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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル3【極小世界の管理、及び外敵の駆除】
25/58

5月7日(月) 曇り

「国を興そうと思います」


 はい?


 エルバードさんの突拍子もない発言で、僕は素っ頓狂な声をあげた。


 現在午後6時2分。本日のゲストは昨日と同じでリュウとエルバード親子。そしてまた大量のお野菜の山。


 エルバードさんがいると正直嫌な気持ちになる。毎回、挨拶が長ったらしいのだ。しかも言い回しが難しすぎて何言ってるかさっぱりわからない。

 最近は面倒くさくてメモを取ろうとすらしない。ひたすら時間が過ぎるのを待つ。昨日エルバードさんに対して先生みたいだという印象がついてから拭えず、つまらない授業を聞き流す気分で彼の挨拶をスルーした。


 特に今日は文言が長かった。

 長すぎるくらい長い長広舌がようやく終わりを告げ、エルバードさんが急に「で、どういたしましょうか?」とか聞いてきたから、さもきちんと聞いていましたという素振りで「つまりどうしたいのか簡潔にまとめてください」と言ったら、上記の返答が来たわけだ。


 最初は何言ってるかわからず思わず「え?」と聞き返してしまった。聞き流していたことがバレバレである。3回同じことを言ってもらって、ようやく何をしたいのか理解できた。

 国を作るっていきなり何を言い出すのか。あまりに突拍子になさすぎて、月曜だけど振替休日で午前中ゆっくりできたとか、僕が作ったプラスチック壁が異世界人の手で補強されていく様子が早送り進行でものすごく面白かったとか、スレイプニルが初めて一人徒競走をしていて競馬のミニゲームでも見ている気分になったとか、窓枠にいた初カメムシに臭いをつけられたとか、毎年野菜ばかりもらうのもなんか違うな―と冷蔵庫の中の小さい野菜の山を見て首を捻ったりとかいろいろあったんだけど、全部吹っ飛んだ。

 いいや、もうそんなどうでもいいこと。それより国だよ国。いったい何を思って急にそんなものを作ろうと考えたのか、エルバードさんに説明を求めた。


「……はい、説明しますね」


 ああ、エルバードさんの目が出来の悪い生徒を見る目になっていた。たぶん本当は「さっき説明したんですけど」って言いたかったんだろうなぁ……。

 僕は澄ました表情を取り繕ってエルバードさんの二度目の説明を聞いた。今度はわかりやすい口調で。


 正堂教会からの影響を最小限に抑えるためには、やはりサクラ街自身が主権を持たないと難しいらしい。

 2度もちょっかいを出してきたキルケルム子爵を抑えきれなかったのも、言ってしまえば国ではないからだ。僻地だからこそほぼ放置されてきたが、干渉しようと思えば簡単に干渉できるのだ。

 貴族と権力の繋がりがある正堂教会の厄介さを振り払おうとしたら、こちらも国として成り立つしかない、ということだった。言ってしまえば、娘のために国を作ろうという究極の親の愛(親バカ)である。


 僕は一通り理解した後、狼狽えながら質問した。で、でも、国なんてそんな気安い気持ちで勝手に作っていいの? コンビニ感覚で……。


「え?」


「え?」


 え?


 お互いキョトンと見つめあう。何か思い違いがあるらしかった。

 エルバードさんからの説明を待っていたら、まさかまだ子供のリュウから諭された。


「えっと、サクラ街は、一時期すごく減ってましたけど、たくさん住んでくれている住人がいますよね?」


 うん。


「今は一番多かったときよりは少ないですけれど、今も300人ほど住んでくれています。出稼ぎに出ている人もいるので、たぶん500人くらいでしょうか」


 うん、最初の頃と比べてかなり多いね。


「人神様のおかげで防壁もできました。交易路もかなり整ってきてます。街としてはかなり強く強固になってきています」


 うん、透明な壁ってなんか恰好いいよね。


「はい、だから、もう国として独立しても問題ないですよね?」


 え?


「え?」


 リュウと僕は再度ポカンと見つめあった。何か常識が異なるようだ、とこの時は気づけていなかった。

 リュウと僕がしばらく頓珍漢なやり取りをしている横で、エルバードさんが静かに聞いていた。顎を撫でながら、考えをまとめて答えてくれた。


「人神様、もしかして神の地では国という概念がないのですか? 全ての神は等しく同じ大地を治めている、とか……」


 え、いやそんなことはないけど。

 地球上には日本を含めて197か国もある。聞かれた直後にインターネットで調べたので間違いない。と、そのことを伝えたらエルバードさんとリュウは「ものすごく多いですね」と驚かれた。


「えっと、国という概念はある。でも新しく国が勃興するというのは珍しいのですか?」


 そういえば新しく国ができたなんて話は聞いたことないな。戦国時代じゃあるまいし。……って、あ。


「……そういうことでしょうね」


 エルバードさんが理解すると同時に僕も理解した。リュウは小首を傾げていた。

 国際化社会が進んで、地球のどこの土地にどういう人が住み、どういう社会があるか大体わかるようになっている。だからこそ新しく国ができるという経験は滅多に得られない。

 しかし魔物の脅威が酷く、土地に空きが多く、文明がそこまで発達していない異世界では、ちょっと人が集まったらすぐに国ができてしまうのだろう。それこそ戦国時代みたいに。


 言われてみると、八角形の透明な外壁で囲われたサクラ街は、そういう国にも見える。欧州地方にこういう国があると言われたら納得してしまいそうだ。


 素直に感心した。まさかたった20日前には何もなかった場所に国ができるとは。色々と異世界のスピードが速すぎてちょっとついていけません。


 エルバードさんは、ようやく納得してもらったと安心した様子で、礼を取った。


「なので王政国家、サクラ国をここに建国したいと思います。下準備は済ませておきました。どうか人神サーティス様による王の選定をお願いいたします」


 僕に難しい言い回しは逆効果だとさすがに察してくれたようだ。30分かけて挨拶した説明をたった一言で済ませてくれる。

 そして僕もここまで用意してくれればさすがに空気は読める。エルバードさんの隣には、リュウが強張った表情で跪いている。

 要するにここで王を、女王を指定しろという茶番ということだ。僕は意を決して、ルーペ越しにリュウの小さく震える頭を指さそうとした。


 ……あのさ、エルバードさん。一回帰ってくれない?


