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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル2【極小世界の観察、及び人的交流の開始】
18/58

4月30日(月) 曇り

 子供出来るの早すぎじゃないっすかね?


 週明けだからかやたら憂鬱な気持ちで二重蓋を開けてガラスケースの中に手を突っ込むと、リュウが赤ん坊を抱いて僕の手の平に乗っかってやってきた。

 誰の赤ちゃんなの、という野暮なことを聞く必要はなかった。ルーペ越しに見えるリュウの表情が、もうなんていうか、穏やかな優しい笑みだったからだ。

 こういうのを慈母の微笑みというのだろう。拡大された視界の中には、僕より少し年下に見える、だけどとても大人びた笑みを浮かべた美しい女性がいた。


 意思疎通の魔法を使われる前に、エルバードさんを心の中で深めに刺しておいた。


「お久しぶりです、人神様」


 もうなんか口調も違った。穏やかというか、ゆったりしているというか。いつもみたいな好奇心満載といった様子ではなかった。

 これが人妻の余裕か、と僕は脳内エルバードさんをさらに2回ほど刺した。


 リュウにサクラ街の変化について質問する。

 リュウとエルバードさんの結婚式は盛大に祝われ、その余波で人の往来が増えたらしい。神に認められた縁だと大騒ぎだったそうだ。

 今は落ち着いているが、この一年はあちらこちらで乱痴気騒ぎがあって大変だったそうだ。正堂教会と協力して警備を強くしたらしい。


 リュウは使い慣れたらしい意思疎通の魔法を駆使し、記憶にある映像を挟んだりして僕に的確に説明してくれた。

 そして説明が一通り終わると、最後に胸の中に抱いている小さな命についてようやく話し出した。


「そしてこの子が……私とエルバードさんの子です。見えますか?」


 うん、見えるよ。リュウの腕の中で眠る髪の毛が生えそろっていない小さな肌色の幼子がいた。グサッ。


「グサッ?」


 なんでもないです。


「ええと、それで今日はお願いがあってきたんです」


 リュウのお願いというのはなんとなく想像がついた。赤子の名前を僕につけてほしいそうだ。

 神に祝われた夫婦の子の名前を勝手につけるわけにはいかない、と一部の住人たちから待ったがかかったらしい。そのせいでこの子は産まれてそれなりの時間が経っているのに未だ名無しだそうだ。

 ずっと名無しというのは可哀想すぎる。しかし、これはこれで再び問題が発生した。


 えっと、御存じの通り、僕はネーミングセンスがないんですけど……。


「えっと、そう人神様は仰ってますけど、そんなことはないと思いますよ。私は」


 僕が今まで名付けたものを思い出す。サクラにスレイプニル。なるほど、単語だけ挙げてみると割と悪くない気がする。

 地球人の感覚と異世界人の感覚が同じかどうかが疑問だったが、とにかく気に入ってもらってるようなら問題ない。


 だから、とリュウは続ける。


「ぜひ人神様に名づけてほしいのです。この子は女の子ですし、二代目のリュウにしたいと考えているんです。だから人神様に名前を考えてほしいのですけれど、ダメですか?」


 ダメじゃな、ん? 二代目?


 今メモ帳を見ながら観察日記を書いているから気づいたが、そういえば二代目リュウってどういう意味なんだろう? エカテリーナ二世的な意味なのかな?


 この話を聞いていたときの僕は全く気付かず、というか赤ん坊の名前をつけるという重大事に意識が行ってしまっていた。だから一人で唸りながら名前を考える。


 そうだなぁ……例えばこんな名前とかどうだろう?




【記録者の個人的理由により一部文言を削除してあります。ご了承ください】




「えっと、その名前もどうなんでしょう……?」


 僕が色々な名前を提案するも、リュウは少し困ったような表情をしていた。無理やり作った笑顔とそらした目線が何よりも物語っている。

 ネットで検索した日本人ネームのうち、外国人受けしそうな名前をいくつか候補に挙げたのだけど、どれもお気に召さなかったようだ。

 サクラ街は気に入ってもらったのに、他の日本語名はどうにもおかしく感じるらしい。異世界人の感覚はよくわからない。


 僕はだんだんと恥ずかしくなってきた。

 先程「ネーミングセンスがある」と言ってもらった手前、一発で最高の名前を付けてやろうと思ったら全外ししてしまったのだ。恥ずかしくてこれは記録に残せない。


「あ、すみません。お願いしたのは私たちの方なのに……人神様がそれが良いというのなら、それで……」


 い、いやいやいや。む、無理して我慢しなくてもいいよ! ええっと他には何かないか……!!


