エピローグ
人族の秘書官、コルテスとの交渉中、武明はふいにマヤを呼びだした。
突然現れた黒曜石のような少女に、コルテスは驚愕している。
「なんだ、これは? 急に現れたぞ」
「おや、精霊狩りが大好きなくせに、ご存知ない? これは闇の精霊さ。ただし中位精霊といって、より高位の存在だけどね」
「なんと、パフィートスの仮説は事実だったのか。すばらしい、すばらしいぞ!」
マヤを見たコルテスが、急にはしゃぎはじめた。
彼の言うパフィートスとは人族の学者で、精霊にも高位な存在がいるのではないかという仮説を提唱している者だ。
「おいおい、浮かれるのは、それぐらいにしておいてくれ。パフィートスかなんか知らんが、この子は俺の契約精霊だからな。下手に手出しするなよ」
「精霊と契約? そんなことができるのですか? いやはや、今日は驚くことばかりだ。そもそもあなたは、何者なのですか? そこの獣人やハーフリングとも、違うようですが」
「俺は異世界から呼ばれた、異邦人さ。見た目はあんたらに似てるが、縁もゆかりもないから、期待はしないでくれ」
「異邦人……なるほど。この原住民の組織だった動き、あなたが裏にいましたか?」
「まあ、少なくともそのきっかけではあるな。それで話を戻すが、このマヤは闇の精霊だ。そして彼女は、人の嘘が見破れる。下手な嘘はつかない方がいいぞ」
「別に嘘などつきませんよ」
コルテスは平然と返してみせたが、その瞳には動揺が垣間見える。
「まあ、それならいいんだ。ところでこの土地は、本当に誰も住んでいなかったのかな?」
「ええ、まったくの無人だったと聞いていますよ」
「!!」
コルテスが答えた瞬間、マヤがフワリと浮き上がって、彼の肩を叩いた。
「な、何をっ!」
「ほら嘘をついた。実際には、ここにも猫人族が住んでたそうじゃないか」
「でたらめだ! そんな事実はない!」
「いえいえ、儂はここで、何度も猫人族と取引きをしましたぞ。あなたたちが現れてしばらくすると、なぜかいなくなっておりましたがな」
「そらみろ! 奴らはこの土地を捨てたんだから、無主の土地だ」
ハムニの言葉から、土地の所有権を主張するコルテスに、武明が指摘する。
「いや、猫人族はあんたらの持ちこんだ病原菌で滅んだんだ。ひょっとしたら、弱りきった彼らにトドメを刺すぐらいは、したかもしれないがな」
「な、言いがかりだ! 我らは手を出していない」
「!!」
するとまたもやマヤが、コルテスの肩を叩いた。
「アハハハ、どんどんボロが出てくるぞ、コルテスさん……それにしても、やっぱりこの土地を、力づくで奪い取ってたんだな」
「ぬう、許せんな」
「我らが同胞の仇、ここで晴らしてやろうか」
「ヒッ」
同席していた獣人戦士が剣を抜くと、コルテスと総督の顔が恐怖にひきつった。
「まあまあ、彼らが全てやったわけでもないだろうし、交渉相手がいなくなると困るから、剣を収めてください」
武明が取り成すと、戦士たちも渋々と引き下がる。
おかげで胸をなで下ろしているコルテスに、武明は追い討ちを掛けた。
「さて、あんたらがこの土地を不法に手に入れたからには、その対価を払うのが当然だよな?」
「だからそんな証拠は――」
「黙れっ! とにかくあんたらには、俺たちの同胞を害した賠償金と、この土地の租借料を払ってもらう。それはどれぐらいが妥当かな? ハムニさん」
するとハムニがしかつめらしい顔で、それらしいことを言う。
「そうですな。聞けばイスパノでは、金貨1枚で家族が半年ほど暮らせるそうです。以前、ここに住んでいた猫人族は百人ほど。さらにアクダとシュドウで犠牲になった4百人を足して5百人として、それらに20年ほどの寿命を掛け合わせると、金貨で2万枚という計算になりますかな」
「なっ、高すぎる! たかが獣人にそんな金、払えるか!」
コルテスが状況も忘れて怒鳴ると、戦士が剣を突きつけた。
「ヒイッ、やめてくれ」
「あんたも懲りないな。しかしまあ、金貨2万枚払えったって、どうせここには無いだろう。仕方ないから今ここにある物と、情報だけで勘弁してやるよ」
「情報? 一体なんの情報を求めるのですか?」
「そりゃあ、あんたらの国とか、その周りの状況だよ。こっちには嘘を見抜く術があるからな。いろいろと聞かせてもらうぞ」
「グウッ……」
それから武明は総督やコルテスだけでなく、何人もの捕虜を尋問した。
元々、この世界は地球に酷似していたこともあり、それだけでかなりの情報が集まった。
イスパノだけでなく、ブリテニアやフレンドルというライバル国の状況も知れ、海の向こうへの理解も進む。
その一方でタイオワ連合は、植民地から鹵獲品を運び出し、賠償に充てた。
その際には植民地内で酷使されていた獣人も解放され、20人ほどが自由になった。
他にも百人は捕虜がいたはずなのだが、残念ながら彼らは奴隷として本国へ送られていた。
