4月29日(日) 晴れ 午前
23:11
馬(角あり)を貰ったのはいいけれど、どうしたものだろうか。
以前もらった野菜は冷蔵庫に、家具や武具はケースを用意してそこに並べているけれど、生きている動物を箱の中に詰め込んだり冷蔵庫で冷蔵保存するわけにもいかない。
仕方ないので即席で馬(角あり)を飼育できるケージを作る。アリが全滅したケースがそのまま残っていたので、パーライトの量を減らして横向きにする。人口土の四角い広場ができあがった。ちょっと天井が低いが我慢して貰うことにしよう。
植物ならなんでも食べるとカチくんから聞いている。保存していた野菜を、とりあえず一通り1個ずつ用意してパーライトの中に横一列に並べて置いた。これで足りると思いたい。
アリの生態観察日記、改め異世界人観察日記、改めミニ馬(角あり)の観察日記をここに記す。
4:21
普段は絶対に起きない時間に起きてしまった。馬(角あり)が気になって仕方なかった。そっと起き上がって元アリの巣ケースを見る。明かりは付けない。
勘が良いのか、それとも小さい動物には僕の忍び足すら煩く感じたのだろうか、それとも緊張で寝ていなかったのか、馬(角あり)は起きていた。四本足で立ち上がって周囲を警戒している。
餌には手を付けていなかった。やはり警戒しているのだろうか。よく見ると馬(角あり)の足の先端がパーライトに埋まっている。僕は慌てる。
馬(角あり)の重量がどの程度だかわからないが、本来アリが巣作りしやすいように緩いパーライトは柔らかすぎたようだ。居心地悪そうだった。
急いで別のケージを用意する。小学生が夏休みに持ち歩いているようなシンプルな虫籠ケースだ。土は相変わらずなかったので、パーライトに水分を含ませたあとに指で上から押して固める。
嫌がって暴れる馬(角あり)を吸虫管で捕まえる。小さい動物を捕獲するためにポチっておいたのに使う機会がなくて2週間近く放置してた道具だが、今更ながらに役に立ってくれた。おかげで無傷で馬(角あり)を移動させることができた。
アリの巣観察用の長方形のケースよりかなり広い。きっと気に入ってくれるだろう。手を付けていなかった餌も移動させておく。ケースの下にタオルを敷いたので足音も軽減されるはずだ。
一作業して疲れたので二度寝をする。馬(角あり)も寝不足じゃかわいそうなので、上にタオルを被せて暗くしてあげた。
8:00
餌が2つほど消えていた。ちゃんと餌を食べてくれると嬉しいものだ。
そういえば水がないことに気づき、入れ物を探す。家にある品物だと、何を用意しても底が深すぎて、馬(角あり)が水を飲もうとして足を踏み外したら溺れてしまいそうな気がした。今度リュウに頼んでみよう。
とりあえずパーライトにサランラップを埋めて水雫を数滴入れる形で水飲み場を作った。これで大丈夫だろう。
僕が水場作業をしていると、馬が完全に怯えて虫籠ケースの端っこで震えていた。申し訳ないことをしたと思う。近くにいても緊張させてしまいそうなので、遠くに置いて極力近づかないようにする。
気になるけど。ものすごく気になるけど。
10:51
たまった洗濯物や掃除を最低限終えて、馬(角あり)の様子を見る。
餌がさらに1つ消えていた。意外と食欲旺盛なのかもしれない。今は水飲み場の近くでゆったり歩いている。
馬を見ていて名案に気づいたので、僕は洗面台に走った。新品の歯ブラシを開ける。これで馬(角あり)をブラッシングできないかと考えたのだ。
結果は……うん、逃げられたね。まだまだ仲良くしてもらえそうにない。ガッカリした。さすがカチくんの馬、僕には懐いてくれないようだ。
冷静に考えて、自分より圧倒的に巨大な何かが頻繁に自分の近くに蠢いていたら誰だって怖いだろう。餌を補充だけして、また距離を置いておくことにする。ちょっと寂しい。
12:10
なんでこんなに馬(角あり)が気になるのか原因がわかった。そうだよ、僕は本来こういう観察日記を書きたかったんだよ。
アリの観察日記を淡々と書き連ねていこうと思っていたら、まさか謎のミニ世界と繋がって、不思議ばかりのあの世界のことを調査する報告書みたいなものを書いていた。
しかもミニ世界に意思疎通可能なリュウたちがいて、いつの間にか生物の観察日記というより異世界人との交流日記になっていた。まあこれはこれで面白いものが書けてはいるんだけれど、本来は違うんだ。
意思疎通が不可能な動物がいったいどういう行動をするのかを具に観察し、その経過を書き認めるのが本来の観察日記のはずだ。
しかも相手は僕が見たことない生き物、アリやコウロギなら何度も見たことはあるけれど、馬の観察日記なんて滅多にできるもんじゃない。興奮しないわけがないのだ。
