50.開戦
人族の軍隊の出発から4日間、連合は侵攻に備えていた。
敵の動向に目を光らせながら、防御を固め、戦士も増強していた。
そしてとうとう、ザンデを囲む防御線の外縁に、敵がたどり着いた。
「敵の布陣を確認!」
「味方の配置もほぼ完了!」
「敵前面に盾と銃の部隊を確認!」
防御用の砦内に、次々に情報が飛び交う。
そんな中で武明たちは、最後の打ち合わせをしていた。
「いよいよ戦闘だな」
「ええ、だけど、ただぶつかればいいわけじゃありません。まずは守りに徹するよう、言い聞かせてください」
「う~む、それなのだがな、抑えきれるかどうか……」
「グダグダ言わないで、命令を厳守させてください」
「……承知した」
主力となる獣人種の戦いは、基本的に矢を撃ちあってから、互いに突っこんで肉弾戦をするというものだ。
そのため砦や防御柵によった防御戦闘というものが苦手で、むしろ馬鹿にする傾向が強い。
もちろん連合が発足してからは、事あるごとに防御戦の教育をし、訓練もしてきたが、血気にはやる若者は、なかなか止められないものだ。
そんな一抹の不安を抱えながら、とうとう人族の攻撃が始まった。
敵が大きな盾を前面に立てながら、前進を始めたのだ。
やがて味方の防御戦へ50メートルほどに迫ると、盾の後ろから精霊銃が放たれた。
――タターン、タターン
2百丁以上はありそうな敵の精霊銃が一斉に火を噴くと、多数の鉛玉が飛来し、味方は防壁の陰に頭を引っこめる。
ただしこちらも負けてはならじと、ただちに矢を撃ち返した。
しかしその多くは敵の盾に行く手を阻まれ、双方共にダメージはほとんどない。
敵はじりじりと盾を前進させながら、さらに彼我の距離を詰める。
そして距離が30メートルほどになると、その威力も馬鹿にできなくなってきた。
鉛の玉が唸りを上げて飛来し、木や土の壁をえぐる。
中には運悪く弾に当たり、傷を受ける者もいた。
しかしそれは敵も同様で、こちらの矢玉もダメージを与えている。
ただし双方に被害が出る中、味方の負傷兵はただちに後方へ回され、水使いによる治癒魔法を受けていた。
治療班を率いるのは兎人の美少女オルジーであり、中位精霊のアレザの力をいかんなく発揮している。
ちなみに彼女を始めとする治療班には、武明が現代知識による衛生教育を施してあり、従来よりも治癒効果が高まっていた。
とはいえ、さすがにケガ人が即座に復帰できるわけでもなく、負傷者の数は徐々に増えている。
やがて防壁の近くまで達した敵兵が、突撃を開始した。
敵は何本ものはしごを掛けて、防壁を登ってこようとする。
当然、味方は防壁上から石を落としたり、槍で突いたりして敵を押し返す。
たちまちのうちに防壁周辺は、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
そのあまりの被害の多さに、やがて人族の軍が退きはじめる。
おかげで少し手が空いたカレタカが、武明に話しかけてきた。
「とりあえずは退いてくれたか」
「ええ、でもまた来ますよ。たぶん次は、新兵器が出てくるでしょうね」
「その新兵器とは、なんなのだ?」
「俺も遠目にしか見てないけど、銃を何倍にも大きくした武器です。たぶん大きな鉛玉とか、石を撃ちだすんじゃないかな」
「ふむ。それは任せていいんだな?」
「ええ、俺がなんとかします」
「フッ、さすがだな。頼むぞ」
そう言うとカレタカは、再び現場へ戻っていった。
すると今度はニケが話しかけてくる。
「つぎは、タケしゃま、たたかうでしゅか?」
「ああ、敵の大砲を潰すだけだけどな」
「なら、あたし、タケしゃま まもるでしゅ」
「ああ、頼りにしてるぞ」
「はいでしゅ」
武明が優しくニケをなでると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
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午後になると、再び人族の軍に動きがあった。
盾を構えた敵軍が、再びジワジワと前進を始めたのだ。
味方側も治療や補修が一段落し、迎撃準備は整っている。
そして再び50メートルほどに近づくと、精霊銃が火を噴いた。
――タターン、タターン
再びの鉛玉の攻撃に、味方も弓矢で応戦する。
前回に比べると、その対処も手慣れたものだ。
しかし今回はそれだけでは済まず、ふいに盾の一角が開いて、異質な兵器が顔を見せたのだ。
――キュドッ!
