4月27日(金) 晴れ
ん、なんだろ?
池の畔にリュウ他数名がいる。これはいつもの光景なんだけど、いつもとちょっと違う。何がおかしいのか最初はわからなかったが、違和感はすぐにわかった。
黒い服の人たちがいる。正堂教会だっけ?
以前は何やら揉めていたようだけど、仲良くなったのだろうか。リュウの背後に大人しく待機しているようだった。
まあ喧嘩してるんじゃなきゃなんでもいいや、といつも通りにリュウを迎える。手を伸ばしてリュウとカチくんを回収する。
黒服たちはついてこないらしい。代わりに昨日頼んだモノを怪力のカチくんを中心に掌の上に積んでもらう。
ゆっくり持ち上げて二重蓋の上に降ろした。早速荷物を検分する。
「あの、ほんとにこんなもので良かったんでしょうか?」
いや、最高。ありがたいです。
僕は心の中で親指を立てた。ピンセットとルーペをフル活用する。
塩と引き換えに頼んだもの、それはミニ世界の家具一式であった。
魔法がある、とは聞いていたが本当にファンタジーみたいな魔法が発現するとは思っていなかったのだ。意思疎通の魔法だけでも相当凄いけれど、他にはないと思ってたのだ。
しかし、実際に魔法はあった。リュウは風を操って野菜を切り、水を操って浮かび上がらせ、火を炊いて料理を作った。しかもその後、コンソメスープを注ぐための皿がないと土の魔法で即席の皿を作って見せた。その時作った即席皿は野菜と一緒に小皿に乗っけて冷蔵庫に保存してある。
今までリュウとのやり取りや街の成長だけを見て満足していたけれど、ミニ世界の文化がどういうものなのか気になったのだ。
治水工事について知らなかったことを鑑みても、あまり文明レベルは高そうにないとは思っていた。しかし同じ発展途上の文化だとしても、そこに魔法という要素が加わった場合、地球のそれとはまったく違う文化になるのではないかと推測したからだ。
だからこそ文明レベルの判断材料になる家財がほしかったのだ。まさか即日用意してもらえるとは思わなかった……って、僕にとっては1日だけどリュウにとっては1年だったっけか。
塩の代わりにしては貰いすぎだろうか、と少し不安になったが、今更言っても仕方ない。今回も多めに塩を提供すればいいだろう、どうせ塩もマシュマロも安いものだ。
できるだけでいいから家財道具を用意してほしいと言ったら、結構な量を用意してもらった。片っ端から調べる。
タンスやテーブルのようなものはそれほど目ぼしい物はなかった。日曜大工感が満載の、良く言えば素材を活かした、悪く言えば木を切って組み合わせただけにしか見えない家財道具ばかりだった。ごく普通の見た目である。丁寧にヤスリでもかけてあるのか、妙に綺麗に整えられている。
調理器具や洗濯道具のような使う道具類はやはり特徴があった。拵えは粗雑なのに、まるで通販番組の商品のような穴あきの菜切り包丁。ただの桶のくせに妙な器具がくっついている洗濯タライ。一本の太い枝から加工して作ったとしか思えない変な箒。見覚えのある形に近い分、異質な点がやたら目立って気になる。
一つ一つ疑問に思ったことを質問する。魔法を使うことを前提にしている道具や、魔法を使って加工している道具は変な見た目になりやすいようだった。
持ってきてもらったもののうち半分くらいは変わった要素があった。
いやぁ、面白い道具が多いねぇ。もっと他にない?
