4月26日(木) 雨
大量のミニチュアの野菜の山が届けられた。
凄い量である。大きめの木箱のような入れ物に文字通り山のように野菜が盛られていた。
リュウの背丈の頭二つ分はうず高く積み上げられている。色とりどりの野菜が綺麗に積み上げられていてなかなか綺麗だった。……まあルーペで拡大して見たらの話で、ルーペ無しの直で見ると色が綺麗な消しゴムのカスの山にしか見えないんだけど。
とにかく、リュウやエルバードさんにせっつかれて、池の畔にあったその山のような野菜を手の平に乗っけて持ち上げた。持ち上げている途中でよく崩さなかったなと思ったら、ルーペでも見逃すほど細いロープに縛られているようだった。
それに驚いたのはカチくんだった。荷物が多いから今日はリュウ、カチくん、エルバードさんの三人が山積みの野菜を支えていたのだけれど、カチくんはたった一人で野菜の入った大箱を持ち上げたのだ。残りの二人は落ちないように横から手を添えているだけだった。
どんだけ力持ちなんだよ、と驚いたものだった。
僕はピンセットで野菜一つ一つを摘まみながらリュウに質問した。
なに、これ?
「お供え物です。みんなが今年とれた作物を人神様にお供えしようって話になって、倉庫に備蓄しておいたんです。今までの感謝の証なんです、けど……」
ふむふむ、これが……。
僕はピンセットで茶色い塊を摘まみ上げた。ルーペでも見えづらいほど小さいため、慎重に慎重に摘まんでいる。ものすごく手が震える。それはジャガイモのように見えた、大きさは砂場の砂みたいに小さかったけれど。
他の白い大根みたいなものや、スイカのような丸い緑色も見たりする。鼻歌交じりに野菜を一つ一つ見分していたのだが、ふと横を見ると、なぜかリュウがさっきから申し訳なさそうに手を擦り合わせていた。
どしたの? なんかモジモジしてるけど。
「その、人神様に感謝を示すのは良いことだって思ってみんなに集めてもらったんですけど、よくよく考えてみると、この程度の量じゃ人神様には足りませんよね……?」
ん、足りないって?
「その、人神様のお顔見たことないのですけど、その、このくらいの量じゃ一口で食べきれちゃいますよね。少なすぎたかなぁって思ってしまって……」
ええ、笑いましたとも。一瞬何を言ってるのかわからずキョトンとした後、大爆笑したさ。
確かに、現実的に僕の目の前にある野菜の量だと少ないとしか言えない。リュウの背丈と比較したら小山のような野菜の山だが、僕の手を比較にしたら親指の第二関節くらいまでの大きさしかない。
これならほうれん草のおひたしをほんの一つまみ分用意された方がよほど食べ応えがあっただろう。
大笑いする僕にリュウと、今日もついてきたカチくんが文句を言ってきた。
「その、た、確かにこんな少しの量だと人神様には不満でしょうけど、これでも精一杯集めてもらったんです。何も笑わなくても……」
「おい! 耳が割れるかと思ったぞ!! それになんだ今の爆風は! オレらを殺す気か!?」
ごめんごめん、いやいや、想定外のことを言われて笑っちゃっただけだから……。
僕は素直に謝罪した。笑いが落ち着いてきてから、二人にちゃんと説明した。
お供え物だっけ? すごくありがたいよこれは。リュウたちの世界について詳しく知りたいと思ってたし、こういうサンプルを持ってきてもらえるとホントに嬉しい。
「そうなんですか?」
そうそう。食べようと思ったら量が少なすぎて話にならないよ。でもリュウたちの食生活を調べるには最高のサンプルだよ。こんな良い物を用意してくれるなんて、ありがたい。
「そうなんだ。人神様が喜んでくれたのならよかったです」
リュウは落ち込んだ様子から一転、ニコニコと僕を見上げていた。僕はそっと視線をそらして野菜の方を注目する。
野菜は見たことある野菜に似たものが半分、見たことない野菜が半分といった感じだった。しかしどの食材も聞いたことがない名前だったし、モノが違うものも多かった。根菜系の野菜が少ないのはそういう文化だからだろうか。詳細は別メモに記載。
面白かったのはダイコンもどきだ。白くて太くて食べ応えがありそう普通のダイコンにしか見えないのに、ココナッツみたいに割って中身を食べるものだそうだ。「食べてみますか?」と1個パカッと割ってもらったけど、当然のように量が少なすぎて味なんてわからなかった。
一通り聞きたいことを聞いて、僕は感想を述べた。サクラ街の人たちはこういうものを食べてるんだね。
「はい、地産地消するものも多いのですが、最近は特産品として栽培しているものも多いんですよ。ほら、あそこの畑とか……」
リュウが指さす。サクラ街の規模はそれほど変化はなかったが、耕畜されている畑の面積が5倍以上に広がっていた。森の面積がその分減っている。
