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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル3【極小世界の管理、及び外敵の駆除】
24/58

5月6日(日) 晴れ


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 意見陳述書、草案



【表題】

 異世界を管理するにあたり想定される懸念事項、及びその解決策の相談


【概要】

 ガラスケースの中に存在するティムゾン大陸を主とするミニ世界(以後、異世界と呼称)について、その観察・管理をするにあたって軽率・過度な干渉を行ってしまうと、想定外の問題を発生させてしまったり、悪影響を与えてしまう危険性が高い。

 そのため異世界に干渉する際、懸念される事項について事前にまとめておき、その内容について異世界の現地住人に参考意見をもらうこととした。以下はそのまとめである。


【事前に想定しうる懸念事項】

(A)異世界に広く認知されている正堂教会の信奉する多神教(以下、異世界宗教と呼称)におけるサクラ街への影響について。

(B)サクラ街の発展・存続・調和をするにあたり、必要な支援・不要な過干渉・相互理解による相談事項の分類およびそれらの確認。

(C)サクラ街を害する存在の駆除。特に「黒い魔物」と称される謎の2匹の襲撃固体(以下、黒い魔物と呼称)の習性および対策の考慮。

(D)サクラ街の発展における展望の確認、およびその相互理解。

(E)観測者と特別な交流をもつ異世界の特定の個人またはその血族(以下、リュウと呼称)に関する取扱いに関する留意点。


【懸念事項に対する質問事項および解決策の例示】

(A)について

質問事項:正堂教会の定義、立ち位置、影響力、およびサクラ街におけるそれらの確認。

解決例示:一定の距離を置く。拒絶する。受け入れるが、その影響を最小限に留めるように注意する。

(B)について

質問事項:懸念事項通り

解決例示:観測者の干渉が一時的にしかできないがゆえに、過干渉は影響が甚大になるため不可。干渉度を低く抑えつつ、その意思が反映されるような対応策が求められる。

(C)について

質問事項:黒い魔物に対する情報の要求。主に光を倦厭しない性質を質問すること。

解決例示:質問事項を確認した後に相談。

(D)について

質問事項:懸念事項通り。

解決例示:特になし。

(E)について

質問事項:リュウの私個人的な意見となるが、低年齢であることから返答が難しいことが懸念される。彼女の父親であるエルバード氏と詳細に相談すること。

解決例示:特になし。(観測者の要望は、長期的に幸福な生活を望む)


【その他】

 現状考えられる範囲での意見は以上の通りである。詳細については、やはり異世界の現地人と直接報告・連絡・相談をすることによって勘案すること。


【最終目標】

 異世界の原住民とのコミュニケートを密にし、彼らの長期的な生活・発展に可能な限り寄与することを念頭に置いて、観察を行うものを観察者としての最終目標とする。

 



―――――――――――――――――――――――――――――――――





「え、ええと……お父さん?」


「……ふむ」


 露骨に困惑するリュウと、リュウの肩に手を置いて何か思案しているエルバードさんがいた。

 午前中はどうせ異世界(あ、観察日記の方でもこれからは異世界って表現します)に干渉できないからと、頑張って考えた異世界に対する意見陳述書(仮)を見せる。

 ワードで作った意見書だけど、当然異世界人に日本語は読めず、読めたとしてもサイズ差が大きすぎて文章を文章を認識してもらえない。だからリュウの意思疎通の魔法を通して僕の脳内変換された文章を読んでもらう、という少々周りくどいことをしている。仲介役をしている幼いリュウが大変そうなのがちょっと気がかりだ。


 エルバードさんが僕が半日で作った即席の意見陳述書を見て、何か考えているようだった。眉根を寄せて顎にもう片方の手を当てている。

 貫禄のある大人が僕の作ったニワカ意見書を厳しい表情で見ていると思うと、少し、いやかなり緊張した。

 学校の先生に目の前でレポートを見られてるときと同じ感覚だった。僕は何も言えずに座して待機している。


「……人神様、すぐに答えられる範囲はお答えします」


 エルバードさんの言い方も、なんとなく先生っぽかった。生徒っぽい僕はしばらく「はい、はい」と生返事を繰り返しながらメモをとった。


 (A)(B)(D)については結論をまとめると、「正堂教会からは一定の距離をとりつつ、現状維持」が最も望ましいという答えだった。

 初代リュウが連れていかれたときからずっとエルバードさんは教会について調べを入れていたそうだが、宗教の腐敗が思っていたより酷かったらしい。

 貴族との癒着、権力の横行、金銭の不透明な動き、そう言った諸々が2年の調査でわかったそうだ。サクラ街は本当に神が降りる土地と有名になってきたが、それでも僻地であったため今までその影響は軽微だった。

 しかし「神の御使いを宗教裁判にかける」というとんでもない横暴がまかり通ってしまう程度には、いろいろ腐敗が進んでいるそうだ。しかもある原因により、その権力がここ最近急激に強くなっているうらしい。

 とはいえ、もしまたチョッカイを出してきたら、今度は「人神様1年間不在問題」を持ち上げることで教会の影響を抑える予定だそうだ。


 ちなみに……ここまでの説明だけで30分近く解説された。いつもの難儀な言葉遣いではなく、僕にもわかりやすい言葉で解説してくれたのが不幸中の幸いだった。

 本当に大学の教授の講義を受けたくらいシンドイ気分で僕はエルバードさんに同意しつつ疑問を呈する。


 やっぱり宗教は面倒くさそうだね、僕には理解できないや。でも現状維持って簡単に言うけど、本当にできるの?