 僕は必死になって探す。キラキラネームを付けられたら赤ん坊が可哀想だ。

 しかしその後30分近くかけて名前一覧を探し続けたけれど、最終的には全く思いつかず、僕はギブアップした。


 ごめん、良い名前が思いつかないや……リュウの付けたい名前を付けるのが一番なんじゃないかな。


「えっと、そ、そうですね。すみません、こちらからお願いしたのに我儘を言ってしまって……」


 似合う名前をつけてあげてよ。それを僕が付けた名前ってことにしていいからさ。


「はい、そうしますね」


 リュウは穏やかに笑った。髪の毛が伸びたのだろうか、サラリとリュウの髪が揺れた。


 と、ここで赤ん坊起床。

 急にリュウの腕の中でむずがりはじめ、周囲の様子がいつもと違うことに気づいたのだろう、一瞬の間の後に大泣きを始めた。


 赤ん坊の泣き声は周囲の大人に守ってもらうための警告音だという。

 サイズ差があってミニ人間たちの声は全く聞こえないはずなのに、その赤子の泣き声だけは微かに聞こえた、気がした。


 ふぎゃああああああああああああ!


 僕が動揺しないわけがなかった。衣擦れよりも小さな赤ん坊の泣き声に露骨に動揺し、リュウに助けを求める。


 だだだだだ大丈夫なの? なんか僕やっちゃった!?


「ふふ、大丈夫ですよ。ごめんなさいちょっと待っててください」


 そういうとリュウは僕から手を離し、赤子をあやし始める。

 体をゆっくり揺らしながら、赤子と目を合わせて何か話しかけている。長い髪がまたサラリと揺れる。その姿がとても絵になっていてドキリとした。


 これが人妻の魅力か! とこの時考えてしまったのは内緒である。

 幼い頃からリュウを見てきたからこそ、とても感慨深い気持ちになってしまった。ほんのちょっとだけ娘を嫁にやる父親の気持ちが理解できた。エルバードさんはここぞとばかりに頭の中で滅多刺しにしている。


 ……昔は小指の先ほどの大きさだったのに、今は親指の半分くらいの大きさに……。サイズはあまり変わってないか。スタイルはだいぶ変わったけれど。


 ミニ人間の赤子は素直な子が多いのか、それとも僕の赤ん坊に対する偏見があったのか、リュウの腕の中にいる赤子は比較的すぐに泣き止んだ。

 リュウは何事もなかったかのように僕の手を再度触る。僕は感心した。


 へー、すぐ泣き止むんだね。大人しい子なのかな?


「あ、いえ違います。その……ちょっとズルしちゃってるんです」


 そういうとリュウは手品の種を明かしてくれた。なんと意思疎通の魔法を赤ん坊に使っているらしい。

 難しい意図までは伝えられないけれど、単純に「大丈夫だよ、お母さんはここにいるよ」と伝えると、だいたいすぐ泣き止むらしい。

 そんな便利な使い方があるのか、と僕は夜泣きに苦しむ世のお母さん方に教えたくなった。


 赤ん坊は落ち着いたらしく、周囲を興味深そうにキョロキョロ見回していた。視線を察したのか、いきなり視線が固定され、僕の方をジッと見ている。


 リュウがクスリと笑った。


「どうやらこの子も人神様のことがわかるみたいですね。興味を示していますよ」


 これも意思疎通の魔法の成果なのだろうか、リュウは的確に赤子の心境を語ってくれる。

 僕も何か構ってみたくなって、周辺を見回した。そして手ごろなところに安物の耳かきがあったので、耳かきの反対側についているフサフサを赤ん坊の目の前に突き出してみた。ゆっくりくるくると回す。


 赤ん坊にとっては家より巨大なフサフサのモンスターが現れたように見えたのだろう。

 最初は驚いた様子だったが、リュウに諭されて安心したら話が早かった。面白がって手を伸ばしていた。


 引っ張ろうと手を伸ばしたり、もっと近くに寄ろうと体を動かしたりしていた。母親であるリュウも面白がって遊んでいた。

 意外とこういうオモチャを今度から用意しておくと良いかも、と僕は心のメモ帳に刻んでおく。しばらく遊んでいたら、赤ん坊が笑っているように見えた。


 ひとしきり遊んで疲れたのだろう。再度赤ん坊が眠りについたところで、今日は解散となった。


 じゃあまた明日……じゃなくて来年ね。野菜たくさんありがとう。


「いえ、こちらこそまたたくさん貰ってしまって……。いつもありがとうございます、人神様」


 出産祝いだしね。多めにしといた。


 そう言って僕はマシュマロ5個と塩を50円分くらい、そしてついでに耳かきのフワフワを引っぺがしてあげることにした。

 万が一にでも赤ん坊を落としてはならない。いつも以上に慎重に僕は二人を降ろして別れを告げた。


 ちなみに今日のお供え物はダイコンもどき祭りだった。

 スレイプニルの餌がなくなりそうだと昨日言っていたのを覚えていてくれたらしい。実際、あいつは用意したら用意した分だけ食べるせいで、結構消費が激しかったのだ。

 ちなみにこっちはまだ全然懐いてくれない。悲しい。

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