一旦終わり
今日は少しだけ、前に向けた。しばらく延々と書き続けた小説が書き終わった。駄文、駄作、それでも今できるできる限り使い果たして集中して書いたつもりだ。自分でも納得できない表現がいくつもある。一日1万字以上を書き続けて昨日の昼過ぎにようやく書き終えた。延々と出ることすらなかった外に久々に出て、今久しぶりの風呂に入って思った以上に寒くなっていた世界に思わず笑ってしまう。好きなシーンはとても好きだけど嫌いなシーンに納得できる表現は使えていない。どうしても書きたいシーンのためのこじつけの場所なんて大嫌いだ。それでも、それがなければ書きたいシーンをかけないもどかしさに笑ってしまった。小説の書き方と同じ書き方になってしまった。戻そう。
小説を書き終えたら少しだけ思考が減った。当然だとは思う。ずっと小説のことばかり考えていたんだから。でも小説が終わった今、残った残骸以外の思考はなくなって気が楽になったような気がする。最近処方された薬とどう向き合うかもなんとなく納得できるようになった。
今日が最後のずる休みだ。もうこれ以上は自分と向き合えるようになれるように努力しようと思えた。ところで今日は聴覚の話をテレビでしているのを偶然に見た。なんでも騒音の中で特定の音を認知することができないという障害だとかなんとか。でも気持ちはなんとなくわかる。丁度そのテレビを見ていた時、別の人に話しかけられた。どちらの音も聞き取れない。祖母の話を聞かなければいけなかったのに、テレビの話に引かれて、祖母の言葉に引かれて、結局両方が何を話していたのか私にはわからなかった。
ここ数日、祖父母の家に行っていた。お客様扱いされるわけではないけれどもようやく少し落ち着けたような気がした。ごちゃごちゃとした空間ではなく、もう少しまとまった空間で約2週間、ただひたすら文字を打っていた。書き終えて、ようやく前を向けた。祖母から色々と頼まれごとをされて、それで一時言葉を中断させながら、それに何度も文章を書き直したりしながら、ようやく書ききった達成感は旅の後に感じた達成感よりよっぽど気を楽にした。
もしかしたら、旅を終えた達成感で病んでいただけなのかもしれない。旅を終えてから確実におかしくなった。それだけは間違いなく言える。家にいるのが嫌だっただけかもしれない。でも祖父母の家でもいつもと変わらず焦燥に駆られていたっけ。ただ文章を書きたかっただけなのかもしれない。私は分を書くこと自体は好きだ。最近鉛筆で物を書くのができなくなってしまったが、ボールペンでノートを汚すのは嫌いじゃないし、こうやってパソコンのキーボードを叩くのも嫌いじゃない。何より、こうやって文章にした方が思考がまとまるから好きだ。書いている内容こそ脈絡がなかったり意味が分からなかったり、とりとめがなかったりするかもしれないけれども。
しばらくはこうやって文章を書く必要はなくなると思う。この文章を書く意義が薄れてきたように思う。必要なことが全て書き終えているかは知らないけれども、一旦ここで区切ろうと思う。それでまた、どうしても文章を書きたくなった時にでも文章を書こうと思う。ここに逃げるのをやめることにして、こうやって書いている間にももう20分近くが経過しているわけで、時間を別のことに使おうと思う。また気が向いた時にでもこの文章を書こう。
最初に求めた叙事伝とやらはどこへ行ったんだか、結局今のことばかり書いてしまったように思う。まぁきっとそんなもんかと思っておく。プロットのない文章だ。プロットがあればもう少しまともな文章でも書けるのかもしれないけど、思いついた言葉をそのまま書いているわけだし、気の向くままに指が書きたいワードを入力しているだけなわけだし、結局現在に縛られた思考しか私にはできないことがわかっただけマシだ。
明日になったら何か変わるかなと思っている。いつもそうだ。それでも、また変われないかもしれない。でももう死にたいと本気で思うほどではなくなったと思っている。時々思うのは、もし時間が戻ったらいつに戻りたいか、と言う昔聞いた話ぐらいか。中学生に戻りたい。脈絡のない、どこかの節目でもない、どうでもいい日に突然戻ってやり直したい。あの頃はよかった、じゃない。あの頃が酷すぎたからやり直したい。別に荒れているわけでもない優等生といった雰囲気で生きていた私を全力で笑ってやりたい。あんなに努力してどうにかしようとした自分が結局こんなになるんだから、もっとやりたいこと探してやればよかっただろうに。そうすればもう少し早く日本を回っていたかもしれない。もしかしたら海外に行っていたかもしれない。今ではどうしようもない話だ、だなんて言って諦めるのはちょっと夢見がちらしい私にはできそうにないが。あったらいいな、と時々想像しては楽しんでいる。自分の過去すらネタにできるんだから、もう私も大丈夫だろうか。
明日から何をしよう、という感覚と共に、やるべきことがあるだろう、と叱責する私もいる。遠くに住んでいる友人から近々会おうという話が持ち上がった。それまでに今よりもう少し笑うことのできる自分に納得できる状態に持っていければいいなと思ている。こんな私じゃきっと友人はびっくりしてしまうだろうし。あとその後に冬のキャンプの話が出ている。それも参加したいところだ。寒いのは苦手だが、外は好きだ。夏が一番好きだ。でも冬のお風呂も好きだ。気が緩む。
少し友人と会話していて書き物が止まってしまった。どこまで書いたっけ。まぁいいか。少し笑えるぐらいの元気は出てきた。食事の味はしないけど、甘いものを甘いと感じられるぐらいにはなった。少しはまともになってきただろうか?小説の登場人物たちを思い出していた。彼らは全部私だ。散り散りになった私が普通のフリして生きている姿を描いた。でも逆に、普通の人の異常なところが偶然集まってしまったのが私だと思えば、私はまだ普通かな、なんて思うのだ。
だから今は「異常」であることを少しはまた認められるようになるかな、と思っている。