「はい、これについては人神様の御力を借りずとも、私どもで何とかできます。それにそれほど長期間必要ないと思います。少々、考えがありまして……」


 考えとは?


「申し訳ありません。まだ草案の段階でして……。この報告書を見て思いついたばかりのことなので、まだ相談はご遠慮させてください。サクラ街の展望については、来年にまとめてご相談させていただきます」


 エルバードさんは頭を丁寧に下げた。リュウの意思疎通の魔法はまだまだだけど、エルバードさんは魔法慣れしている。考えていることが漏れてくることはなかった。


 まあ異世界は異世界でやることがあり、僕にはできないことの方が多い。エルバードさんの方で考えるというならそれに従うまでだ。僕は次の話題に映る。


 あとは(C)と(E)についてだった。どっちも重要なことなので聞き逃せない。


 どちらから話題に振ろうと悩んでいたら、エルバードさんから先に(E)について提案があった。


「この子の将来についてですが、それについては本人から伝えた方が良いでしょう。ほら、リュウ。あなたの考えを、人神様に」


「は、はい」


 リュウが小さい体を精一杯強張らせて僕に向き直った。片手を僕の手とつないだまま、その場に膝をついて誓いの言葉を口にする。


「私は、母と同じく、人神サーティス様にお仕えしたいと思っております。人神サーティス様、我々の信仰と敬愛を全てあなたに捧げます。だから未熟な私たちに、その威光と栄誉をお与えください。永久とこしえに、永久に……」


 拙い言葉遣いに、無理やり覚えたような口調。そしてどこかで聞いた記憶のある台詞。僕はそのことに気づいたので、苦々しい表情で返事をした。


 ……あまり思いつめないようにね。


「え? えっと、はい、わかりました」


「この子はあなたに忠誠を誓います。そしてそのことが、この子を守る口実になります。なので、母親と同じく、リュウとしてこの子をまた毎年話し相手になってやってください」


 エルバードさんは後ろから説明を後付けする。この子を守るために本当にそれだけでいいのか、これに関してはあとでちょっと自分で考えなきゃいけないだろう。


 そして最後に(C)について。これが難儀だった。


「実はこの黒い魔物……見たことない種類なんです」


 ふむ。僕は訳知り顔で頷いたけど、実際は何もわかっていない。

 当然だ、魔物なんてゲームの世界でしか見たことがない。モンスターみたいな動物というのも現実には存在するが、少なくとも会ったことはない。

 だからエルバードさんの詳しい説明に対して、適当に頷く以外反応ができなかった。


「ここ数年に急激に増えた魔物のようでして、こことは違う僻地では猛威となっているようです。体は人より少し大きい程度、しかしその素早さは異常なほど早く、体の硬さと力の強さは他のどの魔物より強力、群れで動いて周囲を徹底的に荒らし、植物も他の魔物も……人間も食らって巣に持ち帰る。あまり強くないけれど魔法も使うそうです……人神様、もしかしたらご存じないですか?」


 うーん、聞いたことないなぁ。


 聞いたことないに決まってるが、勿体付けて返事をする。というか、黒い魔物の凄さがとんでもなさそうだった。

 他に黒い魔物の悪噂を聞くと、黒い魔物の拠点は山が一つなくなったとか、商隊が襲われて物資を根こそぎ奪われたとか、強力なドラゴンを数十匹で狩り殺したとか、異常な脅威を引き起こしているらしい。たった2匹とはいえ、それを倒した初代リュウは本当に凄かったようだ。

 また正堂教会の権力がここ最近強くなっている遠因も、妙にサクラ街への人の流入が激しかった原因もこいつのせいらしい。人は明確な外敵が現れると、神に救いを求めるものだ。


 エルバードさんは「まあサクラ街の近くには奴らの巣がないみたいなんですけど」と前置きしてからは痛言した。


「人神様の御力で、黒い魔物について調べることはできないでしょうか。いんたーねっとでの情報は、森羅万象が乗っていると以前聞きましたが……」


 い、言ったけどさ。どうだろなぁ。


 僕は言い淀んだ。確かにインターネットなら何でも調べられると言った。

 しかしそれは地球上での話だ。異世界の魔物について調べられるわけがない。

 「異世界 黒い魔物」でググったところで、間違いなくどっかのゲームの攻略サイトしか引っかからないだろう。インターネットだって限界があるのだ。


 なので僕は軽く調べるフリをしてから正直に答えた。わからないなー(棒読み)。


「そうですか、残念です……」


 エルバードさんと、仲介役のリュウが残念そうに項垂れた。そんな顔をされてもわからないものはわからないんだ、諦めてほしい。


「実は、その黒い魔物の厄介な点は他にありまして……昼間でも行動可能なところなんです。普通、魔物は夜か、暗い場所を好むのですが、黒い魔物はむしろ明るい場所へ積極的に移動するそうなんです」