……まあ馬というには大きさは1㎝くらいしかないし、角生えてるけど。
というわけでお昼ご飯を食べ終えてまたこっそり覗いてみたら、僕の存在に気づいていないのか、すごくのんびりしているようだった。
やはり音が響くのだろう。音が聞こえなければ結構過ごしやすい環境なのかもしれない。こっそりそのままじーっと覗く。
角が生えていることを除けば、普通の馬にしか見えなかった。今見ている光景はテレビで牧場を映したときに何度も見たことがある。今は水をガブガブ飲んでいた。
ルーペで周辺を見ていて、発見した。フンだ。ミニ動物の排泄物は観察対象としてとても興味深い。すぐ回収しようかと思ったが、我慢して様子を見ておく。
観察の基本は不干渉である。下手に余計な影響を与えすぎると、まともな観察結果を得られなくなるからだ。
リュウたちミニ人間たちとは、なんか断り切れずに関わってしまっているが、あれは本来良くない行為だ。
まあ会話が通じる観察対象との観察という意味では、普通の観察とは違うのかもしれないのだけど、とにかく馬(角あり)との観察はなるべく不干渉を徹底した方がいい。さっきそう気づいた。
1日1回、餌やりのときは不干渉でいるわけにはいかないので、その時にまとめて用事を済ませようと思う。
餌やりは予定では午後7時以降のつもりだ。平日も同じ時間になるように調整しなければならない。ミニ人間との交流を含め、夜の楽しみがどんどん増えていく。
13:30
餌がまた1つ減っている。写真で見比べてみると、白いダイコンみたいな野菜がなくなっている。これで2回目だ。このダイコンもどきが好みなのだろうか?
冷蔵庫のミニ野菜の山を見ると、ダイコンもどきはたくさんあったが、1日2本ずつなくなるとしたら間違いなく足りない。なくなりそうになったらまたリュウに頼んでお供え物にしてもらおうか。忘れないようにメモをしておく。
ところで、この子の名前何にしようか。カチくんからは特に名前があるとは聞いていない。
名前があるなら勝手につけちゃいけないのだろうけれど、いつまでも馬(角あり)という呼び名もどうかと思う。何が良いか悩む。
この前、神様には4種類あって、その中に魔神ロキという名前があったのを知ってから、妙に北欧神話に興味がわいてしまった。そこから名前をとろうかと画策する。
wikipediaで北欧神話を検索して馬の名前を調べる。結構いろいろな種類があって悩んだ。どれがいいだろうか。
15:12
スレイプニルと名付けようと思う。オーディン様の愛馬だそうだ。
足の数は8本じゃないし、神速というわけでもないけれど、なんとなく格好いいからだ。それに僕は自称・人神サーティス様である。
神の愛馬という意味では実にふさわしい名前な気がする、ちょっと大仰だけど。
名前を付けたらより愛着がわいてしまった。我慢できずに少しだけちょっかいを出す。
歯ブラシで撫でられないかなぁとそっと近づくも、スレイプニルは離れていった。どうやっても心を許してくれない。悲しい。
賢い動物だと聞いていたが、賢いからこそ危険に敏感なのか、賢いといっても動物程度だからなのかわからない。どっちにしろ、餌をくれてる人なんだから少しくらい気を許してくれてもいいんじゃないだろうか。
脅かし続けても可哀想だから無理に撫でないでおこうと思う。そっと観察するだけにとどめておく。
17:02
今日はスレイプニルにばかり目が行ってしまって、ミニ世界の方を観察するのを忘れていた。まあミニ世界は午前中はなぜか加速状態だし、大して意味がないか。
そういえば何時くらいからミニ世界の加速状態が解除されるのか調べようと思ってたんだった。というわけで、スレイプニルの餌やりを早める。
餌はまた減っていた。本当によく食べるようだった。餌を追加し、水も追加しておく。
スレイプニルは僕からもっとも離れたところに逃げていた。どうすれば懐いてくれるのだろうか。今日カチくんがいたら聞いてみようと思う。
塩の予備がないことに気づいたので、まだ日が暮れていないし、スーパーに買いに行こうと思う。ついでに晩御飯も買ってきちゃおう。
17:49
日が完全に落ちる前に帰ってこれた。スレイプニルを肴に晩御飯を食べる。スレイプニルはまたダイコンもどきを食べていた。
晩御飯を食べ終わってミニ世界に手を突っ込んでみたら、加速状態が解けていた。手が入る。
見慣れたからだろう、小さすぎて見分けがつかないミニ人間たちの中でも、リュウの姿だけは何となくわかるようになった。池の畔にリュウがいることがわかったので、回収する。
スレイプニル観察日記は別ファイルに記録しようと思う。ので今日はここまで。