「他にと言われても……どれも普通の一般的な道具ばかりなので、何が面白いのかわからないです。ごめんなさい……」
こういうのが文化の違いって奴なんだろうなぁ、と僕はワクワクする。アリの巣観察も似たようなものなのだ。
例えばクロオオアリとクロヤマアリは、生息地に少し差があるだけで同種のアリだ。だというのに巣の構成はわずかに差がある。オオアリは食糧庫が浅い位置にあり、ヤマアリはちょっと深めで女王アリの近くにある。そういう細かい差を発見すると、結構面白いものなのだ。
「そうなんですか。私には人神様の使ってる道具の方が気になりますけど……」
そう言って僕が使っているピンセットやルーペを見ていた。ルーペ越しにリュウと目が合って、慌てて目をそらした。
リュウは完全に美少女になっていた。昨日の段階で、いや、もっと言えば初めて会ったときから顔立ちは整っていると思っていたが、今は女性らしさが際立っていて、若くて美しい少女としか表現できない。
和風ではなく洋風アイドルと言った感じだが、リュウみたいな娘はそれこそ芸能界じゃないと見かけないレベルだろう。それくらい綺麗である。
惜しむらくは、上背の大きさがせいぜい1㎝ちょっとしかないことだった。小さすぎる
とはいえ、小さいと言えど美少女は美少女、目が合うとちょっと照れてしまう。気恥ずかしさのせいでリュウから若干視線をそらしつつ、道具について詳細を聞いた。木製の道具がやはり多い。金属製の部品や道具もあるにはあるが少ない。
しかしその数少ない金属製の部品等の加工技術は高いように見えた。説明を聞いてみると、簡潔明瞭な答えが返ってきた。
「土の魔法をしっかり習熟してる方がいれば、結構簡単に加工できるんですよ。私も作れます……ちょっと苦手だけど」
おぅ、魔法イズ便利。
昼の間に考察していた通り、魔法が文化の根幹にかなり深く関わっているようだった。特に加工面では日本のDIYの比ではないのだろう。
しかしその割には文化が発展してないのが不思議である。個人で作成技術が高いと産業革命のような工業化は行われないのだろうか。それとも魔物とかいう存在が交易の邪魔をしているからだろうか。他の原因があるのだろうか。
……ん、この時何か良いことを思い付いた気がしたけれど、なんだったっけか。メモり忘れた。思い出せない。
「あの、何か作ってみますか?」
僕が魔法による加工技術について質問を繰り返したからだろうか、リュウは僕が魔法に興味があると判断したのだろう。大当たりである。
もし可能なら見せてほしいと頼むと、リュウは包丁を一本胸元に抱えた。
「こんな感じで加工するんです……あんまり上手くないけど」
曰く、金属加工は難しいらしい。難しいも何も、溶鉱炉やトーチもなしに自由に加工できるだけで十分凄い。僕にはできない。
苦手な金属加工は集中しないとできないのだろう、リュウは両手で包丁を持ち、目を閉じて包丁に意識を向けている。穴あき包丁がリュウの意のままに変形を繰り返し、棒状になったり球形になったりしている。
……これは、よろしくないな。
金属加工の話ではない。魔法の効果の話でもない。
その、リュウの体の一部分がすごく気になってしまうのだ。目を瞑っているリュウは気づいていないようだが、形が流動して変形する包丁に合わせて、リュウのとても柔らかそう部位にポヨンポヨンと当たり、揺れるのだ。
とても……大きいです。
と、ここで急にカチくんが割り込んできた。
ルーペで拡大するとよくわかる、カチくんの顔も真っ赤だった。僕が何を見ていたのかわかったのだろう。カチくんも同じものを見ていたはずだ。このスケベめ(人のこと言えないけど)。
僕はしれっと目線をそらした。
「ええと、こんな感じで……あれ、カチくんどうしたの?」
ううん、なんでもないよ。
包丁の形を変化させる魔法をやめ、僕の指先にちょこんと手を付けたリュウが話かけてくる。とても眼福だったことはもちろん伝えない。セクハラになる。
本当に金属加工の魔法は苦手だったのだろう、若干形の崩れた包丁を家財道具の山にそっと戻してから、リュウは僕に振り返った。
「とりあえずご要望だった私たちの世界の一般的な道具はお持ちしました。どうぞお納めください」
うん、ありがとう。すごく嬉しいよ。
僕はミニチュア家具をピンセットで丁寧に摘まみながらマッチ箱のような小さいプラスチックケースに仕舞う。ケースを部屋に見立てて家財を並べると、リカちゃん人形が人形遊びをするためにあるかのような超極小サイズの小部屋ができあがった。
人間の手でこんな小さなものを作ることはかなり難しいだろう。米粒に文字を書く職人とかそういう器用な人じゃないと作れないはずだ。ミニ世界のもの、というレッテルがなくてもこれだけで価値がある。
プラスチックケースの蓋を閉めると、すごく、ものすごーく慎重に机の上へ片付けた。
「あの、他に何か欲しい物ありませんか? 人神様に少しでもお返しがしたいんです」
美少女がいじらしいことを言ってくれるとは男冥利に、いや、神様冥利に尽きるってものだ。こういう時は下手に遠慮する方が失礼だろう。僕は遠慮なく要望を言う。
特にこれだっていうものはないけど、とにかくリュウたちの世界のことを知りたいんだ。何か目ぼしいものがあったらそういうのを順次用意してくれると嬉しい。そんなに量は多くなくてもいいよ。
「はい、わかりました。目ぼしいものですか……。あとは魔法道具とか、武器とか、馬とかそれくらいでしょうかね……」
リュウがカチくんと言葉で相談しているようだった。意思疎通の魔法と同時に音声でも会話するなんて器用なことできるなぁと感心した。
にしても心躍る単語だ。武器に馬、それに何より魔法道具! 具体的にそれがどういったモノかわからないし、僕のサイズじゃ使えやしないだろうけれど、それでもミニ世界の文化を知る大きな手掛かりになるはずだ。ワクワクが止まらない。
早く明日にならないかなぁなどと暢気に構えていたら、何かリュウが不機嫌そうな口調で僕に話しかけてきた。
「では明日用意しますね」
……あれ、なんか怒ってる? ごめん、何か気に障ることした?