なんでなんだろう、と聞いたら答えは簡潔だった。豊作を司る人神サーティスが治めているサクラ街は農耕地帯として発展すべきだ、という住民の全会一致で決まったことだそうだ。
そうしたらまだたった1年だというのにかなり耕作が進み、大豊作、とは言わないまでもそれなりに順調に作物ができたらしい。
「人神様に人工水路を作ってもらったことと、やっぱり気候が安定していると作物が育ちやすいみたいです。あとは人神様のご加護だっていう人もいるんですけど……」
うん、ごめん。加護とやらは何もしてないね。
「あはは、そうですよねー」
こちとら魔法なんて使えないちょっと大きいだけの一般人である。神の加護なんて期待されてもできるわけがない。
「……こら、カチくん。そういうこと言うんじゃないの」
今日のゲストはカチくんとエルバードさんのお二人だ。ただ、リュウと手を繋いでいるわけではないため、カチくんが何を話したかまでは伝わらない。
エルバードさんとカチくんは木箱の上の野菜を一つ一つ降ろしていた。どうやら木箱だと思っていたのは荷運車のようで、お供え品はともかくこちらは返してほしいらしい。
小さい木工品のサンプルとしてほしい気もしたが、実用品をくれとは言えない。喜んで返させてもらう。
またカチくんが悪態をついたのだろうと予想する。リュウは意思疎通の魔法が上手になりすぎたせいで、発声と同時に思考してしまうのかもしれない。
僕は苦笑するとどうやらリュウも気づいたらしく、謝ってくる。
「あ、その……。な、なんでもないです。カチくんは後で言っておきます」
いや、怒らないから別にいいよ。
そして魔法に慣れたからか、リュウが思考を閉ざすと絶対にわからない。昔は考えてることが駄々洩れだったというのに、ずいぶん成長したものだ、と感慨深い気持ちになる。
魔法だけじゃなく、その、他の色々な部分も成長しているけれど。
僕はリュウの方を見ず、野菜の検分を続ける。9種類の野菜と果物があるようだった。一つ一つどういう食べ物なのか聞いていく。
「で、これはペペっていう野菜で、サラダにして食べますね。根っこをきちんと取り除いておくとかなり長持ちがするんです」
ほうほう。見た目完全にレタスだね。
「ガーネは果物ですね。本来は秋にしか取れないんですけど、ここら辺は暖かいから夏以外だいたいいつでもとれるんですよ。みんな大好きな果物です」
ふむ、1年中採れるリンゴみたいなものかな。それはいいね、紫色だけど。
「それはプロスっていいます。煮込んでスープにして食べますね。冬の定番です」
へー、ジャガイモとかハクサイみたいなものかな。食べてみたいね。
「食べてみますか?」
ほわっつ?
リュウが当たり前のように提案したので、少し躊躇った。しかし理由を聞いたら納得したので、すぐ準備に取り掛かった。
というわけでミニ人間さんの3分クッキング。シェフはいつも御馴染みのリュウちゃんです。
まず器を用意します。
一番小さいのと言われたので醤油をつけるような小皿を見せたら、そんな大きい皿しかないのかと驚かれてしまいました。確かに、リュウの家の前にある池より大きい皿なんて出されても困りますよねー。
仕方ないので小さめのスプーンを出してそれを見せました。それでもリュウがお風呂にできるくらいの大きさだったが、これ以上小さい器がなかったので諦めてもらいました。
次にお水です。
およそ2㏄ほど、スプーンの先端にちょこんと水を入れました。持ち運ぶのがとても大変です。
次に材料ですが、こちらはシェフが持参してくださった野菜類を使います。
野菜の種類は聞いてもわからないし、小さすぎていちいち見比べるのも面倒だったので省略します。とにかく必要な材料をたくさん|(リュウの体と同じくらい)用意して、魔法を使って一気に切り刻みま……ってえ?
今何したの?
「あ、すみません。さすがに量が多すぎるので魔法で一気に切ってしまおうかと……。ダメでしたか、やっぱり?」
と、シェフが謝罪してくる。
いや、ダメとかじゃないけど、なんか当たり前のように凄いことしなかった?
「そうですか? 風の魔法は結構汎用性が高くてこういう時便利なんです。包丁持ってきてませんですしね」
シェフはどうやら包丁がなくても野菜が切れる人らしい。僕は呆然としたけれど、シェフの料理はどんどん続いていく。
切った材料は、僕の目では粉微塵になっちゃってて何が何やらわからなくなっていますが、とにかくそれを全部スプーンの先端の水たまりに入れます。そして切った材料ごと水を浮かばせて下から直接火をかけます。
ってタンマタンマ! なんか凄いことが目の前で起こってるんですが!
「え? あ、な、なんかよくなかったですか? 調理器具がないし水量も多いから、こうやって温めようと思ったんですけど、ダメでしたか……?」
ダメじゃないけど! ダメじゃないけど!!
