51.逆侵攻
とうとう始まった人族の侵攻は、タイオワ連合の強烈な反撃によって頓挫した。
しかし武明たちは、それだけで済ませるつもりはない。
「味方の損害はどうなりました?」
「今のところ、死者29名、負傷者102名です。幸いなことに治療班がよくやってくれてますので、これ以上、死者は増えないかと」
「それはよかった。だけど29人も死んだのか……」
「倍近い敵とぶつかってそれならば、上々だぞ」
味方の死者数に顔をしかめる武明に、カレタカが声を掛ける。
「まあ、そうなんですけどね……俺がもっと前に出たら減らせたんじゃないかと思うと」
「それは違うぞ。タケアキだけに頼っていては、我らのメンツが立たない。あらかじめ決めておいたことだし、味方の士気も高いのだ。それ以上は言うな」
「……そうですね」
今回、武明は迎撃作戦の計画から指揮まで任されていたが、必要以上に前に出ないことになっていた。
この争い自体がタイオワの民のものであり、タケアキに頼りすぎないことを目標にしていたからだ。
そのため彼は、直接的な行動は精霊砲を潰すだけに留め、後は指揮に集中していた。
彼がマヤやフランを使えば、被害は減らせたのだろうが、あえてそれを封印した形になる。
もっと前に出ていれば、と改めて思うが、味方の士気が高いのも事実なので、武明はそれ以上の言及をやめた。
「それじゃあ、敵の状況は?」
「はい、ほとんど抵抗もできずに、逃げ散っています。おそらく2百以上は討ち取ったかと」
「ふむ、すでに4割も殲滅したか。これからまだ戦果は増えるだろうから、敵はほぼ壊滅状態だな」
「はい、追討隊がいくつも出てますから、期待できると思います」
「あまり深追いしないよう、注意してくださいね」
「はい、それは伝えますが、言うことを聞くかどうか……」
元々血の気の多い戦士が、勝ち戦の興奮により、猛っているそうだ。
カレタカが苦笑しながら、先を促す。
「まあ、言っても止まらんだろう。しかし我ら獣人種にとって、森の中は庭みたいなものだ。そうそう遅れは取らんはずだ」
「ならいいんですけどね。いずれにしろ俺たちも、植民地へ向けて進軍しましょう。本番はこれからですよ」
「ああ、奴らの息の根を止めてやる」
「いや、止めちゃダメですって」
こうして武明たちが率いる本隊も、進軍を始めた。
遠方の村からも続々と援軍が駆けつけつつあるため、負傷者を除いても、その数は総勢で3百を超える。
その後方にはムツアシを使った輜重隊も続き、補給も万全だ。
タイオワ連合にとって初の遠征が、始まろうとしていた。
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1週間後に本隊は、人族の植民地を臨む位置に進出していた。
その間、味方の追討隊は敵に攻撃を加え続け、さらに百以上の首を挙げている。
そして今、タイオワ連合は新たな攻勢を掛けようとしていた。
「さて、それではお手並み拝見ということで」
「うむ、我らに任せよ」
「フハハッ、そうだそうだ。タケアキはここで見ておれ」
「あまり無理はしないでくださいね」
しかし植民地の攻略に対し、武明はまたもや後方で待機させられることになった。
というのも獣人の戦士たちが張りきっていて、自分たちにやらせろと言って聞かないのだ。
武明が応援すれば被害が減らせるのは明らかだが、ここは彼らの心情をくみ取って、先陣を任せることにした。
盾を持った前衛が進むと、それについて弓兵も前進する。
しかし百メートル以上手前から敵の精霊銃が火を噴き、早くも味方に被害が出はじめていた。
味方も負けじと矢を放つが、防壁に籠る敵への効果は薄い。
先日の戦とは逆に、味方が圧倒的に不利な状況だった。
「なかなか、しゅしゅまないでしゅ」
「ああ、こういうのは防御側が圧倒的に有利だからな。それにしても、けっこうしっかりした拠点だな」
植民地は3メートルほどの木製防壁でぐるりと囲まれており、あちこちに櫓も立っていた。
敵は櫓の上から銃を撃ってくるので、圧倒的に有利だし、敵兵も数百人はいる。
先日逃げ帰った兵士だけでなく、植民地防衛のために一般人も駆り出されているからだ。
ちなみに戦闘前に降伏勧告も試みたのだが、凄まじい銃撃で近づくことすらできなかった。
その後も何度となく味方の攻撃は繰り返されたが、防壁を越えることはできない。
