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5.ニケ

 突如、異世界に呼びだされてしまった武明は、成り行きで兎人族と行動を共にすることになった。

 人族に村を奪われた彼らは、やむを得ず同族を頼って移動を開始する。

 そんな逃避行も3日目、一行はその日の野営地を決めてから、野営の準備をしていた。


「ちょっと川に行ってくる」

「迷子にならないよう、気をつけてくださいよ」

「すぐ近くだから大丈夫だよ」


 手持ち無沙汰の武明は、魚でも取れないかと川へ向かった。

 その彼の声に応えたのはヤツィだったが、いまだに彼に心を許さない彼女から、キツめの言葉を投げかけられる。

 しかし武明はさほど気にすることもなく、ぶらぶらと歩いていた。


 やがて川が見えてきたところで、なにやら唸り声を耳にする。

 すわ猛獣でも潜んでいるのかと警戒したものの、それならば声を出すはずもない。

 そこで声の元を探ってみれば、行き倒れのように伏した子供が見つかった。

 しかしその外見はひどく汚れていて、最初はボロキレかと思ったほどだ。


「なんだこりゃ? なんかの獣人みたいだけど、えらく汚れてんな。お~い、生きてるか?」

「……うう、みじゅ、みじゅを、くだしゃい」

「みじゅ? ああ、水のことか。すぐそこに川があるから、連れてってやろう」


 危険な者とも思えなかったので、武明は無造作に子供を抱きかかえ、川まで連れていった。

 その際、子供の放つ臭いに閉口はしたものの、さすがに放り出すようなことはしない。

 すぐに川のほとりまで行って子供を下ろしてやると、その子はむさぼるように水を飲みはじめた。


「ングッ、ングッ、ングッ」

「すげえ飲みっぷりだな。よっぽど喉が渇いてたか」


 そう言う間も、子供は必死に水を飲んでいる。

 この小さい体のどこにそれだけ、と思うほど飲み続けてから、ようやく顔を上げた。


「プハ~ッ。いきかえったでしゅ」

「フフッ、そうか。よかったな」


 本当に生き返ったような顔に、思わず微笑むと、子供のお腹がグ~~ッと鳴る。

 途端に悲しそうな顔をする子供を見て、思わず武明は声を掛けた。


「腹、空いてるのか?」

「……はいでしゅ。もう、なんにちも、たべてない、でしゅ」

「そうか。じゃあ、俺が何かやろう」


 彼は背負っていたバックパックを下ろすと、食料を探す。

 これは召喚時に背負っていたもので、登山用のグッズが入っている。

 日帰り登山の予定だったが、万一に備えて非常食も入れてあった。


 すぐに武明はバー状の固形食を取り出し、包装を開いて子供に差しだした。

 それはチョコレート味のバランス栄養食で、当然この世界には存在しないものだ。

 子供はその匂いを嗅いでから、不思議そうに問い返す。


「なんでしゅか、これ?」

「食いもんだよ。お前にやるから、食え」


 すると子供がひどく驚いた顔になる。


「い、いいんでしゅか? あたしなんかに」

「ああ、いいから食え」


 武明が苦笑しながら勧めると、子供はしばしためらった後、一気にかぶりついた。

 そしてたったのふた口で平らげると、雷に打たれたような顔で硬直する。

 口をポカーンと開けながら、瞳を宙にさまよわせている。


「お、おい、どうした? ひょっとして体に毒だったか?」

「…………こんな、おいしいもの、たべたの、はじめて、でしゅ」

「お、おう、そうか……もう1個あるけど、食うか?」


 あまりの反応の良さに、武明はなけなしの食料を差しだした。

 地球の貴重な食べ物は少し惜しかったが、なぜかこの子にならやってもいいと思ったのだ。

 すると子供は恐る恐るそれを受け取り、今度は少しずつ、ゆっくりと咀嚼そしゃくしていった。

 ひと噛みするごとに湧き出る旨味に、子供の顔が幸せに満ちていく。