恐らく観察日記をつけてから4度目の驚愕タイムだった。リュウが魔法を使っている。
……いや、魔法使うのは知ってたけどさ。でもまさか、こう、わかりやすいというか、露骨に魔法チックなものを見るのは初めてだったから驚いてしまった。
リュウをはじめ、エルバードさんもカチくんも特に驚いた様子は見えない。この程度の魔法は当たり前なのだろうか。一人で狼狽えている僕がちょっと恥ずかしい。
空中に浮いた水玉と、その下で可燃物無しなのにライターの火とくらいの大きさで燃えている炎を見ること3分ほど。急に火が消えて、浮いていた水玉はスプーンに戻っていった。
そしてシェフ・リュウが笑顔でおすすめする。
「はい、急いで作ったのでそれほどのものではありませんが、私たちの世界でよく食べられてるスープです。どうぞ、召し上がってください」
あ、はい。わかりました。
僕は勧められるがままにスプーン一杯分のスープを飲んだ。せっかく作ってくれたんだからちゃんと味わおうとしたけれど、量が量なので一瞬で飲み込めてしまう。ちょっとスプーンが熱かった。
……味薄くない?
量が少ないからか、それとも事前のシェフの調理方法に度肝を抜かれたばかりだからか、とにかく味がしなかった。せっかく切ってくれた材料も、甘酒の酒粕よりも小さくて食感が感じられない。
「……その、美味しくなかったですか?」
完全に思考が伝わってしまったらしい。さらに申し訳なさそうにリュウが上目遣いにこっちを見てくる。
僕は視線を泳がせつつ、必死に言い訳を探した。
ええと、マズイわけじゃないけど、量が少なかったから食べ応えがなかったかなーとか。あと塩がないとやっぱり味が薄いなーとか。仕方ないよね急に料理してくれたんだし。
「……すみません、お塩はさすがにたくさん用意できませんでした……」
曰く、塩は貴重品だそうだ。僕はガラスケースの中の範囲しか見れないからわからないけれど、サクラ街は山岳部に沿っていて、塩の供給が少ない地域だそうだ。
海塩の入手はまず無理で、岩塩がわずかに供給される程度であるらしい。というかエルバードさんが商人活動していたときの主な取引材料は塩が大半だったそうだ。
と、そこまでの話を聞いて僕はニヤリと笑った。ちょっと離席する旨を伝えたあと、キッチンへと向かう。
戻ってくると同時に、リュウたちの隣にドンと食卓塩のビンを置いた。
「人神様、なんですかこれは?」
塩。
「し……!?」
この時の驚きようは見ものだったと記録しておく。リュウから伝えられたエルバードさんが凄い勢いでビンを調べ始め、カチくんも唖然としているようだった。確かに、塩が貴重なミニ人間たちの目の前に建物より大きな塩が出てきたら驚くのも無理はないだろう。
なんとなくカチくんを驚かせられたことに満足しつつ、同じく驚いているリュウに伝えた。
さすがにこれ全部はあげられないけど、今回のお礼で少し持ってく?
「え、い、いいんですか? でもいつも貰ってばかりだし、悪いですよさすがに!」
大丈夫、これくらいはどうってことないから。それに人神様は人に援助しまくるものなんでしょ? どんどん神様らしいことするよ。
「で、ですけどマシューだけでもありがたいのに塩までもらっては……」
いつも貰っているからこそのお返しでお供え品持ってきたのに、とリュウは遠慮がちである。
だからこそ僕は悪魔の囁きを……違った、神様の思し召しを与えることにした。
これくらいどうってことないから。それよりお願いしたいことがあるんだ。
僕はそういって、リュウに交換条件を申し込んだ。
一方的にもらうのではなく、交換でほしいものを伝えたからか、エルバードさんと少し相談した後にリュウは今度は笑顔で「承りました」と今度はすぐに了承してくれた。その真っすぐな笑顔が直視できず、僕はまたも目をそらした。
この後、料理のお礼としてインスタントのコンソメスープをスプーンに注いでごちそうしたら「こ、こんなおいしいスープ初めて飲みました」と三人がさらに驚いていた。
エルバードさんがまたも堅苦しい言葉でお礼を言ってくれたのだが、メモするのも面倒くさかったので省略。ただ「塩の塔」と「神のスープ」という単語が妙に印象に残った。
カチくんは嫌そうな顔をしながら、いつの間にか用意されていた小さな器で何杯もコンソメスープを飲んでいた。お湯を注いだだけしかやってないけど何となく勝った気分。
そしてマシュマロと荷馬車一杯の塩を与えて、リュウたち3人をガラスケースの中に返した。
池の畔では、僕が与えたマシュマロや塩の周りでたくさんの人が天空に向けて祈りを捧げていた。
うぐぐ、最近やたらリュウが可愛く見えるせいか、妙に肩入れしてしまう。自重せねば。