわかった。

 ミニ人間がいる透明ケースも、逃亡防止と兼ねて呼気防止のためのものでもある。鼻から下は机の下にやっているので、ミニ人間からは自分の鼻から上だけが見えているはずだ。


 とかく、コミュニケーションは失敗したと思われる。ミニ人間も、落胆したかのように肩を落としていた。ので、自分は早々にこのミニ人間を返すことにした。

 下に敷いたガーゼでくるむようにミニ人間を確保し、暴れるミニ人間を潰さないように注意しながら丁寧に巨大虫籠ケースの中へと戻していく。ミニ人間が座っていた池の傍にそっと降ろしてあげた。

 ゆっくり降ろさないとガーゼがめくれるので非常に危ない。慎重な動きが要された。


 迷惑料代わりにマシュマロを一つ隣に置いた。アリ用の餌ではなく、ちゃんと人間用のマシュマロだ。アリを捕まえるのにもたまに使ってるけど。

 呆然とした様子で座りこけているミニ人間に、見えないだろうけれど軽く手を振ってから二重蓋を閉じた。ケースの上にシーツを被せる。


 そしていつものようにパソコンを立ち上げ、今興奮気味に観察日記を書いている。まさか人間がいるなんて思ってなかった。ヤバイ、どうしよう。テンション上がる。

 明日あのミニ人間にまた会えないかな、と思いながら今日はここまででとします。





 一人暮らしを始めるにあたり、普通の文庫本くらいの大きさのアリの巣観察用の小型観察ケースも別途持ってきていたのだけど、その中にいるアリが全滅してしまった。

 単純に餌と水やりを忘れていたせいだろう。5日間も放置したせいで、アリが干からびてしまった。女王アリも卵を食べて生き延びていたみたいだけど、経験上ここまで働きアリが減ってしまうとほぼ挽回はできない。手遅れである。


 こっちの巨大虫籠ケースの変化に注目しすぎたのが悪い。以後注意である。

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