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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル3【極小世界の管理、及び外敵の駆除】
26/58

リュウの家出 その1

 カチャカチャカチャ、ターン。


 5月7日の分の観察日記を書き終わり、エンターキーを勢いよく押す。軽く見直してから日付と天候をファイル名にして名前を付けて保存。フォルダとワードを閉じた。


 椅子をくるりと回して背後に向き直る。スレイプニルの飼育場の中に指を伸ばして小さな、とても小さな人影と手を合わせた。頭の中で言葉を念じる。


『ごめん、お待たせ』


『い、いえ。それほど待っていませんでした……』


 スレイプニルと戯れていたリュウがおどおどしながら、まるでデートの待ち合わせのようなセリフを言ってくる。僕は、なんとコメントしていいのかわからない状況に頭を掻いて誤魔化した。


 推定年齢7歳の幼女を強制家出。そのうえで保護者に無断で自宅に保護。


 観察日記を書いているうちに冷静になってきた。手打ちで書いた日記越しに自分の行動を振り返ると、明らかに誘拐事件のソレである。

 幼女が違う世界の人間であると言っても、これは犯罪になるのではなかろうか。僕はそう思うとなんとコメントしていいのかわからない。

 思い付きで行動しないようにしよう、と思っていたのに、早速コレである。リュウが妙に居たたまれない表情でモジモジしているのがより事案感を出してしまっている。僕は早速後悔し始めた。


 ……でもなぁ。7歳児に王様やれってのもなかなか酷な話だと思うし……。


 僕はとりあえず、餌付けを試みることにした。


『えっと、リュウ? お腹減ってない?』


『い、いえ、大丈夫です、人神様。いつも塩とマシューのお恵みを頂いているのに、これ以上は……』


 遠慮深いのか本当にお腹が空いていないのか。僕には判別できない。

 でも、子供がいうセリフじゃないよなぁと思った。僕がガキの頃は遠慮なんてなかったし。

 だからもうちょっと突っ込んでみる。


『そうなの? でもこっちの世界の食べ物興味ない? いろいろあるんだよ、美味しいもの』


『え、美味しい……? で、ですけど、私はその、申し訳ないですし……』


『僕もお腹空いてるから食事にする予定だし、ついでにちょっと味見してみなよ。気に入るかもよ?』


『人神様がお食事されるのでしたら、私待ってますから。お、お気にせずにどうぞ……』


『そっか、お腹空いてないのかな? だったら無理にとは言わないけど、何か食べたかったらいつでも言ってね』


はい、あ、ありが(……少しくらいは)とうございます』


 よし、引っかかったな! と僕は内心ガッツポーズを取った。意思疎通の魔法が完璧でも、子供としての精神力が未熟なのだろう。内心がポロッと零れて見えたぞ!


 というわけで僕は勝手にリュウの分の食事も用意することにした。日本の美味しい物をたくさん食べさせてやる!


 実は前々から食べさせてみたい物はあったのだ。冷蔵庫に用意していた物や袋に入っているインスタントの物をそれぞれ作った。


 コーンスープ、お吸い物、味噌汁、軽く炙ったベーコンの切れ端、野菜の一番柔らかいところの切れ端、パン屑。デザートにゼリー、ヨーグルト、オレンジジュースにスポーツドリンクに牛乳。てんこ盛りである。

 どうしてもサイズ差があるため、固形物が用意しづらいのだ。容器代わりに使い捨てのコーヒースプーンを使っている。

 それでもリュウの頭くらいの大きさがあるけど、僕が用意できるうちで最高に小さい器がこれしかなかった。


 リュウは大量のスプーンを出されて、戸惑っているようだった。僕に申し訳なさそうに話しかけてくる。


『……こ、これは』


『まあ僕だけ食べてるのは居心地悪いし、ちょっとお付き合いしてよ』


『こ、こんなにたくさん。それにどれも見たことない……』


 リュウが驚いて自分を取り囲むコーヒースプーンの群れを見ていた。

 僕は「好きなの食べて良いよ。不味かったり食べきれなかったら無理しないでいいから」と言ってから自分の夕飯に手を伸ばした。僕の夕飯はリュウにあげた残りである。


 多少使う道具が違うが、リュウの食事風景はまるで昆虫が何の餌を好むかの実験風景にしか見えなかった。まあ実際異世界人の好みを知るための実験ではあるんだけど。


 リュウは全てのコーヒースプーンを一通り見た後、オレンジジュースに手を伸ばした。リュウからしたら洗濯タライくらいある大きさの器から、両手で掬いとってオレンジジュースを口にする。