 そんな様子をにこやかに眺めているうちに、子供の額に傷があることに気がついた。


「ケガしてるな。転んだ時にでも、打ったか?」


 そう言って右手を伸ばすと、武明は治癒魔法を行使した。

 彼はこの3日間で魔法の使い方をさらに学び、ミズキに治療をさせるだけでなく、自身で治療ができるようにもなっていた。

 淡い光と共に子供の額に滲んでいた血が止まり、傷口が塞がる。

 それに気づいた子供が、またひどく驚いた顔で武明に問う。


「あ、あなたは、かみしゃま、でしゅか?」

「ハハッ、違うよ。俺は異世界から呼びだされた、ただの人間さ。まあ、精霊と契約したんで、少し魔法が使えるけどな」


 まるで武明を崇拝するような視線に苦笑しつつ、彼は否定する。

 しかし子供は少しもガッカリすることなく、武明を称賛する。


「しぇいれいと、けいやく、してるでしゅか? しゅごいでしゅ。やっぱり、かみしゃまでしゅ」

「違うって。俺はタケアキ。お前の名は?」

「ニケでしゅ、たけあいしゃま」

「ニケ、か。いい名だな。たしか俺の世界では、いくさ女神の名前だな」

「めがみしゃま、でしゅか? あたしとは、ぜんぜんちがうでしゅ。ニケは、ごみでしゅから」


 悲しそうに目を伏せながら、ニケが自虐的な言葉を吐く。


「ゴミって、なんでだ? たしかに身なりは汚れてるけど、洗えばきれいになるだろう」

「ニケは、みんなと、ちがうでしゅ。みんなのけは、くろとか、はいいろなのに、あたしだけ、きんいろ、でしゅ。ニケは、いみご、なのでしゅ」

「いみご? ああ、忌み子か……毛色が違うから、呪われてるってか? 馬鹿馬鹿しい。そんなことで人の価値が決まるもんか」


 武明がいらだたしそうに言うと、ニケは悲しそうに首を横に振った。


「ニケは、ふこう、よぶでしゅ。とうしゃんは、いくしゃで、しんだ。かあしゃんも、びょうきで……」


 そう言ってほろりと涙を流すニケを見て、なんとなくその境遇がうかがえた。

 おそらく忌み子だのなんだの言って、ニケの家族はいじめられたのだろう。

 そして父親は戦で亡くなり、母親は心労で病に倒れた。

 やがて母親が亡くなって、村を追いだされたといったところではなかろうか。


 そう思うと急に、武明の庇護欲が高まった。

 彼自身、身勝手な母親との母子家庭で、苦労してきたのだ。

 物心ついた頃には父親はおらず、母親も男遊びで忙しいという、ひどい育児放棄の家庭だった。


 さすがにガキを殺したくはなかったようで、母親も最低限の世話はしてくれた。

 しかし武明が物心つくと、ほとんど世話をしなくなり、お金を渡されるだけだ。

 なまじ彼が聡く、自衛のために身の回りのことをこなせたため、その傾向に拍車が掛かった。


 さらに母親が機嫌が悪い時には、ひどい虐待もされ、彼が女性に対して距離をおく原因ともなっている。

 だから武明は、子供を虐待する親が大嫌いだし、毛色が違うからといっていじめる人々も大嫌いだ。

 そんなわけで彼は気がつくと、ニケを抱き寄せて、その背中を撫でていた。


「お前は悪くない。毛色が違うからといって差別する、周りの奴らが間違ってるんだ。だから、もっと自信を持て」

「……ほんと、でしゅか? ニケのこと、ぶきみじゃ、ないでしゅか? あたしは、いきて、いいでしゅか?」

「もちろんだ。他の誰がなんと言おうと、俺が認めてやる。お前は生きていい。いや、お前のとうちゃんとかあちゃんは、絶対にそれを望んでる。だから、自分のことをゴミとか、言うな」

「ウウ……ウワ~~~ン!」


 ニケは武明の胸に顔をうずめ、赤ん坊のように泣きだした。

 それはニケが初めて家族以外に認められ、生きる意味を見いだした、運命の出会いであった。

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