8.希少種
「おそらく希少種、じゃろうな」
「希少種、ですか?」
「きしょうしゅ?」
ザンデの村にたどり着いた翌日、武明は村の巫女と会っていた。
この世界で巫女とは、祭事だけでなく、医療行為もこなす知識人である。
武明を召喚したアクダの魔女もその1人だったのだが、そんな知識人に聞きたいことが、武明には発生していた。
正確には、ニケについてだが。
「うむ。我ら獣人族には時たま、とんでもない能力を持った者が生まれてくることがある。それらは長じれば、高い戦闘能力や、魔法適正を示すのじゃ。しかしそういう者は大抵、毛色が違うとか、体格がいびつであるなど、変わった特徴を持つと言われる。そのため、忌み子として嫌われ、排斥されることも多いのじゃ。そのような者を我らは希少種、もしくは貴種などと呼ぶのじゃ」
「なるほど。たしかにニケは、毛色が違うということで、迫害されていたし、見掛けより力が強いのも事実です。しかし短期間で体が成長するとか、あるんですかね?」
武明はそう言いながらニケの頭を撫でると、ニケはくすぐったそうな声を上げる。
しかし問題は、そのニケの体が出会った時に比べ、大きく変わっている点だ。
会ってからまだ数日しか経っていないのに、彼女の体は肉付きがよくなり、身長も少し伸びているのだ。
「ああ、それこそまさに希少種の特徴じゃ。特に強靭な肉体を持つ者は、成長に魔力が必要となるため、周囲の魔素濃度によって、成長速度は変わるらしい。しかもその子は普段から迫害され、満足に食事もとれなかったんじゃろう。そういう場合、肉体が意図的に成長を抑えることも、あるらしいぞ」
「はあ……たしかに俺と出会ってからは、肉をいっぱい食ってますね」
「はい、タケしゃまと、であってから、ニケは、しあわしぇでしゅ」
幸せそうに言うニケを見て、老婆も思わず笑顔になる。
ちなみにこの老婆は、武明を召喚したアクダの魔女の親戚に当たり、彼女自身もザンデの魔女と呼ばれている。
「もちろん食い物は必要じゃが、それだけではなかろう……おそらく、おぬしの魔力を分けられて、急成長しておるのではないか?」
「えっ、俺の魔力ですか?」
「ああ、信頼関係が強い者同士なら、そうやってくっついてるだけで、魔力を融通できるらしいぞ。知らないうちにおぬしから、魔力を譲渡されているのであろう」
「あ~~、なんとなく心当たり、ありますねえ」
武明があいまいに肯定すると、何か悪いことをしたのかと、ニケが彼の顔をうかがう。
そんな彼女の頭を撫でながら、武明は大丈夫だと笑う。
しかし老婆の言うことには、たしかに心当たりがあった。
初めて会ったその晩から、ニケは武明と一緒に寝ている。
それも彼のシュラフに潜り込んできて、ピッタリとくっついてだ。
そして毎朝起きるたびに、重くなっているような気はしていた。
最初は勘違いかと思っていたが、数日で明らかに肉付きが良くなり、体重も増えていることに気づいたのだ。
髪の毛もボサボサのベリーショートだったのが、今はツヤツヤしたショートヘアになっている。
おかげで当初とは比べ物にならないほど、女らしく見えるぐらいだ。
これは少々の食料事情の改善では説明のつかないことであり、心配になって相談したのがこの場である。
「まあ、年齢相応になれば、成長も止まるじゃろう。それまでは不審がられるかもしれんが、希少種と言えば、なんとかなるじゃろう」
「分かりました。ご教授、ありがとうございます」
「ああ、儂も珍しい例を見れたからいいよ……ところで、代わりと言ってはなんだが、あんたのことも教えてくれないかい?」
老婆は少し遠慮気味に、武明の情報を求めてきた。
同じ巫女として、アクダの魔女が呼びだした存在に、興味があるのも当然だ。
そう思って武明は申し出を受けることにした。
「ええ、いいですよ。代わりに俺が元の世界に戻る可能性についても、聞きたいんですけど」
「フハハッ、それは儂にも分からぬ。なにしろ星呼びの儀式は、成功例自体が少ないのじゃ。しかしできる限りは、力になろう」
「そうですか……まあ、そうですよね。それじゃあ、お互い情報交換といきますか」
「うむ。それでは、ここへ来た状況から教えておくれ」
それから同席していたオルジーも交えて、星呼びの儀式について話した。
途中、武明が元の世界に戻りたいと言うたびに、膝の上のニケがピクリと反応したが、彼女は何も言わなかった。
やがて武明の世界のことなども簡単に語り終えると、老婆がホウッと息をつく。
「なるほどのう。精霊も魔法もない世界か。だけどそのスマホとかいうのも、十分魔法に見えるのう」
「まあ、こっちの住民からすれば、そうでしょうね。だけどあっちではこういう技術が体系化されてるから、同じ物を何千個でも、何万個でも作れるんですよ」