『……あまい……』


 若干声を弾ませて、リュウはオレンジジュースの池を飲んでいた。一口飲むと、次の器へと向かう。

 ベーコンを見て「こんな巨大な生き物がいるんですか」と驚いたり、野菜を見てあまりに巨大すぎて食べ物なのか認識できなかったり、コーンスープは一応冷ましておいたのだけど素手では熱かったらしく困った顔をされたりしたが、おおむね好評だった。どれもそれなりの量を食べている。

 特にヨーグルトとゼリーが気に入ったらしい。他は半分くらいしか食べていないけど、この2種類は全部食べ切っていた。僕はまだ手を付けていない自分のヨーグルトとゼリーを再びコーヒースプーンに乗っけておかわりを出してあげる。


『あ、ありがとうございます、人神様』


 リュウがほんの少しだけ笑顔を見せてお礼を言う。ずっと硬い表情だったので、その「ほんの少し」が結構嬉しかった。ずっと観察していて手が止まっていた僕の食事も再開する。

 観察日記に追記しようと思ったけど、スマートフォンで動画撮影しているので後回しにしても大丈夫だろう。


『その、申し訳ありません。せっかく頂いたのに、ご飯、食べきれませんでした……』


 意外と無理をしていたのかもしれない。リュウが申し訳なさそうに頭を下げる。

 僕は気にしないでいいよ、と言ってコーヒースプーンの残り物を全部一口で平らげた。うん、少量すぎて味が全く分からない。


 後片付けを済ませると、リュウがおずおずと僕に話しかけてきた。


『その、私はこれから何をすればいいのでしょうか……?』


 リュウからすれば、急に家に帰るなと言われたようなもんだからビックリしているのだろう。そりゃそうだ、と自分の考えなしの行動を恥じた。

 だからちょっとだけ僕の方も申し訳ない気持ちでリュウに言い訳をする。


『特にないよ。何もしなくていい』


『え? ですけど、それならなぜ家出って……』


『うん、リュウってまだ子供じゃん。なのになんか大変そうだなって思ってさ。だから今日一日くらいは遊んでもらおうかなって』


 それに、冷静に考えればこんな子供が大変な目に遭ってるのも僕が異世界に過干渉しているからだ。だから苦労をしている姿をみるとほっとけない気持ちになる。

 そういうことをしどろもどろに伝えたら、意図が伝わったのかそれとも神の言うことは何でも受け入れるつもりなのか、リュウは頷いて納得した。


『えっと、よくわかりませんが、わかりました。じゃあ今日はよろしくお願いします』


 リュウはバカ丁寧にお辞儀をする。僕も日本人の悪癖で「こちらこそどうも」と頭を下げた。二人目が合うと少し笑った。


 リュウも神の世界を体験するということに興奮しているのだろうか。いつもの大人しい様子からチラリと強い好奇心が透けて見える。

 そのおかげで緊張が解けているのならよかったと思いたい。


 ただ残念なことに、もう夜だ。時計を見ると今の時刻は22時12分だった。


『リュウ、もう夜だからこの後は特に何もしないんだ。明日になったら色々僕の世界の物を見せてあげるよ』


『は、はい。わかりました』


『というわけで、今日はゲームでもして遊ぼうか』


『げーむ?』


 僕は準備を整える。

 ベッドの枕を少し引き下げて、空いた場所にリュウを座らせる。そして枕を抱き込むように僕はうつ伏せで寝転がり、両腕をリュウの周りに囲むようにしてスマートフォンを取り出した。呼吸防止のためにマスクをつけ、スマホを充電器に差し込む。