「はい?」


 エルバードさんの素っ頓狂な声は初めて聞いた気がする。リュウもまた不思議そうな顔で僕を見上げていた。


 僕はその場で言い訳を取り繕う。

 ほら、いきなり国と言っても前準備が必要だろうし、それにどうせならこんな誰も見てないところで地味に王を指定するんじゃなくて、ド派手にやった方がいいんじゃないかな。


「ええと、準備はもう済んでおりますし、街に戻ったら盛大に発表する予定なんですが……」


 まあ、それもいいんだけど、その前にホラ! どうせ国ができるんだったら、百円玉の時みたいに何か持ってった方がいいでしょ? すぐには用意できないから明日、じゃなくて来年までには何か用意しとくし。


「……確かに、人神様からシンボルを頂ければ王国の象徴としてなりえますね。それはまあありがたいですけど……」


 と、とにかく僕の顔を立てると思って、来年! 国作りは来年ってことで、ね?


 僕が何か必死に言い訳をし続けると、エルバードさんは仕方ないといった風にため息をついて折れてくれた。


「……わかりました。人神様にも何かお考えがあるのでしょう。私もコトを急ぎすぎました。人神様にとっても急な話で驚かれたようですし、1年くらいなら十分に待てます。来年お願いします」


 はい、わかりました。あ、リュウには別に話したいことがあるから、エルバードさんだけ先に帰ってて。スレイプニルもリュウのこと気に入ってるみたいだし。


「……わかりました」


 わかってくれるとエルバードさんは素直に従ってくれた。僕が手を伸ばすと、一人だけ乗って戻っていった。

 おそらく王国建立の発表を待っていたのだろう、エルバードさんの下に住人が何人も集まってくる。建立を期待していたかもしれない彼らに僕の一存で延期させてしまって申し訳ない気持ちになる。

 申し訳ないとマシュマロと塩をつい多くあげてしまう。多すぎるとそれはそれで問題になりそうだったので、これでも多少は自重しているつもりだ。


 そして、僕は振り返る、一人だけ残されてどうしたらいいのかとキョロキョロしているリュウがいた。


「あの、私はどうして残されたのですか? 国は……?」


 リュウは困惑しながら質問してくる。僕はなんて言ったらいいのかわからず、少し悩んだ後、ストレートに言うことにした。


 ……だって、リュウは、たぶん嫌なんでしょ?


「……そんな、ことは……」


 言葉に詰まるのがその証拠だった。僕の予想が当たっていたことに、少しだけホッとした。

 この子はとても大人しい。何が原因かわからないが、好奇心旺盛で積極的だった母親とは大違いである。

 その子が妙に口数が多かったり、女王の指定を求めたときに少し震えていた。緊張していたからだろう。こちらもまた何が原因だかわからないが、リュウは王国の建立か、女王になることが嫌だったのだと予想したのだ。


 だからリュウ一人だけ残して話を聞こうと思ったのだ。父親同伴じゃ本音を言えないのは異世界人でも地球人でも同じだろう。

 僕はなるべく優しく聞こえるように、リュウに質問した。リュウは最初は嫌そうだったけれど、しばらく質問を繰り返したら言葉少なに答えてくれた。


 リュウは、サクラ街が国になることが嫌なの?


「いえ、そんなことは、ないです。国にならないと私のことを守れないって、お父さんが。街のみんなも……」


 じゃあ女王になるのが嫌なの?


「それは、その……」


 そりゃそうだ。確かリュウの年齢はまだ7歳か8歳。そんな年齢で急に王になれと言われて受け入れる奴なんていない。

 じゃあなんでリュウは嫌がらなかったのだろう。父親に言われたから?


「……その、あの……」


 リュウの答えは不明瞭だった。こっそり思考を漏らさないかと期待していたけど、もう魔法の熟練度が高いのだろう、一切わからなかった。

 王になることは嫌なのに嫌がらなかった、その理由については僕が何度も聞いても答えてくれなかった。なので勝手に理由を妄想した。


 ……親からの期待が重いとか、そういうやつかなぁ。


 詳細はわからなかったが、ドラマなんかでよく見る光景だ。親からの期待や愛情が重荷になって子供の負担になるというやつだ。

 父親のことも街の住人のことも悪く言いたくないという気持ちだけは何となく伝わってきた。エルバードさんがリュウを守ろうとするからその愛情が重苦しく、サクラ街にいると教会からの圧力や黒い魔物が脅威となり、リュウは母親のようには僕に心を開いてくれない。

 だからこそ僕は、突拍子もないことを思いついてしまった。


 あ、じゃあリュウ。家出しちゃおうか。


「……え? 家出、ですか?」


 うん、僕の家に家出しちゃおうぜ。


「人神様の……?」


 意外と自分の発想が名案ではないかと考え、僕は一人ウンウンと頷いていた。

※ローファンタジー日間51位に入れました! わーいわーい ∩(*´ω`*)∩

 嬉しかったのでこれからも頑張ります。よろしくお願いします。

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