なんとか壁に取りついても、石やら煮えた油やらを落とされて、ほうほうのていで逃げ帰る始末だ。
結局、その日はなんら進展もなく、夕暮れを迎えた。
「くそっ、なんと不甲斐ない!」
「まったくじゃ、人族め。亀のようにちぢこまりおって」
「だから言ったじゃないですか。拠点に籠って戦う方が圧倒的に有利だって」
その晩の軍議で、獣人たちが不満をぶちまけていた。
何人かはケガもしているが、まだ士気は高いのが救いという状況だ。
「それにしても、今日だけで百人近い者が戦闘不能になってしまった。予想以上に損害が多い」
「うむ、戦死者も10人を超えたしな」
幸いなことに獣人は生命力が強いので、よほど当たり所が悪くなければ、そう簡単には死なない。
とはいえ、いくら治療班がいても、傷を負って戦えなくなるのは防ぎようがなかった。
「それじゃあ、明日は俺が突破口を開くってことで、いいですね」
「……むう。致し方ないな」
「しかしタケアキ殿だけを危険にさらすなど……」
「そうだ。それでは申し訳が立たん。ここはもう1日だけ――」
「ダメです! これ以上の犠牲は許容できません。攻城戦の準備も終わったし、明日は俺が出ます」
武明が断固として主張すると、戦士たちは苦渋の表情を浮かべた。
せめて戦闘面では自分たちの力を示したかったのに、結局彼に頼るのが心苦しいのだろう。
すると、そこにダメ押しのひと言が放たれた。
「ニケも、いっしょでしゅ」
「だから、それが余計に心苦しいんじゃ」
「我ながら、情けない」
武明だけでなく、幼女を前線に出すことを嘆きながらも、翌日の方針は決せられた。
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そして翌日。
植民地の正門前に、異様な攻城兵器が姿を見せていた。
「ヴモ~」
「ブルルルルッ」
それは体格のよい2頭の6脚馬に、巨大な木の槍をくくりつけたものだ。
ムツアシに挟まれるように巨木をくくりつけ、その先端は尖らせてある。
そしてさらに異様なのが、ムツアシに装着された鎧だ。
鈍く光る鉄の鎧がムツアシの前面をくまなく覆い、まるで戦車のようだ。
これこそ武明が考案し、ドワーフ族が作り上げた、ムツアシ衝車だ。
長さ10メートル、直径50センチはある巨大な槍を、植民地の門に叩きつけ、突き破るのがその目的だ。
それは実現すれば強力な兵器になるが、問題もあった。
普通の闇使いでは元来臆病なムツアシを、銃弾が飛び交う戦場に突撃させられないのだ。
そしてそれを実現できるのは、中位精霊のマヤを持つ武明と、天才魔獣使いであるニケしかいない。
彼らがムツアシの首の後ろに隠れ、その行動を制御して初めて成る作戦なのだ。
この準備に時間が掛かっていたため、その先駆けとして獣人戦士たちが昨日の攻撃を仕掛けていた、という側面もある。
しかし獣人たちに任せていては、被害が増えるだけなのは明白なため、いよいよ武明とニケの登場となったわけだ。
「それじゃあ、行ってきます」
「うむ、申し訳ないが、頼むぞ」
「ええ、任せてください。行くぞ、ニケ」
「はいでしゅ」
「「ブモ~」」
ズシン、ズシンと重々しい音を立てながら、2頭のムツアシが前進を開始した。
当然ながら、獣人戦士たちも、盾を構えてついてくる。
武明たちへの攻撃を、少しでも減らすためだ。
しかし、人族も即座にムツアシ衝車の意図を見抜き、精霊銃を斉射してきた。
無数の銃弾が飛び交う戦場を、衝車は着実に進む。
何発もの鉛玉が鎧に当たり、カンカンと耳障りな音を立てていた。
しかし武明とニケの制御により、ムツアシは足を止めない。
やがて手前で勢いをつけた巨槍が、植民地の門に突撃した。
頑丈なはずの門がバキバキ、メキメキと悲鳴を上げ、その真ん中に穴がうがたれる。
それを阻止せんと、鉛玉が雨のように降り注いだが、武明はムツアシを何度か前後させてさらに穴を広げていった。
やがて耐えきれずに門扉の片側が崩れ落ちると、獣人戦士がその隙間に突入していく。
武明がムツアシ衝車を後退させると、その勢いはさらに広がり、防壁内で激しい戦闘が始まった。
「フウッ、ケガはないか? ニケ」
「だいじょぶ、でしゅ。でも、みみ、ばかに、なったでしゅ」
「ああ、きつかったな。でもこれでおしまいだ。俺たちは様子を見るぞ」
「はいでしゅ」
またもや重要な役割を果たしたにもかかわらず、武明は淡々と後退する。
すでに彼の思考は、戦後の交渉に向かっていた。