 今まで、魔物は暗い場所を好むという前提で異世界人たちは防衛を行っていた。しかし、その前提が崩されたため、余計に脅威に感じているそうだった。


「サクラ街は1日中明るいため、魔物の脅威は一切感じなかったので、外壁作成を後回しにしたツケが出てきたんです。外壁がなかったため開かれた街として急激に発展することはできたのですが、今から急に作るとなると……」


 この時、エルバードさんの思考から一瞬、正堂教会、という単語が出てきた。

 これは完全に僕の憶測だが、教会からの圧力で建設が難航しているのか、今まで教会があったから大丈夫だった「魔物以外」の脅威を恐れているのか、それとも教会自体が何かしらしてくるという警戒なのか。とにかく今のサクラ街はかなり危険な状態だそうだ。

 さっきエルバードさんが「現状維持を望む」と言ったのは、むしろこっちの理由が大きいのだろう。今のままでは現状維持すら難しいのだ。


 だから僕は、かなり安直に答えを返した。外壁があればいいんだよね。作ろうか?


「さすが人神様です、私の心中を察してくれるのが早い」


「え、えっと、人神様、すごいです!」


 二人に露骨に煽てられたわけだが、まあ悪い気分はしなかったので笑顔で受け入れた。僕は壁を用意することにした。


 実は壁については良い心当たりがあった。僕はアリの巣の観察ケースでよく使われる、長方形の飼育ケースを何個も段ボールから取り出した。そして全部バラバラに解体する。


 これで透明な板が何枚もできたわけだ。これを外壁にできないかな? と二人に相談する。


「なんと……こんな透明な壁を、こんなにたくさん?」


「うわぁ、きれい……」


 リュウが物珍しそうにプラスチック板を眺め、エルバードさんは呆気に取られていた。

 僕はドヤ顔で彼らに見せびらかし、簡潔に説明した。これをサクラ街の周囲に突き立てれば壁になるんじゃない?


「そ、そうですね。いや、その前に強度の確認をしたいのですが、よろしいでしょうか?」


 はいはい、どうぞ。


 その後、エルバードさんが色々な方法を使ってプラスチック板の強度確認をしていた。

 腰から取り出したナイフの柄で何度も叩いてみたり、手の平に小さな炎を出してみたり、リュウを上に乗せてみたりと色々やっていた。しかしプラスチック板は傷1つつかない。僕は予想通りでほくそ笑んだ。

 カチくんの猛攻を受けて、1日で治る程度の傷だった。カチくんや初代リュウクラスの人じゃなければこの程度の安物で十分対応可能だと思っていたのだが、その通りだったようだ。


 その後、僕とエルバードさんが詳しく相談し、プラスチック板が少し大きすぎるのでニッパーで切って大きさを整えたり、どこにこの透明壁をつけるかの相談をした。

 全周を囲むように壁を作ろうとしたら、それは怒られた。曰く「全体を固い壁で覆ってしまうと、逃げ道がなくなってしまう」とのこと。


 あとは相談通りにガラス板をはった。地面にガラス板を張る作業は完全に砂遊びのそれだった。

 良い歳こいて砂遊びとはちょっと格好悪かったが、リュウが「すごい……」と興奮して地上の様子を眺めていたので、まあ良しとする。


 サクラ街を大きく八角形に覆う形に、透明なプラスチック板の壁ができた。これで街の周囲の8割は壁で覆われていることになる。

 残りの隙間は、後程異世界の人の力で作るらしい。


「人神様、ありがとうございます。これだけできれば、あとは私どもの力でなんとかなります。それに透明な壁というのが素晴らしい……まさしく神の御力」


「はい、すごかったです。ビックリしました」


 いやー、それほどでもー。


 褒められるのはいつ誰にされても嬉しいものだ。エルバードさんとリュウが手放しで褒めてくれるので、僕はかなり気分がよかった。

 そして最後に、エルバードさんが挨拶をして去っていった。


「人神様、本日は我々のためにたくさん考慮していただきありがとうございます。私どもも考えたいことができました。来年はお騒がしくなると思いますが、もしよろしければまたご協力をお願いします」


「よ、よろしくおねがいします」


 二人が地上に降りると、早速サクラ街が騒がしくなっていた。だいぶ少なくなった住人がみんな外壁に向かって指をさしているようだった。

 事前に連絡せずに大規模工事をしたのはまずかったらしい。まだまだ考えが足りないなぁと僕は反省した。

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