「い、いえ。神様じゃないです! ごめんなさい……」
動揺したリュウが頭を下げた。隣のカチくんが腕を組んでそっぽを向いている。何か言い争いをしたのだろうか。
ミニ人間の声は本当に全く聞こえない。大声で叫ばれても微かに「声がしてるかも?」と感じる程度だ。だからリュウとカチくんが何を話していたか全くわからなかった。
しかし二人の間が何か気まずい様子だということは、空気を読むことに定評のある日本人の僕には察しがついた。急いで話題を探す。
そういえば、サクラ街にまた何か変わったことあった?
「あ、たくさんありましたよ。エルバードさんがとても喜んでいました。商隊を辞めたのに商人としては大繁盛してるって嬉しそうに悲鳴をあげてましたよ」
リュウも察してくれたのか、すぐに話を合わせてくれた。サクラ街の様子を教えてくれる。
昨日の塩が予想以上に効いたらしい。
香辛料に乏しい大陸の端っこの出来立ての街に、大量の塩分が投入されたことで一気に食料事情が良くなったそうだ。
今までマシューの収入と現人神の出現という名目で何とかやりくりできていたサクラ街のショボい予算が数十倍に拡大したらしい。現在街は稀に見る好景気だそうだ。
そして神様から塩を与えられた、というのが正堂教会の琴線に触れたらしい。
どうやらミニ世界でも地球と同じで、塩は神の象徴的な側面があって、それを与えられたということがそのものズバリ加護の象徴となったそうだ。
塩の所有権でちょっと揉めたそうだが、鶴の一声ならぬリュウの一声で半々で収まったそうな。
やはり神と直接交神しているリュウの発言権は強いのだそうだ、と恥ずかしそうにリュウ本人が教えてくれた。
そして家財道具について妙に出来が良い物が多いと思ったら、どうやら神からの塩に感謝したサクラ街の人々がこぞって家具を提供したとのこと。
今度は僕が照れた。だって昨日の塩って、言っちゃえば1ビン84円の食卓塩をたった4分の1、つまり実質21円分の塩をあげただけなのに、感謝されるいわれはない。
なんか逆に申し訳ない気持ちになってしまう。
一通り情報交換をし終わったあと、僕はいつものマシュマロと、30円分くらいの塩をティッシュに包んでリュウに渡した。
気にしないでほしい、と冗談も謙遜も抜きで伝えたのだが、リュウはしきりに頭を下げていた。サクラ街の住人からもらったミニ家財セットをネットオークションとかに売ったら、たぶんこの千倍くらいの値段になるからね。絶対売らないけど。
そして仏頂面を崩さなかったカチくんは、さすがに大きすぎて持ちづらそうだったが、マシュマロも塩の包みも一人で運んでしまった。ミニ人間ってアリみたいに力持ちなのだろうか。今度聞いてみようと思う。
最初にリュウ、次にお土産を下の池の畔まで送り、最後になぜか残っていたカチくんを送ろうとする。
去り際にカチくんが手を伸ばして意識を集中し、僕に宣戦布告をしていった。
「次、戦う」
……え、いきなりなんぞ?