 スマートフォンのゲームアプリを起動する。


『僕の世界にはこういう遊びがあるんだ。リュウもやってみようよ』


『は、はい。が、がんばります』


 ゲームというものを理解するところから始める必要があるため、異世界人にも比較的わかりやすく、しかも操作できるだろうゲームを選んだ。ビリヤードみたいにボールを飛ばして敵を倒すゲームである。

 リュウから見たらスマートフォンなんて城壁より巨大なオブジェに見えるだろうが、操作場所が画面の下の方なので小柄なリュウでもなんとか手が届くはずだ。遊び方を説明してやらせてみる。


『こうやって引っ張って、相手めがけて撃つ感じ。できる?』


『や、やってみます』


 リュウが小さい体を精一杯背伸びしてボールを触り、それを力を込めて引っ張る。


 ……やはり体が小さいからだろう、引っ張り方が足りない。でもゲームの方は空気を読んでくれて、それなりの動きでド派手な演出が起きた。


『キャッ!』


 リュウは驚いて2歩も後ずさる。僕は見やすいように少し画面を傾けつつ、笑って「大丈夫だよ」と言った。


『うまいうまい。そんな感じで動かすの。もっかいやってみて』


『は、はい……』


 最初は戸惑いながらだったリュウも、だんだんゲームというもの自体の遊び方を理解してきたのか、かなり楽しんで遊んでいた。最後の方にはかなり慣れていた。リュウの適応力はなかなか高いようだ。

 もしかしたら僕の頭の中を読んで、遊び方を学んでいるかもしれない。他にもアプリを新しくDLしたりして、しばらくゲームをして遊んでいた。


『あの、これ4隅を取る前に、ここら辺を相手に取らせるようにした方が、その、いいみたいですね』


 リュウは意外とゲーマーの素質があるのかもしれない。シンプルなオセロをやらせたら3回目にしてCPMに勝てるようになっていた。頭が良いのもあるのだろう。


 僕も、体がものすごく小さい女の子が巨大なスマホの画面相手に四苦八苦しながら攻略しようとする場面は、何か心が和む光景だった。

 最初のときの緊張感は全くなく、リュウはゲームにのめり込んでいた。


 と、スマホの画面に変化がある。白と黒のコマが埋めていた盤面が消えて、壮大なBGMとともにドラゴンが空を舞う画面が現れた。


『あ、またCMだ……見る?』


『えっと、はい。見たいです』


 普通の人ならスキップ必至のアプリの広告を、なぜかリュウはやたら見たがった。特にゲーム系の広告を好んで見ていた。

 ドラゴンが火を噴いて敵の兵士を倒している場面を見て、リュウは口元を抑えていた。いや、これゲームの広告だからね、とツッコミたい気持ちを抑えて、一緒に広告を見る。


 広告が終わって画面が元に戻ったとき、ついでに時計を見た。日付変わって午前0時10分。僕は欠伸をかみ殺してリュウに言った。


『今日はもう寝ようか。結構長時間ゲームやったしね』


『あ、はい。わかりました』


 意外と素直にリュウは受け入れた。リュウも疲れていたのかもしれない。そりゃずっと全身使ってスマホを操作していたのだから、当然か。

 僕がハンカチでリュウの寝床をスレイプニル牧場のすぐ横に作ってあげて、そこにリュウを連れて行く。


 部屋の電灯を消したら「急に夜が!?」とすごく驚かれたので、一番小さい明りだけはつけておいた。


『じゃあリュウ、おやすみ。また明日は違うことをして遊ぼうか』


『あ、はい。人神様、おやすみなさい。また明日、その……』


 またゲームやりたいです、という言葉が聞こえた気がした。うん、わかるその気持ち。やはりリュウはゲーマーの素質があるようだ。

 僕は笑って誤魔化しながらベッドに入って……本日3度目の後悔をした。


 ……つうか連休が続いたから忘れてたけど、明日から学校じゃん! やべ、リュウどうしよ……。


 リュウを学校に連れて行くべきか否か、それが問題だった。

その2に続きます。

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