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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル2【極小世界の観察、及び人的交流の開始】
15/58

4月28日(土) 晴れ

 カチくんのことは、正直苦手である。


 妙に突っかかってくるところは別に問題ない。たぶん、リュウちゃんを大事に想っているからこそ、その警戒心が僕の方に向いてるのだと思う。

 むしろ自分に正直で好感が持てるくらいだ。僕が14,5歳のときはそりゃもう捻じ曲がってたからね。


 言葉遣いが悪いのも全く問題ない。僕だって若いうちは礼儀知らずのバカものだった。

 さすがにカチくんほど露骨じゃないものの、かなり酷い口調だった自覚はある。むしろエルバードさんのような難解苦読の言葉遣いの方が困ったものだ。


 プレゼントに対してお礼一つ言わないのは、まあちょっと不愉快だけど、飲み込める範囲だ。

 知らない人から物を貰っちゃいけないなんて子供でも知ってる。ましてやミニ人間たちから見たら僕は山より巨大な理解不能なナニカだ。そんな僕から物を貰って無邪気に喜ぶリュウの方が変わっていると言える。

 そういう意味では僕の方が注意深くあげるものを厳選しているきらいがある。「下手に物をあげすぎて、逆に警戒されたりしないだろうか」という警戒をしているのだ。せっかく仲良くできているのに、変に距離を開けられたら嫌だからね。


 僕は性格上のことでカチくんのことは嫌いにはなれない。ただ、それでもなお、抗いようのないほど強く、僕はカチくんに対する明確な苦手意識があった。理由は明白である。


 彼はイケメンなのだ。


「戦え」


 今日はリュウがいなかった。なぜかカチくんだけ僕の手の平の上に乗ってきたのだ。そして意思疎通の魔法を使って、単語で僕に命令してくる。


 僕は動揺して言い逃れようとする。いやいや、いきなり戦えとか言われても無理だってというかなんで戦わなきゃいけないんだよっていうかその装備何凄い怖いんだけど!!


「黙れ」


 ものすごくドスの利いた声(ただし脳内ボイスに限る)で脅された。リュウほど意思疎通の魔法が得意ではないのだろう、伝わってくる言葉は短い単語ばかりで、しかし明確に意思を伝えてくるから何を言いたいのかこれ以上ないほどに明瞭によくわかった。

 僕は言われた通りに黙って、カチくんの姿を凝視する。


 端的に言えば、カチくんはアスリート系イケメンである。

 頭身の高いスラリとした体躯、服の上からでもわかる筋肉のついた精悍な体つき、そして意志の強そうな釣りあがった両目と形の良い高い鼻。写真にとってSNSの画像に使ったら大量の女性ユーザーが釣れそうなほど典型的なイケメンだった。

 しかも腹立たしいことに、今そのイケメン度合いが上がっていた。なぜかカチくんは武装した馬(だと思う、角生えてるけど)を危なげなく乗りこなし、体の要所要所を守るプレートメイルを付けていた。背中には身長と同じくらいの大きさの剣と弓と矢、手には槍を携えていた。

 その風体はまさに中世の傭兵団の若団長と言った面持ちである。ゲームなら主人公か、主人公より強い兄貴分にこういうキャラがいるはずだ。どの武装も綺麗に磨き込まれており、そのくせカチくんの使い慣れてる感がすごかった。


 正直に言おう、昨日の3倍恰好いい。不愉快極まりない。


「行くぞ」


 イケメンが勇ましく似合っている格好をして威圧するということに、男だというのにキュンとしてしまう。いやでもほんと映画や漫画とかじゃないと見られない光景だし、しかも声色がマジだったから余計にすごかったというか。


 マジなのは声色だけじゃなかったのに気づいたのは、この一瞬後だった。


 痛っ!?


 遠慮容赦もなく、カチくんの槍が僕の右手を刺してきた。鋭い痛みに思わず手を引く。

 まさしく針を刺されたような痛みが右手の掌の中央当たりに走る。僕が全身を引くレベルで手を下げると、カチくんは馬(角あり)をものすごい勢いで走らせて迫ってきた。


 怖い怖い怖い痛っ!!