精霊銃とは比べ物にならない轟音が響いたかと思うと、防壁に何かがぶち当たった。
拳大の鉛玉が、木や土で固められた防壁に突き刺さり、一部を破壊したのだ。
これこそが、人族の新兵器たる”精霊砲”だ。
タイオワ連合の防壁を打ち砕くために持ちこまれた、攻城兵器である。
ただしさすがにその数は多くなく、たった5門しかない。
原理的には精霊銃に似た物で、砲の後端部分に精霊が封印されている。
しかしはるかに重い弾を撃ちだすため、その使い方はより過酷だ。
精霊に負荷を掛けて自爆させるような仕組みにより、弾を撃ちだすのだ。
そのために、数回撃てば精霊が消滅するという、タイオワの民には絶対許せないような代物でもあった。
「ウワ~、破られたぞ~!」
「こっちもだ。ケガ人を運べ」
かつてない轟音と破壊がまき散らされ、味方の一部が恐慌状態に陥る。
しかしそんな混乱する味方をよそに、武明はひっそりと反撃の機会を窺っていた。
彼は防壁の一角に開いた穴の後ろに陣取り、敵の動きを探っている。
そんな彼の手元には、水の入った桶が置いてあり、ミズキとフランも顕現していた。
「タケしゃま、しぇいれいが、ひめい、あげてるでしゅ」
「ああ、俺にも聞こえてくる。あいつらは精霊の命をすり潰しているんだ。あれは絶対に許しちゃいけない兵器だ」
共に契約している闇精霊の感覚から、彼らは精霊の悲鳴を感知していた。
拷問のような仕打ちを受けている精霊が、助けを求めているのだ。
敵に対して改めて怒りを燃やす武明の前で、敵の精霊砲が再び顔を出す。
「氷矢!」
その瞬間、長さ30センチ、直径8センチほどの氷の杭が、武明の複合魔法で作りだされた。
そしてそれは目にも止まらない速度で撃ちだされ、今まさに発射寸前の精霊砲の砲口のひとつに突き刺さる。
次の瞬間、爆発的な圧力の逃げ場がなくなった精霊砲が、その場で砕け散った。
「ギャ~!」
鉄の破片が周囲の兵士に降り注ぎ、多数のケガ人を出す。
しかし敵はその程度ではひるまず、残った4つの精霊砲が間断的に火を噴き、防壁を打ちすえる。
これに武明も負けじと氷矢を撃ち返し、次々と砲を始末していった。
やがて全ての砲が潰されると、その被害の多さに、敵の進軍が鈍った。
「突撃~!」
そんな敵の動揺を見て取った味方の誰かが、号令を掛けた。
するとそれまで慣れない防御戦にうっぷんを溜めていた戦士たちが、我先にと駆けだした。
それぞれに鉄の剣や槍を掲げ、敵に突っこんでいったのだ。
彼らがあっという間に距離を詰め、斬りかかると、あっという間に乱戦が広がった。
そうなると個人の戦闘力に優れる獣人種が優位となり、人族は劣勢を強いられる。
やがて数人の指揮官を討ち取られると、敵はいまだに十分な戦力があるにもかかわらず、戦線が崩壊していった。
人族の兵士はてんでに盾や銃を打ち捨て、我先にと逃げはじめたのだ。
その流れはもう止めようがなく、味方による掃討戦に移行していった。
「みかた、かったでしゅか?」
「ああ、とりあえずはな」
「まだ、たたかうでしゅか?」
「ああ、敵の本拠地に殴り込んで、話をつけないといけない。またひと仕事、頼むぞ、ニケ」
「はいでしゅ。タケしゃまは、あたしが、まもるでしゅ」
見方が勝ち戦に狂乱する中で、武明はひどく醒めた顔をしていた。
これから敵に追い討ちを掛け、いかに話をつけるかで頭がいっぱいだからだ。
そんな武明を、ニケは頼もしく思い、そして必ず守ると誓っていた。