7.ザンデの村
武明に拾われたニケは、翌日から行動を共にした。
その幼さから脚の遅さが懸念されたものの、それは杞憂だった。
彼女は元気に歩き続け、むしろ兎人族の子供より健脚さを見せた。
さらに夕刻に野営の準備が始まると、彼女は一時姿を消してから、驚く物を持って現れたのだ。
「タケしゃま~、いのしし、とったでしゅ~」
ズルズルと重い物を引きずるような音と共に、ニケが現れた。
その後ろには、50kgはありそうなイノシシをひきずっている。
そんな彼女を見て固まる兎人族をよそに、武明は手放しで褒めた。
「お~、凄いな、ニケ。1人で獲ったのか? これならけっこう、肉が食べられそうだ」
「はいでしゅ」
褒められたニケは、誇らしげに胸を張り、尻尾をブンブン振っていた。
そんな様を見ると、ちょっと引いていた周りの人々も顔をほころばせる。
そして数人でイノシシを引き取り、解体を始めた。
ちなみに兎人族は雑食で、肉類も普通に食える。
というよりも、獣人種は狩猟による食料調達を基本としていた。
しかしおいしい狩場は狼人族、虎人族、獅子人族などの、強種族に押さえられているため、他の種族は農耕や採取に比重を置いてきたという歴史がある。
やがて狩りに出ていたカレタカたちも戻り、ニケの戦果を知って驚愕する。
彼らは数人がかりで、数羽の鳥やウサギを仕留めたに過ぎなかったのだ。
「本当にこれを、その子が取ってきたのか?」
「はいでしゅ」
「信じられないでしょうが事実です、おじ様。ニケちゃんは、耳や鼻が鋭いようですよ」
嬉々としてイノシシを解体しているオルジーらが、ニケを擁護する。
どうやらニケは、そのかわいらしさによって、早々に女子たちに受け入れられたらしい。
オルジーなどはまるで実の妹のように、かわいがっていた。
逆に実の妹のヤツィは、なぜか冷ややかな態度を取っていた。
やがてイノシシの解体が終わると、火を囲んで食事が始まった。
兎人たちは軽く火であぶっただけで、肉にかぶりつく。
調味料は塩しかなかったが、久しぶりのごちそうだ。
新鮮な肉に舌鼓を打ちながら、皆がニケを褒め称える。
「これほどの獲物を仕留めるとは、立派なものだな。一体どうやって、イノシシを仕留めたのだ?」
「いのしし、みつけたら、きをつたって、しのびよるでしゅ。あとは、タケしゃまのぶきで、いちげきでした」
「なんと、一撃でか」
「やはり異界の武器は、ひと味違うようだ」
戦士たちは驚きながら、日本製のナタに目をやる。
一部の若者は、どうせ武器がいいからだとでも言いたげだった。
それを見たカレタカが、若者をたしなめる。
「いやいや、イノシシを一撃で仕留めるなど、大人でもたやすくできることではないぞ。ニケには、精強な戦士の血が流れているのであろうな」
「はいでしゅ。とうしゃま、つよいしぇんしだったって、かあしゃま、いってました」
「そうかそうか。じゃあもっと食べて、強くならないとな」
「そんなにたべて、いいでしゅか?」
「いいさ。これはニケが取ってきたんだし、明日には村に着くんですよね?」
武明がそう問うと、カレタカが応じる。
「うむ、明日の夕暮れまでには、着くであろう。だから遠慮しなくていいぞ」
「しょれなら、もひとつ、くらしゃい」
「おお、食え食え」
実際問題、ニケは小柄なくせに、けっこう大食いだった。
水もそうだったが、食料もこの体のどこにこれだけ、というほどの量を平らげてしまう。
武明は”異世界だからな~”としか思っていなかったが、カレタカやオルジーですら目をみはっていた。
しかし彼らも、ひょっとして強種族はそんなものかと、勘違いをしていた。
実際にはそんなはずもないのだが、いろいろと価値観がマヒしていたのだ。
彼らも後に事実を知って考えを改めるのだが、その晩はおだやかにふけていった。