 馬ってこんな早く動けるのか、と疑問に思うほど素早く移動し、ガラスケースの上の細かい凸凹を物ともせずあっさり飛び越し、一瞬で間合いを詰めて僕の手の平を刺してくる。

 ルーペを持ってなかったので正確な動作まではわからなかったが、カチくんが全身の体重を乗せて刺してきているようにその時は見えた。


 飛ぶ勢いで高速移動し、僕の右手を攻撃してくる。


 ちょ、ちょ、ちょっとやめてやめて痛っ!!


 意思疎通の魔法は僕からは使えず、しかも手を繋がないと発動しない。だからカチくんを止める術がない。

 いつもはリュウたちを鼻息で吹っ飛ばさないよう、鼻から下をガラスケースの天井より下にして右手を伸ばして会話している。今はカチくんから少しでも離れるよう、それでいて彼がケースの端から落っこちたりしないように少し離れたところで背筋を伸ばして椅子に座っている。

 パソコンを使って観察日記を書いているときの姿勢に似ている。本来ならマウスを動かす位置にある右手に向かって、カチくんが突撃を繰り返していた。


 そしてカチくんの凄まじさを思い知った。手を高く上げてしまえば問題ないだろう、そう思っていたのだけど、なんと彼は空を飛んだのだ。

 正確に言うと、馬(角あり)が飛び上がっているという感じなのかもしれない。とにかく1円玉より小さな馬がカチくんを背に乗っけたまま飛び上がって右手を追撃してくるのだ。これには堪ったものじゃなかった。


 下手に大きく動かすとカチくんを叩き潰しかねない。彼の意図がなんなのかわからないが殺してしまうわけにもいかず、僕は右手をゆっくり動かして彼から離れさせようと必死だった。


 ちょっと待痛っ! やめてやめて手の甲もかなり痛いから痛っ! ダメダメ爪と指の隙間は止めてそれほんとに痛い奴だからやめてお願いホント痛あああああああっ!!


 手にハチミツを塗ったらハエが全く離れようとしないのと同じ光景を見た。カチくんが僕の右手から離れてくれない。

 そして最接近するたびにチクチクと刺してくる。割と本気で痛い。

 気付いたら手に何か所も小さな傷がついていて、血塗れになっていた。転んで砂利道に思いっきり手をついたらこんな傷跡になるはずだ。死ぬほどの痛みではないが、涙目になりそうな程度には痛い。


 空を飛んでいるというより、長時間ジャンプしていると言った感じなのだろう。たまに壁や電気スタンドや常温灯の上や僕の腕に着地する。そしてチクチク僕の腕も刺してくる。

 あまりに痛くて我慢できず、僕は大きく右腕を振った。カチくんに直撃しないよう気を付けつつ、手を自分の背後に引く。さすがにここまで離れれば攻撃できまい。


 と思っていた僕は甘かったようで、カチくんはここぞとばかりに攻勢を強めた。まさか僕の顔に向かって突貫攻撃してこようとは。


 さすがにあの槍で目を突かれたら大怪我になってしまう。僕は上半身を引いて距離をとりつつ今度は左手で防御する。

 カチくんは即座に標的を変えたらしく、今度は左手に槍を突き刺そうとした。


 しかし甘い! 今度は僕が反撃に出る。引いた右手を使って背後にあったタオルを引っ張ってきて、カチくんを柔らかく捕獲した。


 安物のタオルなんて本気で引っ張れば簡単に破れてしまう。しかしカチくんのようなミニ人間相手ではそうはいかないらしく、タオルで作った風船の中で何かが大暴れしているのが見えた。

 窓から部屋に入ってきたカメムシやカナブンを捕まえたときこんな感じだろう。カチくんが中から逃げ出そうと必死に動いているのが見える。槍の先端が何度かタオルを抜けて飛び出してきたのが見えが、しかし破るには至らず、脱出できないようだ。


 ふぅ、やれやれ。これで僕の勝ちってことでいいよね。なんでこんなことしたのか聞かないとってえええええええ!?


