始めに
「異常」な私自身のために書く私の話。共感してくれる人がいれば御の字。面白くもない、脈絡もない思考を垂れ流す駄文。小説でもない上、気持ちの良い話はないと思われる。興味なければ読まない方がいいと思われるただの駄弁。正常に戻るまで書きます。
イヤホンを失くした。新品の千円と数百円程度のイヤホンだ。愛着も無ければ金銭的価値以外何も存在しないはずのそれだったが、私は探そうと思った。盗まれているかもしれないし、誰かが拾ってくれているかもしれないし、どこかに放置されて壊れているかもしれない。けれども、きっとどこかにあるはずだと思った。だからイヤホンを探そうと思った。それが今日の帰り道の話だ。
私はこの話をするために1000文字でも10000文字でも言葉を連ねられる自信がある。考えたことを延々と書き連ねることができる。以前も似たようなことがあった。理解できない感情を勢いのままに文章にして先生に提出した。そんな私を見て、ある人が「異常」と言った。これが小学生の頃の話だ。
よく、「変わっているね」と言われる。ところが、どこが変わっているのかは誰も答えてくれない。とにかくどこかが変わっているらしいということだけを毎度教えられて、どこが変わっているのかわからないまま今も生きる私がいる。
私から見た私の変わっていると思われる点は、いつも考え事をしているところだ。頭の中でどうでもいい話がせめぎ合って飽和して、溢れた言葉が口から出る。考えていることと話していることが大体一致しない。人と話していても大概は考え事の方が優先されてしまって話していることが抜けていることが多い。そんなもんだから、人の問いにまともに答えられない。「いつも考え事をしているところ」を「異常」と言われるならそうかと納得できなくもない。「普通」の人は「人の問いを聞きながら別のことを考えていない」と私は思っているから。けれども、世の中には「人の問いに答えられない人」などたくさんいる。外面だけを見て「異常」と言われているなら納得できない。私を「異常」と指差す人々が一体どこを指差しているのかは何度聞いてもやはり答えてもらえないから、未だに「異常」という言葉を鵜呑みにすることができない私がいる。
そう言ったことを悩むところからしても、私は「異常」なのかもしれない。今回はまだ誰にも話していないけれども、以前の経験と、世間一般の人々の様子を見ているとそうなのではないか、と思うところがある。しかし現在、私は狂っているので「異常」であるかの判断をつけることができない。
私は現在、狂っている。原因は追々話すことにして、これは初めてのことではない。数えられる範囲で2度目にあたる。私は自分の「異常」を認知すると正常を見失う。私生活を送ることすらできなくなる。これを私は「狂っている」と呼んでいる。気の触れた話だが、これが私の現状だ。
思考回路が吹っ飛んでいく。「普通」の人たちにはあるのだろうか?脈絡なく流れる思考に意識が流されていって現実と乖離していく感覚。ちなみに、そこに伴う感情はない。あえて言うなら、そちらに興味を持っていかれてフラフラと付いて行くような感覚で現実の話から離れて行く私がいるのを一歩離れたところで認知しているような感覚があるぐらいだ。こう書いている間も思考回路が時々吹っ飛んでいるのだが、伝えたいことは伝わっているだろうか?
一般人に言わせると、この現象は「集中力が足りていない」という言葉に集約されるらしい。わかりやすくて明快な回答だと感嘆する。そして悩んでいる。確かに私は集中力が足りていないのかもしれない。集中力をつければ少なくとも人の話を受け答えできるぐらいにはなる気もする。しかし、人と話している時に何に集中すればいいのかがわからない。言葉に集中しようにも、言葉が流れて行ってしまうのだ。流れる言葉を追いかけようと目を移していくと、思考が連想ゲームを起こして飛んでいく。そうして気付いた時には飛んで行った思考回路のループに嵌って、私は言葉を見失っている。これを「集中力が足りていない」と言われるのなら納得はするが理解ができない。どうすれば人の話を聞けるようになるのか、誰でもいいから教えてほしいと切望する。できれば文章で。
私は別段、長く生きてきたわけじゃないと思う。けれども、しばらくは間違いなく生きてきた。そしてこの人生の中で、この突拍子なく流れ続ける思考回路を一箇所にとどめてくれる薬も治療法も世の中には存在しないのではないかと思っている。この事実に私は結構落ち込む。ところで、そうやって暗い気持ちになるたびに医者の言葉を思い出す。「人に話すことで気持ちが軽くなる」だったか。ちなみにこの医者とどんな話をしたのかはほとんど忘れた。覚えているのはその話鵜呑みにして実践したら共感してくれる人がいなくて傷ついたことぐらい。だから人に話をするのは怖くて仕方がない私がいる。でも話したいという欲求に駆られて身動き取れない私もいる。というわけで、あえて誰かが読んでくれそうなところでこの話をぶちまけて、少しでも気持ちを楽にしようと思った。
私はここにひたすら感情も考えも思考回路も書きなぐって少しでも楽になろうと思う。この最初の文章以外の編集は一切しないつもりだし、誤字脱字に気付いてもあまり直さないと思う。最初だからこそ今、散々添削しているけれども、今後はやらないと思う。だからきっと、めちゃくちゃな文章がここに流れ続けることになると思っている。それでも何を言いたいのか理解して、共感してくれる人がどこかにいると信じて、私はここに自分自身を書きなぐることにする。
これから書きなぐるのは「異常」な私が「異常」に気付いて、気を狂わせて、ようやく立ち直ろうとしている今とこれからを書く、私のために書く脈絡のない自叙伝だ。