武明は地球のことを理解してもらうため、スマホで画像や動画も見せていた。
ニケやオルジーはその珍しさに興奮していたが、さすがに老婆は冷静である。
「ふむ、そういう点では、こっちの人族に似ておるのう。連中も、モノ作りには長けておるからな」
「ええ、そうらしいですね。違いはこっちには精霊がいるから、その力を利用するのが多いってことですか」
しかしその言葉に、老婆は顔をしかめ、吐き捨てるように言った。
「ケッ、それは邪道じゃ。奴らは精霊を魔道具に封じ込めて、無理矢理力を引き出すんじゃぞ。この世の理を支える精霊をこき使うとは、本当にバチ当たりな奴らじゃ」
「そうです。人族は次々と精霊を捕まえては、兵器に変えてるんですよ!」
老婆だけでなく、オルジーまでも目くじらを立てるのを見て、武明はちょっと意地悪なことを言った。
「そんなこと言ったって、君らも精霊を使役するんだろ? 俺だってこうしてミズキと契約してるんだし」
「それとこれとは、全然ちがいます。私たちは精霊に敬意を払って、魔力と引き換えに魔法を使ってもらうんです。だけど人族は精霊の自由を奪い、その力を搾取することしか考えていないんですよ!」
凄い勢いで、オルジーが反論してきた。
彼女にとっては人族のやりようが、とても我慢できないことなのだろう。
すると老婆もそれを支持するように言う。
「オルジーの言うとおりじゃ。儂らの先祖も妖精から分かれたと言われるぐらいだから、決して精霊や妖精を下には見ておらん。なのに人族ときたら、むしり取ることしか考えておらんのじゃ。我ら獣人主のことも、動物と同等ぐらいにか考えておらんじゃろう」
「そうです。今までに多くの同胞が、人族の奴隷にされてるんです!」
「……あ~、そうなんですか。まあ、インディアンも奴隷にされたって話だしなあ」
「ん、なんじゃ、そのインディアンとは?」
「俺のいた世界で、侵略者に追いやられた先住民ですよ」
そこで武明は、インディアンの歴史をかいつまんで説明した。
それを聞いた老婆が、興味深そうに話をまとめる。
「ふ~む、その大陸を追われたインディアンの姿が、儂らに重なると言うのじゃな。たしかに人族は今、海辺に住み着いてるだけじゃが、この先のことは分からぬ。さらに国など造られたら、たしかに止めようがないのう……」
「ええ。あと、新大陸にはない病気を持ち込まれて、先住民の多くが命を落としたとも聞いています。こちらでもそんな話、ありませんか?」
すると老婆は思い当たることがあるらしく、顔をしかめた。
「実は不思議な病が発生しているという話は、聞こえてきておる。しかし、この世界には魔法があるからのう。腕のいい治癒術師がいれば、集落が壊滅するまではいかんぞ」
「逆に言えば、術師がいなければ壊滅してもおかしくない、ってことですよね?」
そう問われ、老婆はため息をついてそれを認めた。
「ハーーッ…………そのとおりじゃ。たしかに最近、小さな集落が消えたという噂を聞いておる。一体何が起こってるのかと思えば、病気のせいだったとは。しかしなぜ病気を持ち込んだ人族は、平気なのじゃ?」
「連中は向こうの大陸で、何百年も病気と戦ってきたんですよ。おかげで多くの人間が、病気に対して免疫を持ってるってわけです」
「めんえき? それはなんじゃ?」
「う~んと、なんて言うのかな。結局、病気ってのは、もの凄い小さな生物。細菌とかウィルスって言うんですけど、それが引き起こすんですね。だけど中には、それに対する抵抗力を持っている人もいるし、病気が治って抵抗力を獲得する場合もあります。そういう人が増えると、表面上は病気が無くなるんですよ。もちろん、その過程でいっぱい人が死んだりしますけどね」
老婆は武明の説明を聞くと、眉間のしわを深める。
「そんな奴らがこの大陸に押し寄せた結果、未知の病気が増えたということか? なんとも、迷惑極まりない話じゃのう」
「まあ、さすがに狙ってやってることでは、ないでしょうけどね。だけど、先住民が死に絶えた場所を、神からの贈り物とかいって、嬉々として占拠してるのは、間違いないですよ」
「なるほど。そしてそれだけでは飽き足らず、武力で領土を広げはじめたということか」
「そうなんですよ、おばば様。今回の侵略だって、ただの言いがかりなんですよっ!」
オルジーがここぞとばかりに、人族の無法を訴える。
そんな彼女をなだめながら、老婆は武明に問うた。
「そんな人族の侵攻を止めるには、どうすればよいと思う?」
「そうですね…………この大陸の住民が、一丸となって戦うしかないと思いますけど」
武明が他人事のように言うと、老婆も他人事のように答えた。
「それが簡単にできれば、苦労はないんじゃがのう」
「でしょうねえ」