 カチくんはさらに上手だったようだ。タオルが燃えだした。

 恐らく火を出す魔法が使えるのだろう。カチくんのいた場所を中心にタオルから火が出てきた。僕は慌てる。

 下手に炎上したら一人暮らしをし始めたばかりのマイハウスも、払ったばかりの敷金も燃えて灰になってしまう。かといって叩いて消そうとしたら、中にいるカチくんも潰してしまいかねない。

 なんとか中央を叩かないように気を付けつつ、火をパタパタと叩いて延焼を抑えようとした。この際、カメラを構えていなかったことを後悔する。


 炎の中央から現れたカチくんのそりゃもう恰好いいこと恰好いいこと。


 馬(角あり)も怯えていないようだった。燃え盛る火の中に泰然と構えているカチくんは、今度は大剣を構えていた。

 ガラスケースの上だからそれほど燃え広がらなかったことが幸運だった。タオルが半分ほど燃えたところで火を消すことができた。一安心する間もなく、今度は大剣を構えてカチくんが突っ込んできた。


 大剣はそれほど痛くなかった。全く痛くないわけじゃないけれど、槍のときのような痛撃はなかった。なんとなく三角定規の尖った部分で強く叩かれているようなイメージだった。

 痛くはないのだけど、結構衝撃があるのにビックリした。大剣の大きさはカチくんの身長と同じくらいで、後で測った大きさだと1,7㎝くらいだった。それが僕の指に当たるたびに押してきて、少しだけだけど指が逆に曲がる。手の平に当たるとツボを押されたくらいの衝撃があった。


 ただ言うほど痛くはないので観察する余裕があった。手の平越しにカチくんを見る。


 カチくんは手の平に横に着地したり、指の間を通り抜けたりしながら、僕の右手を攻撃し続けていた。

 どう見てもカチくんの体重より重そうなのに、大剣を馬上で軽々と片手で振り回す。お前はガッツか。


 カチくんも大剣の攻撃は効いてないことを悟ったのか、隙を見て僕の顔へ攻撃しようとする。

 しかしそれは許さない。さすがに顔に攻撃されるのは怖い。右手だけでなく左手も使ってカチくんの侵攻を阻む。


 千日手というやつだろう。カチくんは僕に致命打を与えることができず、僕はカチくんを攻撃することができない。

 どうしたもんかなぁと悩みだしたところで、僕が油断した。スマホの着信音。


 脇見をしたらカチくんは見事にその一瞬の隙をついてきた。指の間をすり抜け、僕の腕に馬(角あり)を着地させ、そこから猛ダッシュをかける。僕の顔へと突っ込んでくる。

 体に小さい虫がついているのに気づくと結構ゾッとするだろう。まさに今そんな感じだった。しかし、虫だったら払いのけるなり叩き潰すなりできるが、カチくん相手にそんなことしていいのかわからない。

 何とか左手で妨害しようとするが、カチくんはひらりひらりと避けて僕の二の腕を駆け上がってくる。


 肩にまで到達すると、そこから一気に飛び上がって僕の方へ突っ込んでくる。近すぎて左手は間に合わない。


 ここまで近づくとルーペなしでカチくんの様子が具にわかる。鋭い目で大剣を捨てて腰の弓をとった。

 素早く矢を3つつがえ、僕に向かって構える。三本の矢が僕の方に向いているのを見て怖くて思わずのけ反った。


 矢が放たれる。3本の矢のうち1本は外れ、右の耳たぶをかすった。

 残り2本はのけ反って大きく開いた僕の鼻の穴に吸い込まれるように入った。鼻毛が揺れる感触。異物が鼻から入ってくる恐怖。ほんのわずかな痛み。異物に対する不快感。違和感。息を吸い込む。


 あ、と思ったときは遅かった。僕は盛大にくしゃみをした。


 鼻息で強風扱いになるのだ。中空に浮いていたカチくんはひとたまりもなかった。勝負はついた。


 カチくんが死ななかったのは奇跡だと思う。





 ごめん、大丈夫?


「大丈夫」


 戦後処理(お片付け)を一通り終えて、カチくんに話しかけた。カチくんは先程までの敵愾心が全くなく、落ち着いた様子で僕の質問に答えてくれた。

 リュウとは違って単語ばかりの説明なのですごく内容把握に時間がかかったが、要約するとこんな感じだそうだ。


 僕が神であることが認知されてくるにつれ、その加護をより多く、より長くもらうにはどうするべきかと話す人が増えてきたそうだ。

 単に信仰を続ければ良いとかお供え物を多くしようとか日々の感謝を続けようとか色々言ってくる人がいる中で、リュウを捧げものとして与えるのはどうか、という案がうっすらと聞こえてくるようになったという。