一応、捕虜の返還について検討はしてみたが、海の向こうではどうしようもない。
仮にコルテスや総督を人質にして返還を要求しても、せいぜい数人を取り返すのが関の山であろう。
逆に人質が斬り捨てられる可能性も高いので、今後の付き合いを考えると得策でなかった。
結局、彼らについては諦めるしかないと結論が出て、終戦の協定が結ばれる。
なんとか合意できたのは、主にこんな内容だ。
1.タイオワ連合とイスパノは、今後互いを尊重し、友好を保つよう努力する。
2.イスパノが植民地としていたセントオーガスは、あくまで租借地であり、その権利はタイオワ連合にある。
3.イスパノは租借料の代わりに、セントオーガスで交易を行う。
4.セントオーガス周辺での狩りは許容するが、連合の民および精霊への手出しは厳禁とする。
5.連合とイスパノの間で問題が起こった場合は、双方が弁護人を立て、裁判を行う。
これらの内容をさらに細かく文書化、サインすることにより、連合・イスパノ間の紛争は終結した。
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「本当にこれで、よかったのかのう?」
「うむ、条約を結んだとはいえ、人族は信用がならん。いずれ力を蓄え、また牙をむくのではないか?」
ザンデに戻ってきた村長とカレタカが、心配そうにぼやく。
「今さら、何を言ってるんだい。そんなことは百も承知だろうに」
「大事なのは、完全に決裂しないことですよ。そうしていれば、彼らの文物を吸収して、俺たちも力を蓄えることができる」
ポワカの言葉を武明が支持すれば、オルジーもそれに追従する。
「そうですよ。人族って本当にたくさんの人がいて、いろんな知識や文化を蓄えてるんです。そこから学ぶことは、いくらでもありますよ」
「しょうでしゅ。ひとじょく、おいしいもの、いっぱいある。ニケは、しあわしぇでした」
するとニケも植民地での生活を思いだし、ゆるんだ顔を見せる。
彼女たちはセントオーガスで人族の食生活を体験し、それを取り入れていた。
特に砂糖を使ったお菓子に夢中になり、今もそれを思いだしていた。
「う~む……たしかに学ぶことはあろうが、奴らがどれだけ約束を守るかのう。条約の見直しも、もっと長くした方がよかったのではないか?」
「いえ、なまじ10年とかにすると、よけいに守らなくなるんですよ。3年ぐらいの方が、逆に信用できます」
条約には、内容を3年ごとに見直すという条件をつけ加えていた。
どうせならもっと長くしようという意見は多かったのだが、武明はそれを採用しなかった。
下手に長くしても、守られる保証は無いからだ。
「しかし3年もあれば、奴らも準備を整えるだろう。それはただ、問題を先送りにしただけではないのか?」
「だからその間に、俺たちも力を蓄えるんですよ。まずは海沿いを探索して、新たな仲間の候補を探します。そのうえで同志を募って、連合を大きくするんです」
「そう思うようにいくかな?」
カレタカが不安そうに問うと、オルジーが反論する。
「大丈夫ですよ、叔父様。すでに私たちは、信じられないようなことを実現してるんです。みんなで力を合わせれば、きっとできますって」
「そうそう。案ずるより、産むがやすしってね。もちろん、皆さんにはバリバリ働いてもらいますよ」
「ハハハッ、タイオワの使者殿は、人使いが荒いな……しかしそうだな。まずは我らが団結して、力を付ければよいのか」
「ええ、そのとおりです。なるべく多くの味方を探して、連合を大きくします。できるなら、人族とも仲良くしたいもんですね。戦うだけが能じゃありませんよ」
「あい、ひとじょくの、たべもの、おいしいでしゅ」
「アハハ、ニケは食い気ばっかだな」
ザンデの村に、人々の笑いが木霊していた。
異なる種族が笑い合い、共に働いている。
一時的にせよ、そんな平和を得られたことを、武明は誇らしく思う。
武明がこの世界に来たことは、ただの巻き込まれみたいなものだ。
しかし彼はこの世界で、日本にいた時以上の仲間を手に入れた。
そんな仲間をこれからも守るため、走り続ける覚悟を決めていた。
第1部 完
以上、第1部フロリダ編 完結となります。
当然ながら、この後に北米編と呼ぶべきものが続くのですが、ここで一旦切らせてもらいます。
というのも、ここまで思い付きで書いてきて、”我ながら上手く書けてね~”という実感があるからです。
このまま続けても自分で楽しめず、エタる可能性も高いので、しばし休みながら次の構想を練ろうと思った次第です。
その間は、拙作の”俺の周りは聖獣ばかり”のリメイクをしようかとも思ってます。
やはりベースがあると、書くのも楽なので。
それでモチベーションが高まれば、北米編にも取りかかるので、応援いただければ幸いです。
勝手ながら、よろしくお願い致します。