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翌日も朝から移動し、順調に歩を進めると、昼過ぎには目的の村へたどり着いた。
先触れも出してあったので、彼らは温かく出迎えられる。
同族の村だけあって、知り合いや親戚も多いらしく、何人かが再会を喜んでいた。
そんな中、カレタカが年老いた兎人の前へ進み出る。
「アクダの戦士、カレタカ。古の盟約により、ザンデの村に救援を要請する」
「ザンデの長、ワナギスカ。貴殿らの要請を受け入れよう」
彼らは手のひらを前に向けながら右手を挙げ、あいさつを交わす。
あれが兎人族の儀礼なのか、と武明が見ていると、そんなあいさつも早々に、長が深刻な顔で言葉を続ける。
「我らは祖先をひとつにする関係ゆえ、貴殿らを受け入れるにやぶさかでない。しかし一体、何が起きた?」
「人族の強襲を受けたのだ。あいにくと我ら戦士団の主力がいなかったため、好き勝手に蹂躙されてしまった。しかも戦の原因も、言いがかりとしか思えないものだ。人族の増長には、目を覆うばかりよ」
「う~む、我らも対策を考えねばならんな。しかし、そこな人族と狼人族は、何者じゃ?」
長は目ざとく武明たちをみとがめ、問いただした。
それに対し、カレタカは冷静に答える。
「うむ、こちらはタケアキ殿といってな、アクダの魔女が星呼びの儀式で呼びだした、救世主殿だ」
「なんと、アクダの魔女が星呼びの儀式を? ということは、すでにこの世の人ではないのだな」
「ああ、魔女は立派に儀式を終え、息を引き取られた」
カレタカが沈痛な表情で答えると、その場の皆がしばし目を閉じ、彼女の死を悼んだ。
やがて黙祷を終えた長が、さらに問いただす。
「して、その御仁は、真に救世主たり得るのか?」
「それはまだ分からん。タケアキ殿は異界から呼びだされて日は浅く、その力も未知数だ。しかし、少なくとも水の中位精霊と契約しておる」
「なんと、中位精霊じゃと!」
ザンデの民に衝撃が走った。
なぜなら中位精霊と契約できる術師など、獣人種ではほとんどいないからだ。
魔法の得意なエルフなどであれば、それなりにいると言われるが、それでも貴重な存在であることに変わりはない。
その後、いくつかのやり取りを経て、難民の受け入れが始まる。
やがてひと息つくと、ニケと戦士団は狩りに出かけた。
ザンデとて食料に余裕があるわけではないので、自分たちの食い扶持を稼ぐためだ。
ちなみにニケを連れていくことについては、ひと悶着あった。
いかに狼人族とはいえ、幼女は邪魔にしかならないと反発したのだ。
結局カレタカが押し切ったのだが、そんなを笑う者もいた。
しかし笑った者たちは、後に言葉を失うこととなる。
カレタカたちが、大ぶりなシカとイノシシを仕留めて帰ってきたのだ。
「なんと、アクダの村では、そんなに狩りの腕前を上げていたのか?」
「フフッ……恥ずかしながら、我らの実力はそれほどでもない。このニケ殿が、獲物を見つけてくれたのだ。しかもイノシシを、一撃で仕留める始末よ」
「はいでしゅ。だけど、カレタカしゃんも、しゅごかったでしゅよ。きょうはじゅいぶん、らくでした」
「……さ、さようか」
謙遜しながらも胸を張るニケに、ザンデの長も言葉を失た。
いかな狼人族といえど、そんな話は聞いたことがなかったからだ。
しかし薄ら寒いものを感じていたのも束の間。
すぐに狩りの成果を知った民が集まってきて、宴会をしようという話になった。
急遽さばかれた獣肉が調理され、村の広場で振る舞われる。
これにはアクダの民だけでなく、ザンデの民も大いに喜んだ。
気分を良くしたザンデの民から、酒まで振る舞われ、宴会はどんどん盛り上がっていく。
その戦果をもたらした立役者のニケは、武明の横でハグハグと肉を食っていた。
彼女は度々村人たちに褒められたり、感謝されたりして、生まれて初めての人気者になっていた。
しかし彼女にとっては、武明の横にいられることが、ただ何よりも嬉しいことだった。