 それは非道なのでは、とか人神様が求めていないのならそれはしないでいいだろうという声も聞こえたし、リュウ本人も否定していたのだが、しかし塩や街の命名をする際に「リュウが美しくなってきたから加護をお与えになってくださるのじゃないか」という疑念の声を晴らすことはできなかったのだという。

 このミニ世界での結婚適齢期は日本より若く、14歳くらいから18歳くらいだそうだ。20歳を超えると行き遅れ扱いになって居心地悪い思いをするらしい。

 リュウも今年で15になるという。「リュウは人神様と契りを交わし、サクラ街に加護と栄誉を与えてくださるだろう」という声が段々と強くなってきたのだという。


 事情を聞いた僕はようやく納得した。つまり、僕を倒してリュウを守ろうとしたの?


「そうだ」


 今年はリュウがおらず、なぜかカチくん一人しか現れなかったのはそれが理由だったらしい。

 リュウを騙して今年は僕の導きに行かせないようにし、カチくん一人で単身乗り込み、僕を倒して自由を手に入れるつもりだったそうだ。


 僕は呆れてしまった。いやいや、僕がリュウを誘拐するとか本気で思ってたの?


「……」


 っておい! 想ってたんかい! とツッコミましたね。どうやら本気で信用されてなかったらしい。

 でも言われてみれば否定できない。「飴玉あげるからおじちゃんのお家においでね」って人を不審者と呼ぶように、「マシュマロあげるから神様の世界においでね」って僕がやる可能性は十分あると判断したそうだ。

 そう言われると、なんとも否定できなかった。うん、確かに不審者、じゃないな、不審神だったね僕。


「だから、殺せ」


 カチくんはその場に座って恐ろしく物騒なことを言い出した。こちらも理由を聞いてみる。

 つまり「神殺しをしようとしたのは自分だけだ。だからオレが責任をとる。他の皆には関係ない」ということなのだ。こんなところまで恰好いいこと言い出すカチくんに、ちょっと呆れてしまう。


 いや、僕そんな酷いことしないからね。というか最初から事情を説明してくれればよかったのに……。


「……すまない」


 カチくんが初めて僕に頭を下げた。僕はアハハと笑いながら彼を許すことを告げた。


 その代わり、というわけではないが、先程のカチくんの武装について色々質問してみた。特にあの空飛ぶ馬(角あり)は一体何だったのか、と。


「……あれは、魔道具」


 カチくんはもっと魔法を勉強してほしいと痛切に思った。説明が単語すぎて把握できなかった。

 馬(角あり)の蹄鉄が魔法の道具になっていて、そこに魔力を通すと風が出るらしい。それで長期間走らせたり、追っ手から逃げたりするときに使用するらしい。

 それにものすごく強く魔力を込めると、先程のように空を飛べるようになるとかなんとか。カチくんの異様な強さは魔力が強いということだった。


 ……魔力とか言ってもゲームレベルでしか知識ないから聞いてもよくわからなかったんだけどね。とにかくMPが多いってイメージでいいのかな?


 なんと、馬(角あり)を含めたすべての武具は、今回僕にお供えするための品々だったらしい。去年のお礼にエルバードさんが大奮発したそうだ。

 ほぼ全ての武装を回収することができたが、大剣だけどこかに吹っ飛んでいて見つからなかった。後で探さねば。


 神にお供えする品物で神殺しを敢行するとはカチくんとんでもないな、と伝えたら「リュウを騙すため」と答えが返ってきた。

 自分がお供え品を持っていくとか何とか言ったのだろう。なかなかの策士である。


 色々教えてもらった後、改めてリュウの処遇について伝えた。

 別に彼女を奪う気はなく、リュウだけじゃなくサクラ街の人全員に幸せになってほしいと思ってるし、マシューや塩は欲しけりゃいくらでもあげるし、でもカチくんは反省すること。


「わかった」


 そう言ってカチくんは帰っていった。下を見たら、リュウと思しきミニ人間がカチくんに駆け寄っていったのがわかった。

 全くビックリしたなぁと僕は今日の出来事を反芻する。そしてお供え品としておいてった馬(角あり)をどうするか物凄く悩んだ。


 ……どうやって飼おう、この馬……。

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