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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル1【アリの観察日記、改め極小世界観察日記】
2/58

4月16日(月) 晴れ

 ここから先の話はフィクションではない。現実に起こったことだ。

 繰り返す、これはファンタジー小説ではない。ちゃんとした観察日記である。そのことを念頭に置いてから、本文を読んでほしい。


 まず第一に、女王アリが失踪したようだ。

 これには少し驚いた。普通女王アリは結婚飛行が終わった後すぐに巣を作り、その中ですぐに産卵を始める。ただし、最初のうちは自分でも動き回り、2・3個の卵を産んで巣を広げ、また少量の卵を産んで……と産卵と巣作りを女王アリはしばらく同時並行で行うのだ。

 そして生まれてきた働きアリたちがさらなる巣の拡張や餌の確保をする、という流れである。だから昨日の今日でいきなりアリのコロニーができている、とはもちろん思っていなかったが……まさかアリの巣穴自体ないとは思わなかった。

 しかも女王アリの死体もなかった、2匹とも。昨夜の地震のときに逃げ出したのだろうか。外部に脱出したとは思えないけれど、大型のアリケースを使うのは初めてのことなので万が一もありうる。

 もし脱出していたとしたら問題だ。クロオオアリは乾燥した地面を好むが、木造アパートの樹の柱に巣を作らないとは限らない。

 運が悪いと被害が増大する可能性もある。大丈夫だとは思うが、一応大家さんに相談して殺虫剤をそこら中に撒かないといけないかもしれない。


 ただ、これは確かに少々想定外ではあったが、そこまでおかしいことではない。それほど驚くことでもない。

 アリの脱走は大事件ではあるが普通に起こりうる話だからだ。蓋を閉め忘れて大惨事になったことは今までも何度か経験した。問題はそこではない。


 もう一度書いておく。これはファンタジー小説ではない。


 アリの観察ケースの中に、森と川ができていた。


 意味が分からなかった。何かの間違いかと思った。

 変なところから水漏れしていてケースの中に水が入って、ものすごい勢いでコケが生えたのかと最初は思った。でも違っていた。


 一言で表現すると、街や風景を何千分の一スケールで再現したジオラマのようだった。

 平らに均したはずの地面に山があり、水道とは繋がっていないはずのガラス壁の真ん中からなぜか細長い川が流れていて、乾燥土を入れたはずの地面に大量の緑の木が生えていた。

 木である。誤植ではない。雑草や苔でもない。ものすごく小さな木が地面の上にびっしり生えていた。

 二度見どころか十度見くらいしたが、そこにある謎のジオラマは変わらなかった。床に這いつくばって何度も何度もガラスケースの中を確認した。


 正直、気味が悪かった。が、それ以上にこの謎現象が気になった。

 なので、僕は覚悟を決めた。アリを触るとき用に用意しておいた薄手のビニール手袋をつけて、恐る恐る二重蓋を開ける。5分ほど躊躇った後に完全に腰が引けた姿勢で中へと手を突っ込んだ。


 最初に感じた違和感は不思議な抵抗感と冷たさだった。

 まずは抵抗感。まるで強い風圧があるような、どろっとした生乾きのコンクリートに手を突っ込んだかのような、そういう圧迫感があった。まるでガラスケースの中に見えないゼリー状の何かが詰まってるかのようだった。ただのジオラマじゃない、とこのとき確信した。

 そして次に冷たさ。よくわからないがすごくヒンヤリした。勘違いじゃなかったらしく、手を出してみると水滴が手袋についている。

 虫籠ケースにつけてある温度調節機は室内温度とほぼ同じで、電気代節約のためにオフにしてあった。表示されている温度は室内温度と同じなのに、これはおかしい。


 明らかな違和感があったため、僕はそれ以上このジオラマに触れることをやめた。二重蓋を塞いで見なかったことにする。

 正直に言うと、少し怖かった。大型ケースが入っていた段ボール箱とバスタオルをかけて視界に入らないようにして寝ることにした。


 気にしないように気にしないようにと己に何度も言い聞かせたのだけれど、ガラスケースは我が家の床面積の5分の1を占めている。

 モノ自体がデカ過ぎるせいで無視し続けるというのはなかなか難しかった。気になって仕方ない。


 どうしたものか、これ返品とかできるのだろうか?

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